彼女さん、素敵ですね | ナノ 「和葉が『素敵ですね』とか言われた時の反応に困ってんねん」
「はぁ?」
 蘭、和葉、園子三人の買い物を、新一、平次、京極の三人で待っている時だった。
 工藤、お前やったらどうする?と神妙に言うから何かと思えば。

「彼女、めっちゃ可愛いですね!とか」
「ありがとうございます、でいいじゃねーか」
 この反応、言われ慣れている。

「なんでや?」
「なんでって、自分の彼女が褒められたら嬉しいだろ?」
「こいつ、もしかして和葉に気があるんとちゃうやろな?てならんか?」
「オレはもう、そういうのは越えた」
「越えた?」
 褒めた人物が本当にそうだったとして。

「蘭に気があったとしても、蘭の彼氏はオレだ」
 という牽制を全力でする。

「細かいことでいちいち嫉妬なんかしねーよ」
「さすが工藤や」
 いつもの調子でその言葉が出てくる。和葉が褒められると反応に困るが、新一のことは素直に褒める。

「その場はどうしたんだ?」
「『よかったなー!和葉!』て」
「その後に何か余計な一言とか言わなかったか?」
「なんもゆーてへん。『そんなことないですー』って言うた男には笑いよって、『平次に言われたのにアタシにふられたら困るやろ!』って後からアイツ腹かきよって」
 恥ずかしそうに怒られたらしい。

「京極さんは?どう返してます?」
 その場でできる簡単な筋トレをしていた京極に、新一が話を振る。

「自分ですか?」
「彼女さん素敵ですね、とか言われたら」
「自分には本当にもったいない女性で」
 京極は照れながら、真面目に返す。

「園子さんにつり合う男になれるよう、全身全霊を尽くします」
「そんなん言えるわけないやろ!」
 むず痒くなったのか、平次が少し声を大にして止める。

「服部が言い換えるなら……自慢の彼女です、とか?」
「そんなん言った日には、和葉のやつ図に乗っていい気になってまうやろ」
「いいじゃねーか。いい気になってくれるなら」
 平次としては、主導権を和葉に握らせたくはないようだ。なんとなく。

 そんな男三人の少し離れた所で。

「可愛いね。君、一人?」
「え?」
 週末のこの人混みだ。買い物をしているうちに和葉と園子とはぐれてしまったのか、蘭が一人で女性陣の買い物が終わってからの待ち合わせ場所である、新一達の方へと歩いてきていた。
 そこに声をかけるモブ男。

「お友達とはぐれちゃったのかな?」
「あ、いえ……」
 少し戸惑いながら、言葉を選ぶ蘭。

「オイ、工藤あれ……工藤?」
 平次が横を向いて新一に声をかけた時には、彼の姿はもう隣にはなかった。

「すいません。コイツちょっと方向音痴で」
 ズイッと蘭とモブ男の間に立つ工藤新一。

「新一!」
「え!?新一って…その顔……こ、高校生探偵?」
 パァと明るくなる蘭の顔と対照的に、驚いた声を上げるモブ男。

「携帯、電池切れたのか?」
「うん。地図見たりしてたら減りがはやくって」
「GPS使った地図アプリはバッテリー消費が激しいからな。さっさと電話すりゃーよかったのに」
「二人とも携帯バッグの中だから気付かなかったみたいで」
「オレにだよ」
 すぐに見つけ出してやる。蘭を探し出すのは慣れたものだ。

「そ、そっか。ありがとう、新一」
 少し頬を染めて、小さく礼を言う。

「あ、そういうことで」
 あっけにとられていたモブ男と新一の目が合った。正確には、新一が目を向けて真っ直ぐ焦点を合わせた。

「可愛い彼女さんですね」
「ありがとうございます」
 新一は満面の笑みでそう返す。
 モブ男はそそくさと立ち去っていった。

「合流できてよかったです。蘭さん」
「バリバリ妬いとるやないか。工藤」
「うっせ」
 後から歩いてきて、後ろで見ていた平次と京極に、新一は仏頂面で返した。

「あ!おった!平次達と一緒や!」
「よかったー!らーん!もう!探したんだよ!」
 和葉と園子の声が、少し離れたところから聞こえてきて。蘭の元へと駆けてくる。

「携帯かけ直してもつながらへんし。ごめんなぁ、蘭ちゃん。最初にかけてくれた時、気付かへんくて」
「私の方こそごめんね!迷った上に電池が切れちゃって」
 ホッとした表情の二人に、顔の前で両手を合わせて謝る蘭。

