夢よりも | ナノ



 慣れない。いつまで経っても慣れない。
 朝起きて。同じベッドに。

 黒崎くんが寝ていること。





【夢よりも】





 いつまで経ってもって言っても、そんなに長い期間じゃない。一応、数える時、片手で足りなくなったくらい。でも両手があったら足りるくらい。
 あたしにとっては、それが『もう』何回、なのか『まだ』何回、なのか分からない。黒崎くんはどうなんだろう。『もう』って言うかな?『まだ』かな?
 そこまで考えて、ふと思う。
 
 あと何回こうしていられるんだろう。
 あたしはいつまで、此処にいられるんだろう。
 これが最後、だったら……って。

 そしたら『まだ』って言うのはおかしい?

 あれ?
 自分に違和感を感じる。

 欲張りだ。
 あたし、元々こんなだった?

 自分のかっこわるいとこは…いやらしいとこは……知ってた。
 乱菊さん達が泊まりに来た時に。
 嫉妬、しちゃう自分の重いところを、ちゃんと受け止めようとしてるのはカッコいいって、乱菊さんは言ってくれた。

 でも、これは……嫉妬とは多分違う。
 なんだろう。

「……図々しい?」
 違う?

「贅沢?」
 どこかで『もっと』って思ってる。

 もっと、一緒にいたい。
 こうしてられるのはあたしだけがいい。

 だから。
 これが最後だったら、って思うとすごく…。
 すごくーーー……。

 猫の手みたいに軽く拳を握って眠っている黒崎くんの手に触れた。
 包帯はないから、直接肌の感触が、体温が伝わる。

 あの時より少し大人になった黒崎くんの顔を見つめながら。

 あたしは、
 寝ている黒崎くんに、

 キスをした。

「……」
 あたしからしたのは初めてだ。
 いつもなかなか、タ、タイミングが掴めなくて……!
 こういう関係になって、黒崎くんが起きてる時に何度かチャレンジしてみようとしたことはあるんだけど、結局、ダ、ダメだー!って一人で頭の中が爆発しそうになって、そしたら大体黒崎くんが「どうした?」って声かけてくれて、反射で「何でもないよ!」って返してしまう。うぅ、あたしの意気地なし。

 でも、最後だったらって思ってしまったら。

 もどかしくて。
 言いようのない思いが溢れて。

 身体が動いてた。
 
 一瞬の、唇と唇が触れるだけ。
 それでもあたしの頭の中が溶けちゃうくらい熱くなるには充分で。
 照れくささで火を噴く前に目を開けて。
 顔を離した、その時。

 パチリと黒崎くんの瞼が開く。
 5cmもない距離で、琥珀色の瞳と見つめ合う。
 あたしはびっくりして、同じように目を開いたまま固まった。

「また夢かよ」
 本当は一瞬でも、あたしにとっては永遠に感じるような時間の後、黒崎くんは眉間に皺を寄せて、拗ねたような声で呟いた。

「え?」
 また?

「わ!」
 背中と腰に回された手が、あたしを引き寄せる。それから、唇を食むようにキスされて、驚いていたらこじ開けるみたいに舌が入ってきて、あたしの舌を絡めとろうとする。

「く、黒、崎くん…っ!」
 待って、って言おうとして胸元に手を添えた。あたしは、自分の行動と全く想像してなかった黒崎くんの反応で、頭真っ白の顔真っ赤っかだったと思う。

「井上?」
 黒崎くんが、あたしの顔をジッと覗き込んで。それから何度か瞬きをして。

「夢…じゃねぇ…!?」
 そう言って、動揺したようにバッと身を引く。勢い余って、黒崎くんはベッドの端から落ちそうになってよろめいた。

「悪い!寝ぼけてた!!」
 体勢を立て直しながら、狼狽えた声で謝ってくる。黒崎くんは何も悪いことなんかしてないのに。あたしが、ううん、って言おうとしたら。

「どうせまた夢ならって……」
「また?夢?」
「あー」
 髪に手を当てながら、黒崎くんは困ったような、観念したような声を上げて。

「前……虚圏行く前……俺の部屋で寝てる間に井上に怪我治してもらった時。なんか、その、夢見て……」
 言いにくそうに目線を逸らして、続きの言葉を探してる。
 その、前って……きっと……。
 思い当たるのは一つしかない。

「それ……」
 無意識に溢れた声が少し震える。
 照れちゃうようなことをしたのはあたしなのに、多分今、あたしと黒崎くんは同じくらい赤くなってる。
 気付かれちゃいけないって言われてたし、気付かれてないって、根拠もなくそう思ってた。
 でも、もしそれが……。
 それが黒崎くんに気付かれていたとしたら。
 だって、手に触っちゃったし、あの時は起こしちゃうとかまで気が回らなくて……結構普通に、声出しちゃってたし……。
 それを黒崎くんは、夢だったって思ってるとしたら。

