それぞれの役割 | ナノ それぞれの役割




「どう思う?」
 神妙な顔をして訊ねられた。
「帰還を想定しない作戦の話?」
 それならば、母艦として帰還を待つ立場のマリューよりも、ムウの方が機体についてもパイロットの心身についても詳しいだろう。
「いや、それもだけど、それだけじゃなくて」
 先日キラ達を出迎えた時につい溢れた言葉。
『……根の深い問題だぜ、実際』
 帰る母艦がないのにあれだけ行動できる。補給や修理を想定していない、言わば捨て身の自殺行為だ。それが続いている。それでは何のために戦っているのか。ただの破壊行動と同じだ。デストロイを思い浮かべると、胸に刺さったままの棘が痛む。その棘を、更に増やしたくはない。
「今回のファウンデーションとの共同戦線について?」
「あぁ」
「そうね。……何事もなく無事に終わるといいけど」
 言い換えれば、すんなり終わるとは思えない危機感もあった。総裁達が決定したことだ。もちろんそれに従う。そうして最善を尽くすことが、マリュー達の役割だ。でもムウは、昼間とその後の宴での近衛師団の様子を見て、マトモな軍隊には見えなかった、と言っていた。
「罠、だったら?」
 ムウの声が低く響く。杞憂であればそれでいい。けれど、すんなり信じることが難しくなるくらいには、戦いの中における人の様々な思惑を自分達は見てきた。
「もしそうだとしても…」
 口は開いたがどう続ければいいのか迷う。その罠がどこにあるのかも、今はまだマリューには分からない。おそらくムウも。
「まぁ、結局やることは同じだけどな」
 いつもの口調で肩をすくめる。
 キラ達を援護して、母艦(アークエンジェル)を守って帰還する。
 それが、彼の役割なのだから。
「私も同じね」
 彼らの帰る母艦を守る。必要とあらば迎えに行く。ただ待っているだけではない。攻撃も含めた能力を駆使して戦う。
 それが艦長の役割なのだから。

 そして、悪い予感は残念ながら当たってしまった。


「すまん。待たせた」
 遅くなった、でもなく当然のように出た彼の待たせた。色んな意味で、彼はマリューを待たせた自覚があるのだろうか。
「…遅いわよ」
 爆炎の煙を吸い込んでいるので喉が痛い。それでもすぐに出た返事。
 迷いなくコクピットから降りてきて、ムウはマリューの横に屈みこんだ。マリューの全身を確認するように見てから、大きな怪我がないことを把握したのか、安心したようにふぅと小さく息を吐く。それから、目線を合わせて笑った。
「私も……ごめんなさい」
「え?」
 謝られるとは思っていなかったのだろう。
「アークエンジェル……守りたかったのに」
 口にしてみて初めて、マリューは自分の声が震えていることに気付いた。
 すでにマリューにとっては家とも思える白亜の巨艦が、炎を纏って燃え上がっている。きっとムウにとっても帰るべき場所。
 目の前のムラサメ改は右腕と足を切り落とされていて、ボロボロだ。傷付いた機体を治したくても、もう治せない。そう気づいてしまうと目頭が熱くなった。
「他の乗組員は無事なんだろ?」
「……えぇ」
 俯いてしまう。歴戦の、喜怒哀楽それこそ全ての感情を伴う思い出が詰まったマリューにとって唯一無二の戦艦。言葉にできない感情が沸き上がってきて、こんな時なのに涙が溢れそうだった。必死に堪える。
「守ったじゃないか。ストライクだってそうだ」
 思いがけず出てきた機体の名前に驚き、マリューはムウを見つめ返した。
「アークエンジェルに乗艦し(のっ)た君が開発に関わった機体は、パイロットがみんな生きてる」
「え?」
「バスターだってディアッカは生きてる。キラだって」
 俺だって、と噛み締めるように囁く。黒煙と炎の爆音の中でも、マリューの耳にはっきりと響いた。
「不沈艦なんて夢みたいな話だ。それでも、天使様はパイロットを守ってる。その艦長もこうして生かしてくれてる」
 あ、ノイマンも生きてるなら操舵手もか?とマリューを横抱きに抱えて立ち上がりながら言った。
「流石、優秀だね」
 ムラサメ改のコクピットに辿り着くと、紫のヘルメットを被せられた。
「急ぐぞ!ここでそのうちの二人が死んだら、それこそアークエンジェルに顔向けできないぜ」
 そういえばキラが初めてストライクに搭乗した時、最初に動かしたのは自分だった。とマリューは漠然と思うのだった。