「蘭ちゃん一人で声かけられたりとかせんかった?今日なんかそういうの多いみたいやな」
「丁度、工藤が撃退したところや」
「さっき三人でいる時も変な男おったもんな」
「なにやっとんねん」
 平次の返しに若干の苛立ちが見え隠れする。

「みんな可愛いから〜って」
 園子の言葉を誰も否定はしない。三人とも美人なのだ。

「大丈夫でしたか!?」
「急いでるんで」
「父と待ち合わせ中で」
 動揺を隠さない京極に、園子と和葉は慣れた反応を返す。

「蘭が一番断るの下手なのよ」
「そうだな」
「性格なんだろうけどさ」
 慣れた調子の園子と、頷く彼氏。

「蘭が戸惑うのも分かるよ?手口も色々だし。まず褒めて入るのが多いけど……」
「ツッコミ狙いで声かけてくる男もおるで」
「アホ!そんなんシカトや!シカト!」
 和葉の返しに平次の苛立ちはもう隠せていなかった。

「一般的に、関西と関東で褒められた時の女性の反応は違うらしい」
 新一が顎に片手を添えて、少し考えながらそう話し出す。

 関東の女性は、「可愛いね」「気がきくね」など、真っ直ぐに褒められると喜ぶ。
 対して、関西の女性は褒められるのがあまり得意ではない。褒められても素直に「ありがとう」と受け取れず、照れ隠しに逆に自分の評価を落とすような失敗談を披露してしまうこともあるようだ。

「確かに謙遜する子いるいる!」
「和葉ちゃん、ポニーテールがホントよく似合ってて可愛い〜!」
「そんなことないって!平次なんか馬のしっぽ言うんやで?」
「ほら」
 園子の褒め言葉と案の定な返しに、和葉は「あ!」と口を噤む。

「失敗談やなくて、オレの悪口やないか」
「あたしは褒められたらそのまま受け取っちゃうけどな〜」
「園子さんのそういう素直さは美徳ですが、も、もう少し男の目線も気にして頂けると……」
 褒めることで下心を隠している男も、中にはいる。

「えー?」
「今日のその格好も、」
「バックリボントップス?大人っぽくてかわいいでしょ」
 京極の目の前でクルッと回ってみせる。バックデザインの肌見せで、大きめリボンが決め手だ。コンセプトは、ヘルシーに大人っぽく。

「背中が見えすぎです」
「えー!」
 せっかく今日のために選んだ服なのに。

「背中を見せなくても、園子さんは十分眩しいので」
「真さん」
 照れ顔の二人に周りが赤面してしまう。ラブがコメりがちな米花町である。

「簡単に引っかかりよって。ほんまアホやな」
「アホで悪かったな!」
「せっかく褒められてんのに」
「『アホで可愛いなぁ』」
「はぁ?」
「関西の『お前アホやな』は褒め言葉なんだろ?」
 ニィっと新一は平次に問いかける。

「そうなん?平次」
「アホ!んなわけあるかい!」
 嬉しそうな和葉から逃げるように。

「他にも色々あるみたいやで。関西女と関東女の違い」
 話を逸らしたい平次が携帯で検索してみると、男性向け?と思われるコラムが出てきた。

「ほら、見てみぃ」
 そのまま画面を見せるので、みんなで平次の携帯をのぞき込む。

『デートの時
 関東女性の場合はいかに女性をスマートにエスコートできるかが重要です。女性ウケするレストランを調べて予約したり、映画の時間を調べて事前にチケットを購入しておいたりと、頼りになる男らしさが求められる傾向があります。
 対して、関西女性が男性に求めているのは「おもしろさ」。多少段取りが悪くても問題ありません。順番を待っている間や食事中にいかに面白い話が出来るか、相手を楽しませることができるかが重要なのです。』

 列に並ばなくていい関東と、列に並んでも面白ければいい関西。

「この理論でいくと、工藤は関西女にはモテへんな」
「なんでだよ」
「ジェットコースターの待ち時間にホームズの話、レストランの食事中もホームズの話やろ?おもろないやないか」
 色黒の肌に映える白い歯を見せて、ニカッと笑う。