「多分…夢じゃないよ」
 あたしの言葉で、黒崎くんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。

「夢じゃないよ」
 もう一度。伝わるようにゆっくり囁いた。

「あたし、あの時、最後だと思って……」
 さいご、と黒崎くんの唇が動く。
 そう、あたしは最後だと思って、黒崎くんにキスをしようとした。

「ごめんね!勝手に……は、はしたないって思うよね!?」
 寝てる間にとか、自分が知らない間にとか、キモいって思われたかもしれない。

「大丈夫!!あの時は結局、出来なかったから……!!!」
 でも今しちゃったんだけど…!それも謝らなきゃ…!って必死に続けようとしてたら。

「う?」
 あたしは鼻を、黒崎くんに摘まれる。
 
「最後じゃなかっただろ」
「へ?」
 低く掠れた黒崎くんの声。
 耳元で、もう一回いいか?って。

「でもつらかったら言えよ」
 うん、って頷いた。

「まだきついなら……無理はさせねぇから」
 言いながら、大きな手があたしの胸を下から上へと掬い上げるように触れる。最初の時からずっと、始めにすごく気にかけてくれる。何だか申し訳なさそうに。

「ん。黒崎くんは、『まだ』なんだね」
「?」
「ありがとう」
 手の動きを止めた黒崎くんの首に腕を回しながら。

「最後じゃなくて良かった」
 じんわりと何かが胸に込み上げてきて、涙が滲みそうになる。最後だったら知れなかったことがたくさんありすぎて。

「あのね」
 伝えなきゃ。ちょっと恥ずかしいけど。ドキドキするけど。反応が怖いけど。
 でも、伝えたい。喜んでくれたりしてって、ちょっと期待してみちゃったり。
 これが、図々しくて贅沢な感覚なのかも。でもその期待が、あたしの勘違いじゃなかったら。とても幸せすぎることで、その幸せは黒崎くんのおかげだから、やっぱり黒崎くんに伝えたいなーって。
 黒崎くんが喜んでくれそうなことが、あたしにできることなら、それは全部あげたい。渡したい。

「大丈夫だよ」
 数時間前も。黒崎くんに触れられたところが熱を持つ。身体の奥の、芯のところが、特に溶けてしまいそうな。最初はそれが、熱すぎて痛みを伴っていたけれど。
 だんだん痛みが緩和してきて。昨日はほとんどなくなって、頭の中まで溶けちゃうような、堪えきれない声が漏れてしまった。自分の声じゃないみたいな。
 それで気付いた。
 これ、一言で言い表せるって。

 『気持ちいい』って。

「大丈夫だから」
 黒崎くんは、大丈夫かってよく言う。あたしがボーっとしてるからとか、どんくさいからとか、そそっかしいからかも。
 あたしはいつも大丈夫って言うけど、それでもやっぱり大丈夫かってよく言う。

 きっと。

 無事か?って感覚が抜けてないのかもって思い始めたのは最近。
 怪我してねぇか、って感覚。
 あたしも怪我してない?って聞いちゃうからお互い様かも?

「あ、」
「あ?」

 身体に確かに温もりがあって。
 心臓がトクトクと、普段よりも早いくらい動いていて。
 
 確かに生きているから。
 触れ合って感じるから。

「いっぱい愛して」
 『もっと』の正体はこれだ。

 気付いてしまった。
 知ってしまった。

 好きな人に愛されるって幸せだ。

 あたしは黒崎くんが大好きで、
 黒崎くんも……。

 そう思ったら、キュウンと胸が、身体の奥が切なく疼く。
 だから、こんなこと言えちゃうんだ。

「!」
 首に回した手に精一杯力を込める。黒崎くんの顔が真横だから表情は見えない。でも見えなくて良かったかもしれない。

「……」
 大丈夫?黒崎くん引いてない?やっぱりキモいって思われた!?変態だって……!はしたないって……!迷惑だって……!思われた?!

「最後とかじゃなくても、」
「え?」
「井上がしてくれたら」
 声の抑揚で、引かれたわけじゃないって理解する。

「黒崎くん?」
 腕を緩めて顔を覗き込んだら、悪戯っぽく笑ってから、黒崎くんは目を瞑る。呼びかけても返事はない。
 一瞬意味を考えて、キス…?!って思い至って。

「い、今っすか!?」
「今」
 短い返事がすぐに返ってくる。
 起きてるって分かってると、もっと緊張する。

 でも、あたしが幸せすぎる勇気を振り絞った先には。

 きっと、夢より甘い、現実の続きが。






***
勇気を振り絞ったら。
触れるか触れないかのところで腕が伸びてきて、驚いて身を引くと舌が滑り込んできて。翻弄されながら。
そしてまた、生まれ変わっても……って想いは強くなる。



織姫もだけど、多分かごめも……なんかヒロインが恋して自分の知らない内面の部分を知る。そんな自分を受け止めるっていうのに私弱いのかもしれない。そう考えるとやっぱり乱菊さんとルキアの存在が私の中ですごく大きい。









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -