耳 | ナノ 「いーぬー。いーぬー」
 ぎい〜ぎう〜っと、やたらと犬夜叉の耳を楽しそうに触ってくる双児の娘。
 幼子の小さな手とはいえ、力一杯握って引っ張られるとかなり痛そうだ。人間の耳ならば。
「おい」
 完全に双児のオモチャにされている犬夜叉。
「ごめんね、犬夜叉」
「すっかりお気に入りだな」
 本人に自覚があるのかないのか分からないが、子守りをしてくれている。
「あはは、でも分かる。なんか触りたくなるよね」
 微笑ましくそう言うかごめ。弥勒と珊瑚の子どもは、やっぱり可愛い。
「そうなのか?」
 眉を顰めて、犬夜叉がかごめに目を向ける。
「うん、なんかフサフサでもっちりしててって……あ!」
「?」
 触ったことがあるって犬夜叉は知らないんだった。封印されていたから。
「ごめん、私が初めて犬夜叉に触ったのは耳だよ」
「はぁ?」
「封印されてた犬夜叉の耳を……つい……」
 つい触りたくなってしまって。
「いーぬー。みーみー。みーみー」
 二人のやりとりなんて気にせず双児は犬耳を引っ張って遊んでいる。
「せめて優しくなさい」
「触り方の問題なのか?」
 弥勒の我が子への助言に七宝が疑問の声を投げつつ。
 くいくいくいくい。
「みーみ! みーみ!」
 キャッキャと声を上げる。
「よっぽど好きみたい」
「不思議な触り心地だもんねー」
「そうなの?」
 珊瑚も好奇心が疼くようだ。
「餃子の皮五枚分って感じかな?」
「ぎょーざのかわ?」
「えっと……とにかく私も好き!」
 珊瑚に笑いながら返したかごめの言葉に、犬耳がピクリと動く。
「あー。いーぬー」
 フイッとそっぽを向いた犬夜叉の頬が赤い。
「尻尾で遊んでろ」
 立ち上がる犬夜叉の長いもみあげを右と左でそれぞれ掴み、ぶら下がってキャッキャと喜ぶ双児を両手で離して七宝の上に乗せる。
「こりゃ犬夜叉!」
 七宝の声なんて素知らぬふりで。
「帰るぞ、かごめ!」
「え? もう?」
 かごめの腕を引いて、弥勒と珊瑚達の家を後にした。
 
「懐かしいねこの感じ」
「我々も居ますからね」
 新婚夫婦の後ろ姿を、三人の子持ち夫婦が生暖かい目線で見守っていた。



「ちょっと、犬夜叉!どうしたの?」
かごめの腕を引いてズンズンと歩き続ける犬夜叉に、戸惑いながら呼びかける。
手を振り解くようにブンと振ると、彼は突然止まった。その拍子に、ワプッとかごめは犬夜叉の背中に顔をぶつけてしまった。

「かごめが好きとか言うから」
ぶつけた衝撃で一瞬瞑った目を開けると、真上にはちょっと顰めっ面の犬夜叉の顔。

「恥ずかしかった?」
また手を繋いで見上げながら尋ねてみると。

「そんなんじゃねーけど」
プイと横を向かれた。でも、手はギュッと握り返される。
かごめはつい頬が緩んだ。

「少し歩いて帰るか?」
最近外出した時によくする、そのまま手を繋いでお散歩の流れ。

「デートだね」
現代風に言うと。新婚デート。
かごめが薬草摘みに行った帰りや、犬夜叉がお祓いから帰った時にかごめが外出していて、その迎えに来てくれた時など。
かごめが村や周辺のどこにいても、犬夜叉はだいたい迎えに来てくれる。

「そういえば犬夜叉って、どれくらい近くから私が分かるの?」
「近く?」
「どれくらい遠くまでって言った方がいいのかな?どこにいてもだいたい迎えに来てくれるじゃない?」
この時代に三年ぶりに帰ってきたあの時だってそうだった。

「耳、いいよね」
「鼻の方がきくぞ」
鼻は耳よりもっといい。

「そういえば、犬って昔から鼻で考える動物って言われてるんだって」
犬夜叉もあながち嘘ではない。
犬の聴力は人間の4倍だとか。嗅覚力はもっと凄くて、人間の3000倍から10000倍だとも言っていた。草太とテレビを観ていて、へぇそうなんだ、と驚いたことがある。犬夜叉は半妖だから普通の犬よりもっといいかもしれない。