「悪かったな」
 新一は、ハッと乾いた声で笑い返した。

「でも新一、なんでそんなこと知ってるの?」
「へ?」
「関西の知り合い……服部君達以外に、新一いたっけ?」
 蘭の素朴な疑問が、段々具体的になってくる。

「しかも、女の人が褒められた時の反応って……」
 蘭の視線が、だんだん疑惑を抱いたものになってくる。なんだか痛い。園子、和葉、京極の視線も、新一に集中する。

「母さんが!母さんが昔、関西のラブコメヒロインをした時…って話してたんだよ!」
「……ふーん」
 新一が返事を絞り出しても、蘭の反応は釈然としない。

「そらええな」
 平次のカラッとした明るい声が響く。

「男同士でもするもんなぁ!『関西女の方が関東女より浮気に手厳しい』とか」
「「「そうなの(ん)?」」」
「他愛ない話やで。関西は、ノリはいいけど締めるところは締める。とか、ロマンチックでアバンチュールな女が多いとか」
「アバンチュールて」
「真さんもそういう話するの?」
「いえ、自分は……」
「寧ろ、少しくらい加わって欲しい感じもするわ。でも真さんは、そうじゃないところも真さんらしくて素敵だし……」
 うーん、と悩みつつも幸せそうな園子。平次の話で、蘭も新一の言葉を信じたようだった。園子に褒められ(?)照れている京極を囲み込んで、キャッキャと女子同士の話しが始まる。ホッと息をついた新一だが。

「嘘やろ」
 隣に立って、平次が新一に囁く。

「ホンマはなんでや工藤」
 味方してやったやろ、白状せい、と笑う。新一は苦笑いを返し、しかめっ面で口を開いた。

「美容室に置いてあった女性向け雑誌で読んだんだよ」
「はぁ?そんな雑誌読んだんか?髪切る時やったら、週刊誌とかあるやろ」
「しゃーねーだろ。コナンだった数ヶ月の間にだって髪は伸びるから、蘭に連れられて行ったんだよ、美容室」
 ある日蘭に「コナン君、髪伸びてきたね?」と言われた。小さくなって数ヶ月が経ち、確かに髪が伸びていた。「オレの床屋についてくるか?」と話す小五郎に「私の行ってる美容室、キッズカットもやってるから、今度一緒に行こうか?」と蘭が返し、コナンは蘭についていく方を選んだ。

「工藤があのねえちゃんに連れられて、キッズカット!」
 服部は吹き出して、腹を抱えて大爆笑である。

「桃太郎と金太郎の絵本の横に、恐らく前の女性が読んでた雑誌が置いてあったら、読むだろ。服や化粧品はわかんねーから、コラムの部分」
「ちっこい工藤が髪切りながら女心の勉強したんか。ほっほーう」
 そらウケるわ、とヒーヒー息継ぎをしながら笑う。
 切った後、「コナン君、かっこよくなったね!」と蘭が笑顔を向けるのが楽しみだったなんて、口が裂けても言えない。


 そんな楽しいトリプルデートを切り裂くように。


「きゃあああああ!!!」
「「「「「「!?」」」」」」
 突然、近くの店から響く悲鳴。

 米花町定番の展開である。





「被害者は、この店で働く(以下略)」
 高木刑事が事件の概要を整理するように、目暮警部に説明する。

「で、たまたま居合わせたのが」
 目暮警部の視線の先には。

「工藤君に服部君」
 被害者の横で、既に現場検証を始めている東と西の高校生探偵。

「丁度、蘭達と買い物に来ていて」
「気になんのは、オレらが来た時にこの店にまだおった3人」
 仕事が速い。
 新一と平次は完全に探偵モードである。

「大変だね。こう毎回事件に巻き込まれてると……ゆっくりデートもできなくて」
 現場から少し離れたところで二人を待っている蘭、和葉、園子、京極に話しかける高木の声は、同情を帯びていた。

「トリプルデートを企画した時点で、覚悟はしてたわ」
「うん」
「やな」
 園子の言葉に、蘭と和葉が頷く。

「きっとすぐ解決してくれます」
「平次が帽子かぶり直したからな!」
 蘭と和葉に、僕らも頑張るよ、と高木は返した。



 なんだかんだで事件は解決して。

「事件に巻き込まれても、巻き込まれても……いい彼女さんだよね」
「えぇ」
 蘭達の元に戻る直前の新一に、高木は声をかけた。素直な同意が返ってくる。それだけが理由ではないけれど、そこに感謝し、救われ、惚れているのも確かだ。

「出会った時からゾッコンでした」
「ゾッコン!」
 驚いたように声を上げる。

「久しぶりに聞いたよ。ゾッコン。べた惚れだね」
「高木刑事だって」
 メロメロ。首ったけ。類似の言葉はたくさんある。

「佐藤刑事、素敵ですよね」
 美人で、かっこよくて。彼女への褒め言葉はきっとたくさんある。

「おかげさまで」
 と、笑われた。てっきり、「いやー、からかわないでよ工藤君!」と惚気られるかと思っていたけれど。
 職場ではそのまま旧姓の佐藤刑事。
 本名、高木美和子刑事の旦那様は違うな、と新一は笑った。





***
褒められた時の反応って、それぞれ違うんだろうなって。







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