枕 | ナノ




 鼻歌が聴こえる。
 聞いたことがある。
 このメロディーは……。



「笑点?」
「わ!」
 薄手のブランケットを手に、織姫が驚いた声を上げる。

「起きてた?」
「今起きた」
 体を動かそうとして、んーと声が聞こえたから目を向けると、息子が一護の腹の上に頭を乗せて寝ていた。そのまま少し顔を顰めて身じろぎしたから、ゆっくり頭を撫でてやる。すると、表情を和らげてすやすやと寝息を立て始めた。ホッと、安堵の息をつく。

「悪りぃ。寝てた」
「ううん。陽射しが気持ちいいもんねー」
「買い物すんだのか?」
「バッチリ一週間分買い込みましたよ!」
 一勇とお留守番ありがとう、と笑う。

「おかえり」
「ただいま。今日はあったかいね」
 嬉しそうにただいまを言ってから。窓の外に目を向けて、しみじみと呟く。

「洗濯物がやっと乾いてくれそう」
 微かな風に揺れる3人分の洗濯物。昨日もその前も雨だった。だから、今日はいつもより多めに洗濯物が干してある。

「一勇が起きたらどっか出掛けるか?」
「今から?」
「外で飯食ってもいいし……」
「そうだね」
「てか俺、一勇が起きるまでこのまま動けねぇ」
 本当は抱え上げて、お昼寝マットの上やベッドに連れていくことも出来る。きっと、織姫が抱えたら一勇は起きない。起きてもまた、寝てくれる。でも。

「いいなー。一勇」
「ん?」
「あたしも」
 そう言って、一勇の横に寝転がる。

「織姫?」
「一勇お気に入りの一護くん枕をあたしも……」
 一護の腹に、頭の重みがもう一つ分増えた。一勇が起きない程度に、グリグリと頭を捻じっている。ちょっと擽ったい。それから片耳を腹に当てて。

「ぐるぐる鳴ってる」
「消化してんだろ」
 今が丁度午後3時過ぎ。昼食をとったのは12時頃。

「ちょっと硬いかな?」
「こっちに比べりゃそりゃ……」
「ひゃ!」
 すぐ側にあった一護の片手が織姫の腹に伸びてきて。むにっと。むにむにと。感触を楽しんでいると、一護くん、と嗜めるように、一勇を叱る時と同じ声が聞こえた。

「でも一勇、あたしのお腹の上では寝たことないよ」
「そうか?」
「そういえば、一勇がもっと小さい頃、心臓の音が安心するのか胸の上で寝てたな〜」
「あー確かに」
 何度か見た覚えがある。

「でも、その話をしたら、寝てる子どもが顔の向きを自分で変えられない場合、織姫ちゃんの胸で窒息する危険があるよって」
「窒息……」
 リアルにあり得るのか。でも織姫の胸ならば。十分考えられ……。

(ん?織姫ちゃん?)

「それ誰が言ってたんだ?」
「お義父さん」
「親父?」
「わ!?」
 バッと起き上がりそうな勢いで顔を上げて織姫を見る一護に、驚いた声を上げてずれ落ちそうになる織姫。一勇の肩を、きゅっと支えた。

「あいつ何言ってんだ」
「へ?お医者さんの意見じゃないの?お母さんの胸の上って実は結構気をつけなきゃいけないんだって」
「医者……あー……まぁ、そうだけど……」
 なんだこの妙な感じは。

「ヒゲ詳しいな」
「そうだね。色々助かってるよね」
「……おう」
 そうだ。感謝するべきだ。

「一勇起きないね」
「あぁ」
「よっぽど気持ちいいのかな」
 つい、と一勇の頬っぺたをつつきながら、織姫も一つ欠伸をする。

「寝ててもいいぞ」
「一勇とぶつかっちゃうよ」
 一瞬想像したのか、そう言って笑う。確かに完全に寝てしまうにはちょっと狭いかもしれない。

「こっち来るか?」
「……うん」
 一勇が寝ているのと反対側の腕を伸ばせば。一護の誘いに織姫は小さく頷いた。
 よいしょ失礼、と節をつけたように軽快なリズムでそう言って。一護の足を跨ぎ、反対側へ移動する。それから、彼の腕に頭を乗せて横になった。

「えへへ〜」
「何だよ」
「やっぱりあたしはお腹よりこっちの方がいいな〜」
「腕?」
「一護くんの腕枕は、一勇にも渡せないかな〜」
 少女のように幸せそうに笑う。

「何言ってんだ」
「照れてますな」
「照れてねぇよ」
 今更、そんな。

「一護くん」
 からかうような目で名前を呼ぶ。

「何だよ」
「耳、赤い」
 そう言って、耳朶に触れてくる。

「一護くん」
 今度は、一勇に話し掛ける時とは違う声。
 少し、甘えたような。
 結婚した頃に気付いた。
 一護は、この声に、弱い。
 でも今、身動きが取れない。

「オマエ、俺の抱き枕だぞ」
「へ?」
「今日」
 自分で顔の向き変えれるから窒息しねーし、と付け加えれば。

「!?」
 織姫の顔が赤く染まる。

「早く一勇起きねぇかな。あんま昼寝すると夜寝ねぇよなー」
「一護くん!」
 今度も嗜めるような声だったけど。
 一勇を呼ぶ時の声とは、やっぱり違った。






*****
短いです。小ネタみたいな。
子どもの頃、父のお腹を枕にして寝てたの思い出して。あとちょっと聞いた話を。
息子がお昼寝中なのをいいことに夫婦がいちゃつき始めました。
そして旦那キャラ違うがな…ですみません。(笑)
少しずつ、春ですね。








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