小さなボディガード | ナノ
「どうしたの?コナン君」
「別に…」
真っ黒い海から目をそらさず、俺はジーッと見つめていた。
博士が参加する予定だった「伊豆ミステリーツアー」に代わりに参加することになった俺たちは、蘭が空手を始めるきっかけになった人物に、偶然会った。そして、偶々誘われて、偶々ホテルの展望ラウンジで、偶々話をすることになった。
その人物の名前は前田聡。今丁度、トイレで席を外している。その直前に、なんか気障ったるしく蘭を口説いたことを、俺は全く気にしていない。
「前田さんと言えば、小5の時に新一がね」
「新一兄ちゃん?」
思いがけず自分の名前が出てきて、蘭の方を向く。
「私、6年前に空手を始めたって言ったでしょ。新一はサッカー好きだし全然興味なかったみたいだけど……。一緒に過ごす時間が前より減って、私、ちょっと寂しかったの。だから、新一も空手やらない?って誘ってみたの」
懐かしそうに蘭が言う。
「『前田選手とってもかっこいいよ!新一も空手やってみない?ホームズだって武術やってたんでしょ?』って。そしたら新一、なんて言ったと思う?」
含み笑いで問いかけてくる蘭。
俺だって、覚えてるよ。
「『バリツの解釈はいくつかあって、コナン・ドイルが柔道をそう表現した説とバーティツ(bartitsu)をバリツと表現した説と〜〜なんとかかんとか〜〜』ってしたり顔で話し始めたのよ!」
俺は蘭から目をそらす。
「私、『もういいわよ!』って言っちゃった」
それから俺を誘うことはなくなって、蘭はメキメキと空手が強くなった。正直、俺もビビるほど。蘭は努力家だし、おっちゃんの柔道の血筋もあって、元々センスがあったのかもしれない。きっかけを与えたのは、前田聡だ。
「その時の新一の顔が、今のコナン君とそっくり」
そんなに屈託無く笑わないでほしい。
「あの頃、前田選手の話をする時、新一目を合わせてくれなかったの。なんかムスッと機嫌悪いみたいで」
ホームズと比べられたくないのかなって思ってたんだけど…、と蘭は無邪気に続ける。
全然、ちげーよ。
「あんまりいっつもだから、ホームズは探偵で、前田さんは空手の選手なんだから、前田さんの方が強いもん!ってなんか私もムキになって思ってた」
ホント、オメーはガキの頃の俺の気持ちをぜーんぜん分かってなかったんだな。ハハッと乾いた笑いが出そうになる。
「でもね。今思い出してみたら…なんかまるで新一ヤキモチ妬いてたみたい」
「そーだよ。わりーかよ」
無意識に口から出た言葉。
「え?」
「あ!」
やべ!俺は今コナンだった。
「あ!ほら!新一兄ちゃんって子どもっぽいとこあるから、そうかもー?って!!」
焦って取り繕う。今もガキだしなー、なんて。心の中で自分にツッコミながら。
「だったら…嬉しいな」
「へ?」
「新一もこの夜景、見れたらいいのに」
少し頬を染めながら、蘭が目の前に広がる星空をまた見つめる。
ガラスにうっすらと映る蘭の表情は。ガキの頃とは違う。
カッと、自分の耳が熱くなるのを感じた。
「一緒に…」
「うん」
見てるよ。
と、小さく呟いた俺の声は、蘭には届かない。
それでいい。
「ほら、コナン君。よーく見てみたら、真っ黒な海にも星が映って見えるよ」
波が海面をキラキラと揺らす。
「綺麗だね」
「うん」
さっきの前田さんみたいに、俺は言えない。
小5の俺は確かにガキだった。
今も、ガキな俺だけど。
蘭が誰に憧れても。
空手がどんなに強くなっても。
オメーを守るのは俺だって。
もっとガキの頃から、決まってんだよ。
*****
思いついた勢いで書いちゃった小話です。ナイトバロン殺人事件の時の、蘭が前田さんに口説かれた後のコ蘭(新蘭)です。書くの楽しい!
ちょっとエゴい新一の独占欲とか好きです。あと初期のコナンって今以上に自分の正体隠してることに結構迂闊な気がして。そんな話です。
コナン・ドイルの誤記説って意地でも言わない小5新一だったらいいなって。そんなオタク全開なヤキモチ新一ちょっと……。とかニヤニヤ妄想してる私が一番気持ち悪いって知ってる。笑
新一が柔道に興味示さなかった辺り、私はバーティツ(bartitsu)説を推したいです。
謎と光と影のロマンの時代。懐かしいです。