彼は私の… | ナノ
最近、新一のことを紹介する流れになった時、私はすごく戸惑ってしまう。
ついこないだまではそんなことなかった。
幼馴染で同級生の工藤新一。
推理オタクで、高校生探偵をやってる。
でも、私とトロピカルランドに遊びに行った日から、新一曰く「厄介な難事件」を追いかけて学校を休んでいるから、クラスメイトの私でもなかなか会えない。
それが、ついこないだまでの紹介。
でも、今は。
修学旅行から戻ってからは。
【彼は私の…】
「彼氏でいいんじゃない?両想いなんだし、それもお互い伝えてあるんだし。付き合ってるってはっきり返ってきたんでしょ?」
「カレシ……」
私はまだ一度も経験したことのない存在。園子の口から当然のようにするりと出てきた言葉を、ちょっとふわふわした気持ちで呟いてみる。新一が、私の彼氏。
「まぁ、アタシにしてみればほーんと今更!やっと!?って感じだけどね!」
園子は肩を竦めて飽きれたように大袈裟に言う。これは多分…私をからかってる。私と新一を。楽しそうでどこか嬉しそう。園子は、優しい。
「どうせ将来的にそうなるんだから、紹介する時、旦那でも彼氏でも一緒よ!」
「旦那じゃないって!」
「あ〜あ。蘭のキス待ち顔を写真に収められなかったのが、この修学旅行一番の心残り」
「園子!」
悪戯っ子みたいな笑みを浮かべて、でも半分本当に残念そうな園子の言葉に、顔が熱くなっていくのを気付かないふりして怒る。
「その魅惑の唇まであと一歩ってとこで……本当、困った旦那ね」
私が告白の返事をしてから、新一にはまた事件の連絡が入って行ってしまった。その直前のことは……思い出すだけでまた心臓が暴れ出しそう。
「連絡は?あれからメールしてみたのよね?」
「う、うん……」
園子に言われて、新一のメールを思い出す。二通。何度も読み返した二通。
『件名:無題
悪いな蘭…
もう少しオメーといたかったけどそんなにうまくはいかねぇな…
でも告白の返事が聞けて超うれしかったよ!ありがとな!!』
ちょっと前の新一だったら、もう少し私といたかったなんて言わなかった。気がする。うん。はっきりそんなこと言われたことない。よね?
だから、なんかちょっとむずむずするような……。恥ずかしいっていうか……ちょっと……ううん。すごく嬉しくて……。慣れない心地よさだけど……照れくさい? どうしても落ち着かなくってそわそわする感じ。
『件名:バーロ
付き合ってるに
決まってるだろ?』
付き合ってるから?
付き合ってるからちょっと優しいのかな?新一、彼女とはやっぱり一緒にいたいってことなのかな。それがわ、わた、わたし……。
「これじゃダメかな?」
って言った私に、新一は何も答えなかった。ダメともダメじゃないとも。
メールを見る限り、ダメではなかったみたいだけど…。
すぐにダメじゃないとは言わなかったし、目が合って…肩をつかまれて、その手には少し力がこもってて…。私は心臓がドキドキ…ドキドキして……清水の舞台から飛び降りるような気持ちで新一のほっぺにした時と同じ……ううん、もしかしたらそれ以上に心臓が…ドキドキ…ドックンドックンって……。
「蘭!」
「え?」
「何ぼーっとしてんの」
「え!あ、あの……」
「チュー直前の瞬間を思い出してた?」
「チュ!そ、そんな…!」
園子に名前を呼ばれて、ハッと教室の現実に戻る。
そうここは教室。京都への修学旅行は数日前で、新一は今、2年B組のこの教室にはいない。
結局新一はまた事件に呼び出されて行ってしまった。
「男の子の考えてることって分かんない」
「基本的には分かりやすいんだけどねー、アヤツ」
「そう?」
園子も新一と幼馴染だから、私は分からない新一の一面を園子は分かるのかもしれない。それはちょっと、羨ましい。
「やっぱ付き合ってんだよな?」
「え?」
私と園子の会話に気付いたのか、中道君が確認するみたいに聞いてきた。どっきーんとまた心臓が跳ねる。
「いや絶対そうだろ!工藤もそのつもりだと思うぜ。だってお前らあれが初めてじゃねーんだろ?」
「あれが初めて?」
「ほら……ロンドンで……」
「それは!違うって!!」
いつの間にかロンドンで私と新一がディープキスしたってことになっていて、中道君には何度も違うって言ってるんだけど、恥ずかしがってるだけだと思われてるのか、なかなか信じてもらえない。新一のバカ。
「それに、キスだけじゃねーんだろ?」
「何よ。鼻の下伸ばして」
園子が訝しげに中道君を睨む。
「ふ、風呂って……付き合ってなかったらそれこそどういう関係だよ。工藤と毛利でそれはねぇだろ?」
「お風呂?」
「何でいきなりお風呂が出てくんのよ」
園子の質問に私も同意する。中道君は理解してない私を、赤くなりながら不思議そうに見つめて。
「お、オレの口からは言えねーよ!工藤に聞いてくれ!」
「新一に?」
「部活行くぜ!」
勢いをつけて鞄を掴んで、教室から出て行ってしまった。
何かまた妙な誤解をされてる気がする。
新一はあれから学校に来てないけど、変な噂がたったままの私の身にもなってよ。新一のバカ。
***
修学旅行から帰ってきてから、部屋に一人になると、ベッドに横になってつい携帯を見てしまう。
新一からのメール。
見る度に、夢じゃないって確認できて、何度も、何度も見てしまう。
寝る前なんて、特に。
だんだん、メールじゃ何だか物足りなくなってきて。
声が聞きたくなってくる。
新一の声が。
電話、しちゃおっかな……。
でも、もう寝てるかも。
それに、何を話せばいいんだろう。
彼氏になった新一と。
声が聞きたくなっただけで。
「蘭ねぇちゃん」
部屋のドアが閉まってなかったみたいで、隙間から廊下に電気が漏れていたみたい。トイレに起きたのかな? ドアから少し顔を出したコナン君に呼ばれて、ハッと携帯から顔を逸らす。
「コナン君!まだ起きてたの?」
「うん。ちょっと…寝付けなくて」
私も、と返せば、コナン君はなんだか嬉しそうに笑う。コナン君は時々妙に大人びているけれど、こういう表情は年相応の小学生みたいに無邪気だ。
「どうしたの?携帯とにらめっこして」
「え?あ、うん。ちょっとね……。でもいいの」
私はコナン君に笑顔を向けて、携帯を閉じた。今は新一と私を一番繋いでくれている……新一に貰った、携帯を。
「新一兄ちゃん?」
「え?」
「新一兄ちゃんに電話するつもりだったの?」
「すごいね。コナン君は何でもお見通しだね」
コナン君は鋭い。新一に似てて、時々すごい名探偵。
「えっと……希望的観測は予想がつきやすいというか」
「きぼうてきかんそく?」
「え!あ!何か新一兄ちゃんに、聞きたいことでもあったの?」
コナン君がちょっと焦ったみたいに尋ねてくる。
「うーん」
声が聞きたかっただけ。なんて、小学生のコナン君に言うのもちょっと恥ずかしくて。
「ねぇ。コナン君。私にとって新一って、今何だと思う?」
「へ?」
「新一にとって私って何だろう?」
「ど、どうしたの!?何かあった?」
キョトンと目を丸くした後に、コナン君は真剣な顔をして見上げてくる。何か心配されてる?
「新一ね。私のことが好きなんだって。好きって言われたわけじゃないんだけど、新一にとっての好きな女、は私みたい? それから…私の返事も気になってるみたいだったから、多分私の勘違いってわけじゃないみたい。沖田君のこともなんだか気にしてたし……」
「え!?あ、あの!それは……!」
コナン君が赤くなって妙に焦ってる。なんだか可愛い。
「不可能な物を除外していって残った物、…たとえどんなに信じられなくてもそれが真相なんだって前言ってたから、不可能ではないんだけど…。逆に、可能性が高いことで考えていったら……。新一って私のこと…。でも証拠はないんだけどね」
「蘭姉ちゃん……。ごめんね。なんか新一兄ちゃんが、回りくどかったのかも……」
コナン君がなんだか申し訳なさそうに、ハハッって笑う。ちょっとした苦笑なのに、新一がちょっと失敗した時の笑い方にそっくりで。どうしよう私、新一のことが頭から離れないみたい。コナン君に悪いなって思うけど、やっぱり似てて、口元が緩んでしまう。
「私も、ってずっと言いたかったんだけど…。いざ新一を前にするとなかなか言えなくて。言葉にできないから態度で……頑張っちゃった!」
「態度…」
小さく呟いて、コナン君が赤くなって私から目をそらす。直前の視線は、目より少し下。私の唇?
