少女の頃に戻ったみたいに | ナノ 少女の頃に戻ったみたいに



「ムウ」
「なに?」
 胸にピッタリくっついているから、頭上で響く低い声。

「ムーウ」
「はい?」
 呼びかけると返事が返ってくる。

「ムウ」
「聞こえてるって」
 返ってくるのだ。

「ムウ」
「何?マリュー」
 名前も呼んでくれる。とても、優しく。

「何でもない」
 言いながらも嬉しくて顔が綻んでしまう。

「そんな可愛い顔してるとまた食っちゃうぞー」
 ギュッと両腕に包み込まれて、もぞもぞと下がってきて、顔中にキスされる。大きな手が腰をするりと撫でる。

「流石にもう身がもたないわ」
 軽くジタバタしながら、くすくす笑いが出る。マリューだって体は鍛えているが、単純な体力勝負だと勝てないことは身をもって体験していた。

「どうしよう」
 明日がある。
 でも、目の前のことに精一杯で艦を下りてからの日常は、願ったけれど叶わなかった日常は、うまく想像できない。想像してしまうと、それが本当は夢で、起きた瞬間に絶望に苛まれそうで怖い。
 それに。日常となると、自分は彼のことをあまり知らない。コーヒー以外の飲み物を出したことだって、たくさん食べる食事を作ったことだって、軍服以外の服を着て一緒に出掛けたことだってなかったのだから。

「どうって?」
 返事を求めずに呟いた言葉にすら返事が返ってくる。
 それが現実で、その現実を意図せず実感して、心臓がキュッと締め付けられるのとふわふわ浮かれるのとが同時にやってくる。
 知らないことだってこれからたくさん知れる。やりたかったことだって、これからいくらでもできる。

「嬉しくて、どうすればいいのか分からないの」
 まるで少女に戻ってしまったような浮かれ具合で。落ち着かない。見上げて返しながら、自分がどんな表情をしているのか、分からない。

「俺もわかんない」
 一瞬驚いたようにマリューの表情を見つめてから、堪えきれないといった調子で破顔された。
 困ってしまった。ありがたいことに。
 戦闘状態に区切りがついたとはいえ、世界はまだ混乱している。

「言い聞かせてたの。自分に」
 ムウじゃないって。ずっと。
 身体のあちこちに残る彼の傷の一つに触れてみる。以前のムウにはなかったマリューの知らなかった傷。

「なのにあなた全然変わらなくて」
 戻ってきちゃうし。
 目を逸らすことなく見える範囲の傷を確認してから、起き上がって、ひと際目を引く顔面の傷に、労わるように触れた。

「やっぱりムウだった」
「仰る通りで」
 見つめる瞳が、すごく優しい。変わらない深い空色の双眸。

「ムウじゃないなら、あなたがそれを望むなら、生きててくれればそれでいいって思ったの」
 本当よ、と念を押す。

「でも俺はマリューのそばにいたかった」
 右手がマリューの頬を滑ってそのまま後頭部に回る。

「だから戻ってきたの?」
 訊ねたことには何も返さずニッコリ笑ってキスされた。はぐらかされているような気分になる。

「そう言えば私、聞いてないわ」
 降ってくるキスを遮ってでも、真面目に聞きたい。

「JOSH-A≠ナあなたがどうして戻ってきたのか」
「今更?」
「はぐらかされちゃって言葉で聞いてないもの」
「そうだっけ?」
 またキスされる。これでは同じじゃないか。

「どうして?」
「忘れもんがあったから」
「そんなこと言わなかったじゃない」
 腰に回された手に触れる。この手だ。この手が邪魔をしたのだ。殴りはしないが手の甲を抓ってみようか。待たされたのだから、それくらいは許されるだろうか。そんなことを考えていたら。

「だから、そばにいたかったから」
 耳を掠める声が擽ったい。

「天使だけどおてんばで時々小悪魔でもある、美人さんの?」
「何それ」
 笑ってしまう。

「俺そっちの趣味はないつもりだったけど、さっきは少女みたいだとも思った」
「女の子?」
 いい大人なのに。そんなこと言われると恥ずかしい。思わず赤面してしまう。

「ずっと翻弄されてたい」
 そんなマリューの様子に気付いたのか、染まった頬にキスされる。

「ずっと?」
「そう。ずっと」
 ずっと、叶うことを待っていたのだ。帰ってきて、とずっと。そして、帰ってきたならば。

「ずっと、そばにいて」
 口に出したら涙が溢れてくる。
 抓りそびれた手に涙を拭われながら、叶った願いとそれが続くことを願って唇を重ねた。



 職務で今日の日付を記入していて、ふと気付いた。メサイア攻防戦から2年以上の月日が経っている。
 近くには以前のように髪が短くなったムウがいて、自分に割り当てられた書類に目を通している。
 いつの間にか、彼がMIAだった期間よりも一緒にいる期間の方が長くなっていた。
 これが、日常だ。本当にいつの間にか、こっちの方が長くなってしまっている。

「どうかした?」
 ふふふと微笑んでしまったからか、視線に気付いたムウが問いかけてくる。

「いつかシルバーヘアになったあなたも見てみたいわ」
「髪……減る方かもよ?」
 ハゲたくはねーなぁ、と渋い顔で呟く。

「それも見てみたいわ」
 想像して、マリューは笑ってしまった。






*****
運命後の嬉しくて仕方ないマリューさん。
多分5万回くらい妄想したやつ。
イチャイチャしてるよ。














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