「風の傷だって匂いで出してたし、風の匂いが分かるって改めて考えるとすごいよねー」
便利そうだ。

「かごめの匂いならすぐ分かる」
迷いなく平然と告げる犬夜叉の声を聞きながら、ふと、テレビの続きを思い出した。

『特定の臭いでは、人間の100万倍以上とも言われていて、刺激臭なら人の1億倍の嗅覚があります。また、年齢や環境にもよりますが、オスは発情期のメスのニオイを8kmほど離れた場所でも感知するんですよ。すごいですね!』

かごめの匂いなら。

(私は発情期のメスじゃないけど!!!)
何もしてないのに恥ずかしくなる。なんだか耳が熱い。
犬夜叉に悟られていないことを祈る。

「かごめ?」
「え?あ!うん、やっぱりすごいなーって!」
生まれた時からずっと、感覚がかごめとは違うのだ。

話しながらのんびり歩いていると、御神木の前に着いていた。

「犬夜叉、ちょっとここに立って」
「……」
封印されていた位置に立ってもらう。

「ねぇ、目瞑って」
「お、おう」
言われた通り犬夜叉は目を閉じる。
その耳にかごめは触れた。

くいくい

感触を確かめるように触ってみる。
変わらない。犬夜叉の耳の感覚。

「ありがと」
お礼を言って、手を離す。

「……」
「どうしたの?」
犬夜叉はゆっくり目を開けたが、なんとも言えない顔をしていた。

「なんでぃ」
溢した言葉がなんだが不満気だ。

「もしかして……キスされるかと思った?」
思い至って、少し見上げながら聞いてみると。

「悪ぃか」
言うが早いか、かごめの後頭部を掴んで引き寄せられた。
そのまま、唇に噛み付くようなキス。

「!?」
思いがけない行動にドキッとしてしまう。

「い、犬夜叉……」
そのままその手が頬に触れる。
大きい手。骨張っていて、爪は長くて。
頬がすっぽり収まって、指先がかごめの耳に触れる。

「ちょ、ダメ!」
なんかダメ。妙に熱くて擽ったい。
指が、だんだん耳の内側までゆっくりと触れてくる。触られている音がする。
熱い。
ただ耳を触られているだけなのに。

きっと、犬夜叉の手だから。指だから。

「ダメ、ってば!」
ひゃー!っと声を上げてしまいそうなのを抑えて、必死にそう言えば。

「なんでだよ」
耳たぶをもちもちと触られた。

「かごめと同じことしてるだけだろ」
「そ、そうだけど……」
「耳、触ってきたじゃねーか」
「そんな触り方じゃないもん」
「そんな?」
「なんか……手つきが……」
えっちだった。

「手つき?」
「気付いてないの?わざと?」
「おれとは違うから」
「……」
自分の耳と違うから、興味本位で触っていたのだろうか。

だったら、かごめだけがこんなに意識してしまって。
好きな人に触られるって、それだけで特別になってしまう。

こんなに恥ずかしい。

ジーっと見つめてみるが、犬夜叉に自覚があるのかないのかは表情からは分からない。

いつも見ている犬夜叉。

頭の上の犬耳、銀色の長髪、黄金の瞳。
人間のかごめと半妖の犬夜叉の違うところ。

手だってかごめより大きい。体だって筋肉質だ。
女のかごめと男の犬夜叉の違うところ。

違うところに気付く度に、ドキドキと心臓が早鐘を打つ。


あの時、御神木で眠るように封印されていた男の子。
もう、男の子って感じじゃなくなってしまっていた。

かごめにとって、いつの間にか男の人……男の半妖に変わってた。

あの中学三年の一年間と、かごめの知らない三年間と。
違うところにこれもまたドキドキしたり切なくなったり。

昨日と今日でも違う。
明日はきっとまた違う。

初めて犬夜叉の耳を触った時、まさかこんな風になるなんて思ってなかった。

「ねぇ、犬夜叉」
ぐいっともみあげを握る。
さっき双児がぶら下がっていたところだ。

「なんだよ」
「今私が妖怪に引っ張られて犬夜叉から離されそうになったらどうする?」
ちょっと強めに髪を引っ張りながら。

「はぁ?そんなんさせるわけねーだろ」
いででで、とちょっと眉根を寄せて、かごめの手を軽く自分の手で包みながら、犬夜叉は言う。

「ありがと」
あの時とは違う。

「犬夜叉」
呼びかけた時に、帰ってくる視線がやっぱり違う。

「大好き!」
言って、思いっきり抱きつく。

「おれも、」
かごめが好きだ、と耳元で小さく囁いた声は、かごめの聴力でも鼓膜をしっかりと震わせた。












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