銀の弾丸 | ナノ  蘭が園子や女友達と飲み会に行くと話していたので、新一は迎えの約束をした。丁度、シリーズ物の推理小説の新刊が出ていたから、読んで待っていることにした。
 カフェでもよかったが、なんとなく自分も一杯くらいは飲みたくなって。待ち合わせの場所からそんなに離れていないバーに入った。
 薄暗い店内を見渡し、カウンターで読書は流石に憚られ、少し奥の二人掛けの小さなテーブル席を選んだ。オーセンティックな古いバーだったので、ブックライトまでついていた。すぐに文庫本をテーブルに置く。

「メニュー表、いいですか?」
 初めて入った店なので、どんな酒があるのか好奇心が疼く。はい、と頷いて笑顔でメニュー表を持ってきたバーテンダーに「読書、渋いですね」と言われてしまった。若い男だからだろうか。

「シルバー・ブレット」
 普段同世代と行く店ではあまり見かけないカクテル。メニュー表で見つけたので頼んでみた。
 本を読んで待っていると、バーテンダーが注文したカクテルを持ってきた。テーブルに置きながら、フランクに話しかけてくる。バーで読書する人も昔は結構いたそうだが、今は携帯で何か読んでいる人はいてもアルコール片手に読書は珍しいらしい。彼は、どこか嬉しそうだった。

 シルバー・ブレット (Silver Bullet) は、ジンをベースとするカクテルであり、ショートドリンクに分類される。カクテル名は、文字通り「銀の弾丸」の意味。魔除けや厄払いの酒として有名だ。淡い白のカクテルに、弾丸の形をした氷が入っていた。
 一口飲むと、キリッと引き締まった味。というか。

(……読書しながら飲むもんじゃねぇ)

 率直な感想である。結構強い。氷が丁度いい。
 飲み始めると、初めて飲んだこの酒に意識がいって。
 本を読む手は止まってしまっていた。

 そんな時。

「工藤君?」
 呼びかけられて、視線をやる。

「灰原?」
 組織が崩壊し、江戸川コナンから工藤新一に戻って。
 宮野志保に戻った灰原と新一が会うのは、とても久しぶりだった。

「一人?」
「あぁ」
「隣、いいかしら」
「どーぞ」
 新一の返事に応じて、志保が席につく。

「彼女待ち?」
「まぁな」
「相変わらずね」
 元気そうでよかった、と口元を緩ませる。新一も、蘭も。

「何飲んでるの?」
「シルバー・ブレット」
「あら、じゃあ私はシェリーにしようかしら」
 そう言って、バーテンダーにシェリーを頼む。

「読書中?ではなかったみたいね」
 机の上には、閉じられた文庫本がある。ブックライトも、シルバー・ブレットが来てからは消していた。

「考え事?」
「そういうわけじゃねーけど……」
 ふと考えていたら、灰原だった志保が現れた。

「オレが江戸川コナンになった意味を考えてたんだ」
「自分の運命から逃げるなって言ったあなたが?」
 驚いたように目を見開いて、志保はそう問いかける。
 それこそ、工藤新一の運命だったのではないか。半世紀以上前から始めていたプロジェクトの、幕を下ろす為に。

「組織を解体するため?」
 世間一般的にも、志保のような組織の一員にとっても、真っ先に浮かぶ理由。

「灰原、お前前に言ったよな?強いわよ、あの子あなたが思ってる以上にって」
 声音が変わる。深海のような瞳が、優しく瞬く。新一がグラスを持ち直すと、カランと氷が鳴った。

「オレより灰原の方が蘭のこと分かってた」
「どういうこと?」
「あの時、オレ……。空手がだろ?って言ったよな」
「……で?」
 恋に不器用な名探偵が、何を言おうとしているのか。まどろっこしくて、先を促してしまう。

 新一は、残ったカクテルを飲み干してから。

「工藤新一のままじゃ分からなかった、蘭の強さと弱さを知るため」
「キザね」
 盛大な惚気か。

 分からなかった、というより、気付けなかったのではないか。視点が変われば見方が変わる。同級生で幼なじみと、小さな子ども。物理的な視点の違いは、内面的な視点の違いも否応なく彼にもたらしたはずだ。
 そして、それは、新一とコナンで違うように、コナンと灰原でも違った。

「私が彼女のそういうところを知れたのは、あなたのせいよ。あなたのせいで彼女の見方が他の人とは違ったもの」
「おれのせい?」
「そう」
 一途なラブコメ探偵のせい。