「私の精一杯。いーっぱい、言えなかった好きって気持ちを込めて」
照れくささもあってちょっと笑うと、黙ってしまったコナン君。
「新一には、ちゃんと伝わったみたい」
どうしても声が小さくなってしまうけど。二人だけの深夜の部屋。コナン君にもきっと聞こえてる。
「新一も、キス、したかったのかな…?」
「も?」ってコナン君が小さく、小さく漏らしたことに気付いた。
コナン君が私を見上げてきて、目が合う。絡まった視線。
「え?えっと…あのまま……」
コナン君があんまり真っ直ぐ見つめてくるから、なんだろう。新一じゃないのに、眼鏡の奥の瞳は本当に新一にそっくりだから、言葉が…詰まる。
キュッと、コナン君の小さな手が、少し熱くて私の腕を握る。
「ナイショよ?」
「え?」
「誰にもナイショ」
「う、うん!」
私の秘密の申出に、コナン君はハッと目を見開いてから、コクコクと素早く頷く。
「新一と久しぶりに一緒にいられたから、いなくなっちゃった時…すごく残念だったの」
言いながら、ベットに腰掛けた私の膝の上に、コナン君を座らせて、背中からギュッと抱きしめる。小さなコナン君の体はあたたかい。
「もっと一緒にいたかった」
泣き言みたいに聞こえちゃうかな?
「もうちょっと一緒にいたら……」
「い、いたら?」
コナン君の肩がピクッと動いて、ちょっと上擦った声で問いかけてくる。
「ううん。何でもない」
『キス、出来たのに』
頬にじゃなくて、お互いの唇に…。
でもこれはちょっと、小学生のコナン君に話すのはなんだか恥ずかしい。
「それから新一はま〜たいなくなっちゃった!まったく!またあの推理オタク!」
同じ思いなのかもって、期待してしまった自分が恥ずかしい。
「一緒だと思うよ」
「え?」
「新一兄ちゃんも蘭ねぇちゃんと同じ気持ちだと思うよ」
背中を向けたコナン君の表情は見えないけれど。
「どうしても、離れなきゃいけなくなっちゃったんだと思う」
「コナン君……」
コナン君の声がちょっと苦しそうだ。
そういえば、聞き覚えがある。
米花センタービルの展望レストランで、新一が事件を解決したまま、またいなくなっちゃって…それを伝えにきてくれた時。
涙を見せてしまった情けない私を、気遣ってくれた時。
「あと、その……新一兄ちゃんも、蘭ねぇちゃんと同じ気持ちだと思うよ」
今もまた、必死に言葉を探してくれている。
「あとちょっと一緒にいたらって……ボクの推理だと新一兄ちゃんの方が思ってる気がする」
「そう、なの?」
コナン君に言われると何だか本当にそんな気がする。私が寂しく感じたのと同じくらい、新一もきっと……って。
「バカね」
「え?」
「バカは私だね。何も変わってない。全然成長しないね。ごめんね……ありがとう。コナン君」
「蘭、ねぇちゃん?」
不思議そうに、肩越しに振り返って私を見上げるあどけない表情。
「あの時とは違うのに。ただ置いてけぼりにされたわけじゃないのに。またコナン君に心配かけちゃったね」
「……」
コナン君は何も言わないけど。『あの時』で多分ピンと来たんだ。米花センタービルの展望レストラン。コナン君は賢い。時々すごく、新一みたいに。
「せっかく…ただの幼なじみじゃなくなったのに。欲張りすぎなのかも」
前を向く。
「私、新一に告白の返事をしないで余韻に浸っちゃったから…今度は彼女になれた余韻に…浸っちゃおうかな!」
スローペースすぎかな?って笑いながらコナン君に聞いたら、コナン君は無言で首を横に振ってくれた。
「スローペースなのが、もしかしたら私と新一らしいのかも。ほら、アイツ恋愛事より、事件だーホームズだーって感じだし!」
