キール | ナノ
戦艦生活が長いとだんだん慣れてきてしまうことも多いが、仕事外じゃないと楽しめないこともある。
まして艦長が愛しのパートナーなら尚更。
【キール】
「マリューって結構酒強いよな」
「そう？」
久しぶりのオフの日。家で食事をほとんど終えた頃、突然ムウにそう言われて、自分では自覚していなかった事実にマリューは少し困惑する。確かに弱くはない。軍隊という仕事柄男性の多い飲み会でも、酔い潰れた記憶はあまりない。
「砂漠でアルコール出されたことあっただろ？」
「懐かしいわね」
随分と昔のことのように感じるが、数年しか経っていない。その後に色々ありすぎたせいだろうか。
「あれ結構強かったのにきみは平然としてて、カクテルくらいじゃ潰れなさそうだなぁって思った」
「酔い潰したかったの？」
「いやそこまでじゃないけど」
どこか歯切れの悪い返事をしながら、ムウは悪戯がバレた子どものように笑った。
「まぁいいわ」
食べ終えた食器を下げようとマリューが動くと「洗い物は俺がするから」と止められた。同時に、彼はカウンターテーブルの上にグラスを一つ置いた。
いつも通りマリューの２倍はありそうな量の食事を先に食べ終えたムウが、先程から何か準備をしていることに、マリューは気付いていた。
「……カクテルをご馳走してくれるの？」
「飲んでもらいたいと思って」
目の前でキュッとワインを一本開栓する。マリューが初めて見る銘柄の白ワインだ。ワインは開栓するとすぐに劣化してしまうので、ムウはこの為に買ってきて冷やしておいた。彼女用のグラスも。
「ムウが作るの？」
作れるの？という感情が声に含まれている。
「作るのは初めてだから失敗しないように祈っといてくれ」
「大丈夫？」
くすくすと笑われながら、冷たいワイングラスに辛口のワインを注ぐ。そして、ワインと同じ産地のカシスリキュールを分量に気を付けながら加えた。
澄んだワインに赤が加わり、滲んでいく。そのままバースプーンでビルドすれば、鮮やかな赤いカクテルが出来上がった。
「これ……」
「キール」
柑橘系の爽やかな香りが二人の間に漂う。
「カクテル言葉は『最高のめぐりあい』」
独特の低い声がマリューの鼓膜を震わせる。
「さいこうの……って…酔い潰して口説くつもり？」
「ってことは男に出されたことある？」
出会いを喜ぶ気持ちを表現するカクテル。キールはそんなにアルコール度数が高くはないが、マリューならばレディキラーも経験済みかもしれない。
「まぁ、商標登録されてる国もあるくらいだからなぁ」
こんだけ美人なマリューなので、同じようなことを考えた男はいたのだろう。面白くはないが。それだけ彼女が魅力的だということだ。
「やっぱり口説くつもり？」
フフッとまだシャワーを浴びていないので口紅を落としていない唇が弧を描く。
「下心が全くないとは言えないかなー？」
何にも変え難い甘さだと知っているその唇に目が行って、ムウは彼女との距離を縮めてカウンターテーブルに腕をつく。顔と顔が10センチ程で見つめ合った。
「こーんな美人が目の前にいて、口説かない男いる？」
触れ合いそうな距離を我慢して、スッと中身の入ったグラスを差し出す。
「カシスの量は涙３滴ぐらいらしい」
カシスリキュールを入れ過ぎるとワインの風味が薄れるため、ワインの味を生かすためには、仕上がりの色合いを考えながらもカシスリキュールを控えめに。その加減を『涙３滴』と表現された。
「どうぞ」
「いただきます」
グラスを受け取って、静かに口を付ける。ゆっくりと一口目を味わうマリューの様子に、そんなに大失敗というほどのミスをするカクテルではないと分かっていても、ドキドキしてしまう。
「美味しい」
嬉しそうに微笑んだ。カシスの甘酸っぱさと白ワインのキリっとした味わいが絶妙だ。
「そりゃ光栄」
ムウの表情も緩む。
「他にも作れるの？」
「簡単なのならあるもので多分。カシス系でリクエストは？」
ジュースが冷蔵庫にいくつかあったので、カシスリキュールで作れそうなものを、いくつかリクエストされた。
楽しそうなマリューの隣でウイスキーでも飲もうかとロックグラスを片手に側まできた時だった。
「ありがと。美味しかったわ」
ほわぁと心地よさそうにマリューの顔が少し赤くなっている。大事そうにキールを飲み干した後も、ハイペースで色んなカクテルを飲んでいた。