「強くて優しい」
 新一も、蘭も。

「蘭のことか?」
「……」
 新一の問いには答えない。自分のことだとは思っていないのだろう。こんな調子だ。ずっと。始めからずっと。

「ちょっとだけ、羨ましいわ」
 二人が。今ならそう素直に言える。

「銀の弾丸、ね。私たち科学者にとっては、ソフトウェア開発の解決策の方かしら。魔法のような、どんな困難な課題も一気に解決しちゃう完璧理論」
 それが、工藤くん?と薄く笑って訊ねてみる。ベルモットの意図と主旨は、志保には分からない。考えを理解し合うような、そんな関係でもない。

「完璧な人間なんて存在しねーよ」
 魔法のような、銀の弾丸は存在しない。
 でも、忘れてはいけない過去を胸に、夜の黒い海を照らすことはできる。静かに輝く月光のように。月の光と静寂な海が織りなす一筋の道。
 新一の脳裏に、ピアノソナタ月光が流れる。
 人の命に代わりはない。一つしかない。真実と同じ。
 真っ直ぐ変わらない信念のような道筋が、誰かの胸を貫き、巨大な魔や厄を払うきっかけとなったなら。

 蘭が空手以外も強かったとしても。
 弱さも、知ってしまった。
 工藤新一にしか埋められない弱さがあるならば。
 江戸川コナンにだけ、言えた弱さや見せれた弱さもあると思う。

 そういったもの全部ひっくるめて。

 蘭を守るための弾丸になら、なりたい。

(それが、オレの……)

 空になったグラスを見詰める。
 氷だけが溶けていく。

「シェリー、お待たせしました」
 志保は、バーテンダーからグラスを受け取った。

「見たのも飲むのも、久しぶり」
 志保の声は乾いている。そこに感情は滲まない。

「灰原。シェリーにヴィンテージはねーんだ」
 灰原哀。志保が自分でつけた子どもの姿の時の名前。博士がアイの字に助言したのを志保は拒否した。
 シェリーは、白ワインの一種で、酒精強化ワインの代表格だ。製法がたくさんあり、種類も様々。だから。

「同じものはない。あったとしても、新しい」
 古いワインと若いワインをブレンドして、若いワインが古いワインの特徴を引き継いで作られる。
 単一醸造年度のワインを樽熟成させたヴィンテージ・シェリーは、本来のシェリーとは異なるし、少ない。

「宮野志保の運命も、自分で切り開ける」
「そうね」
 両親の研究を引き継いで入った世界。

「ヘル・エンジェルの娘は、今どんな熟成具合かしら?」
 一口飲んでから、フッと嘆息するように笑う。

(ヘル・エンジェルのヘルって……)
 ヘルは、北欧神話では、老衰・疾病による死者の国を支配する女神。 古語によっては、「隠す」「秘密にする」という意味もある。
 もしかしたら『地獄』ではなく、彼女の研究内容からついた呼び名だったのではないか。

(憶測でしかねーけど)
 だから、口には出さない。

(蘭に会いてーな)
 新一は、待つことに慣れていない。
 自分はあんなに待たせておいて。
 今でも、事件や寝坊で待たせることは多い。
 そんな新一が、園子や女友達との飲み会に行っている蘭を待っているだけなのに。
 行き場所も時間も、分かっているのに。

「本当、相変わらずみたいね。あなた」
「あん?」
 どういう意味だ?と問いかけようとした時。新一の携帯が鳴った。
 蘭からの、飲み会終了の連絡だった。

「またな」
「えぇ」
 待ち合わせ場所へと向かうため席を立つ。
 新一は、蘭さんによろしく、と告げる小さな声を背中で聞いた。







***
新一と灰原(宮野志保)でお酒の話です。蘭の話とかしてます。組織壊滅後。
私の感覚で書いちゃったので、お口に合わなかったらそっとお閉じください。

緋色の弾丸楽しみですね!
予告見ちゃってから妄想が止まらないー!
誰が誰を守るんでしょうね。ふほぉほぉーい!楽しみ!
恋人なったし今まで以上に蘭を守るのとかそれはもう赤井さんとかおっちゃんでも譲れねーよむしろ赤井さんとか灰原だったらありがとうって彼氏づらで言うんですかね?おっと!彼氏だ。彼氏でした。付き合ってる!うひゃー!
最近、妄想溢れて零れ出しちゃってお目汚しすみません。
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