私がそう言うと、コナン君はハハッと少し乾いた声で笑った。
「新一の好きな人が分かって嬉しかった。私に待ってて欲しいんだって、コナン君に言った新一を、ちゃんと待ってるって思いが強くなった」
「……蘭、、、ねぇちゃん」
「さーて!そろそろ寝ないとコナン君明日起きれなくなっちゃうよ?学校に遅刻しちゃう!」
抱っこしていたコナン君が、ゆっくり私の膝から下りる。そのままドアへと歩いて行く。
ドアを閉じる前に、振り返って真っ直ぐ私を見てくる。
「おやすみ。コナン君」
「おやすみ。蘭…姉ちゃん」
また明日、って言ってからドアを閉めた。
私も明日に備えて、布団に入る。
結局、私は新一に思いを伝えられたけど、好きって言葉を言えはしなかった。
よく考えたら、新一も。
私に伝わったけど……聞いてはいない。
いつか、言えるかな?
コナン君には言えたんだから。しかも、初めて会った時に。
あぁ、そっか。
コナンくんは私の気持ちを知ってるからだ。
新一への素直な気持ちを。
だから、こうやってちょっと、特別なのかも。弟がいたらこんな感じなのかな?
『いつか…いつか必ず絶対に…死んでも戻ってくるから…』
それまで蘭に待ってて欲しいんだ。
そう新一の言葉を伝えに来たコナン君の表情を思い出す。
事件を全部解決して、新一が戻ってきたら。
新一が、納得する形で、『それまで』の期間が終わったら。
伝えたい。
私の声で。
私の本音を。
だって、私たち、付き合ってるんだから。
これから何度でも、言えるはず。
ベッドの中で、寝転がって、携帯の新一からのメールをまた眺めてしまう。寝る前に、もう一度だけ。頬が緩んだまま、なかなか元に戻らない。
ずっと。ずーっと。
私がこの想いに気付いたのは、NYに行ったあの後からだけど。
でも、もっともーっと前から、きっと何年も変わらない。
ちっちゃい頃から意地悪で、
いつも自信たっぷりで…
推理オタクだけど…
いざという時頼りになって…
勇気があって…
カッコよくて……
幼なじみでも、
彼氏になっても、
新一は私の大好きな人。
*****
サンデーで掲載時に勢いで書いちゃったやつです。
コナンは原作が大好きすぎて完結するまでは二次も見る専ってかれこれ15年くらい心に誓って生きてきたんですが、アニメの興奮がおさまらなくてあげてしまいました。書いたはいいけど後から自分の中で解釈違い起こしてすぐ消してたらお目汚しですみません。
新蘭大好きが止まりません。新蘭お付き合いおめでとうって形を何か残したくてあげてしまいました。
新蘭大好き!だーい好き!!
ラスト、コナンが蘭に電話ボックスから変声期越しに電話してる時の、彼のモノローグを思い出してもらえたら嬉しいです。
修学旅行編を見て、私の頭に浮かんだ、あのコナン(新一)と対にしてみたかった蘭ちゃんのお話。
95冊全部がつながってるし、つながっててほしい原作大好き人間です。1000話がつながってあの修学旅行編になってるんじゃないかなって。1000話。途方もない数字。本当にすごいなぁ。
新蘭が今の新蘭になったのはコナンになったからこそだから、コ蘭はやっぱり全部切ない新蘭だと思ってます。今のハピハピハッピーな新蘭も、一昔前の背後霊新一が多い切なめ新(コ)蘭も大好き!!
コナンは新一だから。パロとかで分身しない限り。パロはパロで好き。
お風呂入ってるコ蘭とか全然切なくないけど(笑)それも大好き!
工藤新一はポジティブだし前向きだなってめっちゃ思う瞬間です。
だから事件を解決できる名探偵なんでしょうね。
長々とすみません。名探偵コナンが大好きです。