「シャワー浴びてくる」
言って立ち上がったマリューの足元がふらつく。
「大丈夫か？」
すぐに腰に手を回して支えると、そのまま体重を預けてくる。
「やだ。酔っちゃったみたい」
「そういやキールは『陶酔』って意味もあったな」
「どこでそんなに色々覚えてるのよ」
「そりゃきみに陶酔してるから？」
「何それ」
からかわれたと思ったのかマリューが目を細める。
「キール以外はカクテル言葉までは知らねーぜ」
言いながら抱きかかえてベッドまで運ぶ。
「待ってまだシャワー」
浴びてない、と抵抗する口にちゅっと音を立てて軽いキスをする。
「酔ってるなら危ないだろ？」
そんなん後でいい。
「でも……」
お酒飲んだし汗かいてるわ、とボソボソと続ける。
「なら俺もついてく」
まだ渋るマリューにそう言うと、それじゃあ意味ないのよ、と顔を横に向けて拗ねた声が返ってきた。酔っているからか、仕草がどこか幼くなっていて可愛い。
そう。かわいい。食ってしまいたい。
「どうせまた汗かくんだし」
トンと肩を押せば、マリューは簡単にベッドに押し倒されてしまった。
「あ……」
腰に回っていた手がするりと彼女の服の中へと侵入して、脱がしにかかる。
「ムウ」
肩口に顔を埋めて首筋に口付けると、酔いのせいだけじゃない吐息交じりの濡れた声に呼ばれた。
窮屈そうなブラのホックを片手で外しながら、もう一方の手は彼女の内股を撫でる。
「っ」
肩口の古傷に口付ければ、ピクリと小さく反応する。
マリューと出会ってこうなった時にはあった傷。綺麗な柔肌に残っているこいつが憎たらしい。身体の傷ではないが、心の傷をつけてしまったことを贖う意味でも、これ以上彼女に傷ついて欲しくない。
「んっ…」
183cm軍人男の大きめの手で触れてもたわわな胸が、確かな質量をもって骨張った指を包み込んでくる。マシュマロみたいな弾力とはよく言うが、そんな菓子なんかよりももっと魅惑の言葉に出来ない魅力がある。
「ちょっと、」
手の動きが怪しいのを察知したのか、マリューが小さく抗議の声を上げる。
「ムウ」
呼びかける声すら愛しくて仕方がない。
「んー？」
「手」
「手がどうかした？」
「ダメよ」
「ダメって何が？」
「私ばっかりで、貴方は飲んでないでしょう？」
「俺は酒よりこっちがいい」
「もう」
彼女の甘くて芳醇な香りに包まれる。絡みつく両手は彼女が観念した証拠だ。
「ムウ」
「何？」
「あなたに、会えて、よかった、わ」
深いキスの合間に、たどたどしく囁かれる。
「じゃなきゃ今の私はいないもの」
命としての意味でも、人格としての意味でも。
「俺だって」
キールを選んだのは、本当にこれを言いたかったからだ。
「マリューに会えてよかった」
ムウ・ラ・フラガとしてはもちろん、ネオ・ロアノークとしても。
「きみが俺のせいで流した涙が２年とネオで３年分なら、もうあとは全部俺に溺れてればいいって思った」
３滴では済まない量の涙を流させてしまった。過去は消せない。だからこそ、今がある。
「気障な口説かれ方してるのね」
彼女の目が潤んでいる。アルコールのせいか。キスのせいか。それとも他の何かか。
「泣かせねーから」
すべて贖いたい。
「啼かせはするけど」
「えっち」
甘い声に導かれるように、自然と唇が重なった。
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お家クラブムウでマリューさんにキール作って欲しいな。って中学生の時、種ラジオの聴いてコナンの知識で思ったんですが、お酒全然分かんなかったので（だいぶ）大人になった今色々調べながら書けて楽しかったです。
キールはバレバレかもだけどマリューさんのお声から。
作り方は、フランス版にしてみました。日本だと食前酒なイメージ？
二人ともモテそうな大人だから、それなりにレディキラーカクテルとかも知ってそう。
砂漠での印象だけど、ムウさんはお酒強そう。で、飲みながらでもめっちゃ食べてそう。お酒楽しむってか食べたり宴会とか会話楽しんでそうだから、マリューさんの方がお酒楽しんでくれそう？
ムウさんにとっての夜のお楽しみはお酒よりその後っぽい。
いつだってマリューさんを冗談っぽくだったり真剣にだったりあの手この手で口説く男であって欲しい。
とかそんな感じで妄想楽しんでました。