 レクイエムを受け止めたアカツキの壊れた盾と機体を見上げながら、ふと昔彼の言った言葉を思い出し、マードックはコクピットから降りてきたムウに声を掛けた。
「大佐は今でも、自分の機体が壊れたままだと不安なんですかい?」
「そういや言ったな。そんなこと」
「気持ちは分からんでもないですけどよ」
 パイロットはみんなそうなのかもしれない。キラは機体の中で寝泊まりしていた時期だってある。
 機体は武器なのだ。その武器が自分を守る心の拠り所となる。
「機体以上に、隣にいないと、見て確認しないと不安な方があってさ」
 言いながらもう駆け出している。パイロットスーツのままだ。
「あー」
 艦長ですかい、と言ってももう彼の背中には届かないだろう。結局、ムウにとっての一番の武器は愛なのかもしれない。
 マードックはあたたかい気持ちでハハっと笑う。この様子だと、ノイマン辺りはまた艦橋でその二人の愛を見せつけられてしまうかもしれない。チャンドラは艦橋にはいなかったか。
 役割は違えど、歴戦の同僚達に少し同情するのであった。





 扉から艦橋に見慣れた姿が入ってきたのに気付いた時には、体が動いていた。
 不可能を可能にする。彼が気に入っているこの台詞。それは同時に、無茶と隣り合わせということだ。
 ヤタノカガミで理論上可能ということは分かっている。技術士官出身だ。理論も踏まえて分かっている。それでも。
 一度経験したあの喪失感を完全に忘れ去ることはきっとない。
 だから、それぞれの役割を果たすために、隣にいない瞬間はやっぱり心配という名の不安が心の底に付き纏う。
 それでもちゃんと生きて帰ってくる。その為に自分も生きて戦う。
 生きているから、こうして触れ合えるの。

 周りの視線に気付いて、マリューは自分がなかなか大胆な行動というか、体勢になっていることに気付いた。気付いた瞬間にバッと離れる。
「あらら」
 とムウは名残惜しそうに呟いたが、それ以上は何も言わない。
「無事でよかった」
 言葉にすると、周りの女性乗組員達がニコニコ(ニヤニヤ?)とマリューに目を向けてくる。
「ミレニアムへようこそ」
 先程まで副艦長として席に座っていたコノエが、他の乗組員よりも少し早く艦橋のこの雰囲気を通常のものに戻すかのように声を掛けた。普段は飄々としている彼も、まだ微笑ましく見守るような笑顔だ。ムウも笑顔でコノエに返していて、だからこそマリューは居たたまれない。
「おそらく誘電体材料を用いた積層体の技術を用いているとはいえ、多層構造を活かして侵入してきた電磁波や粒子線の反射率を高める宇宙工学の理論は、高精度光学センサーと似たようなものだとは思いますが、それを戦略兵器クラスのビームすら跳ね返すレベルに実用化させたのならば、あらゆるMSや戦艦の装甲に応用できるはず」
「また不可能を可能にしちゃったな」
 早口でアカツキのヤタノカガミについて話すハインラインに、いつもの台詞を返している。
 ハインラインにとっては興味深い技術だろう。
 艦橋の乗組員たちが各々自分の席に戻っていく。ムウは、パイロットスーツを着ているノイマンと話し始めたようだ。
 戦況が一段落した安堵感に満ちたこの空間を、マリューは何度も経験している。そのうちの一度は、安堵感よりも喪失感の方が大きかった。
 そういえば大事なことを言い忘れていた。
 ノイマンと話し終えたのか、マリューの隣に帰ってきたムウに呼び掛ける。
「ムウ」
「ん?」
「アークエンジェルではないけれど……おかえりなさい」
「ただいま、マリュー」

 アークエンジェルはその母艦としての役割を最後まで全うしたのだ。
 ミレニアムで、こうして帰る場所として在れることも嬉しい。

 生きて守りたいものがあるから、
 自分で選んで、決めた役割を果たす。

 それが願う平和に…

 愛する世界の未来に繋がっていることを信じている。





*****
FREEDOMを観て、合間合間の妄想をつらつらと書いてみました。
FREEDOM、すっごい面白かったです。大好きです。キラの物語の完結編!って感じでしたね。完結して欲しくない気もするけどー!もっとムウマリュを見たい。アスランの物語のムウマリュ、シンの物語のムウマリュ、全てのSEED物語にムウマリュを添えて…って感じで見続けたいです。(願望)
アークエンジェルがやっぱり好きです。でもミレニアムも好きです。アルバートさんコノエ艦長達新キャラ含めて。マードックさんミレニアムに乗ってたか分かんないけど書いちゃった。
最後女の子の顔してだいしゅきホールドしちゃってるマリューさんが可愛すぎて大好きです!
やっぱアークエンジェル寂しい…けどキラのSEEDって物語とマリューさんの役割から考えるとやっぱそうなるのかなってなりました。私AA組が好きだから本当寂しいんですが…妄想をつらつらと書いたのでうまくまとまってなくてすみません。
映画、キラが実家(AA)からラクスに嫁ぐ話みたいな感じで受け止めちゃって。
マリューさん、スーパーアークエンジェル級の新造艦の艦長さんになっても、子育て育休になっても、素敵だなぁって思います。本人が選んだ未来を見てみたいです。
ムウさんはどっちでもマリューさんが帰る場所だから、いいよーて本人の意思尊重してくれそうなイメージある。艦買ってくれそうなくらいだから(笑)





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