グッナイベイビー | ナノ



 呼吸が落ち着くと、言いようのない気怠さが身体を襲った。
 これも初めての感覚。
 運動をした後と似ているけれど、ちょっと違う。
 何だろう。
 甘い微睡みに誘われているような。
 このまま眠ってしまえたら、とぼんやり思った。

「痛かったよな?」
 窺うような労わるような、少し不安げな声が耳元に響いた。

「痛くなかったって言ったら嘘になるけど……あたし幸せだよ。」
 織姫は、閉じていた目を開けて、欠片も嘘のない本心を告げる。言いながら、呼吸が落ち着くまで、一護が背中をあやすように叩いてくれていたことに気付いた。大きな手が呼吸に合わせて……ポンポンと。

「黒崎くんは優しいね。」
「普通だろ。」
 一護にしてみれば、うまくできなくて、結局勢い任せで、せめて気遣って、そこは当たり前だ。
 でも、織姫にとっては。

「……普通だね。」
 あの時は、まさか彼のこういった面の『普通』の感覚まで知れるなんて、夢にも思っていなかった。
 一護の、女の子の、扱い方。正直、想像もしていなかった。

「黒崎くんの普通の中にあたしがいて嬉しいな〜……って、あれ?」
 ごめんね、止まらなくなっちゃった、と眉をへの字にして笑いながら、ポロポロ涙を流す。

「……。」
 自然と体が動いて、両手で頬を包んで彼女のその目に口付けた。

 溺れていた。
 その白く柔らかな肌に。
 最初は、女性は辛いからって。辛いって知識だけはあって。
 それでも未知の領域を受け入れてくれる彼女を大切に、大切に、扱いたいと。
 思っていた。

(結局泣かせてんだけどな……。)

 情けないと思いつつ、あたたかさに包まれて。
 痛い思いまでさせて自分は快楽に溺れたくせに、それでも赦されるような言いようのない幸福感でいっぱいになって、目頭が熱くなった。気を抜くと涙が溢れそうになった。そんな自分に心底驚いた。
 彼女は、そんな一護に気付いただろうか。
 幸せだよ、と言葉にしてくれたから。全部は同じでなくとも、同じ思いも抱いてくれただろうか。
 聞けない、けれど。

「あったかいね。」
 ぎゅっと、また背中に手を回して。しがみついてくる。

「恥ずかしいとか、通り越しちゃって、やっぱり嬉しい……あったかい。」
 肌と肌が直接触れ合って。体温が伝わる。
 織姫は、柔らかい。一護よりも何となく少し低く感じる体温。
 先程溺れてしまった二つの膨らみが胸に当たって、頭の奥、芯の部分がチリチリと熱を持つ。

「こんなに近くで黒崎くんに触れれるの嬉しい。」
 ぐし、と鼻を啜る音が聞こえる。また泣かせてしまったのだろうか。せめて顔は見たいと、彼女の顔を覗き込むために少し動こうとしたのだが。

「井上?」
 織姫が一護の背中に回した手の力を強くして、しっかりくっついて離れない。

「どうしよう黒崎くん……。」
 掠れた涙声。

「離れたくなくなっちゃった。」
 聞き逃すくらい小さな、懇願するような声。ぎゅーっとまた力が強くなる。彼女の腕の力なんて、振り解こうと思えば、容易く振り解ける。でも。

「そっか。」
 壊さないように、おずおずと抱きしめる。

「俺の方が、離したくねぇから。」
 少しずつ力を込めながら。
 囁いた声はやけに部屋に響いて。たまらず赤面してしまった。

「っ……ふ……ぇ…」
 嗚咽を堪えながら泣く声が、一護の腕の中から聞こえた。



 涙が落ち着いた頃に、もそもそと織姫が動く。

「どうした?」
「喉、渇いちゃって……。」
 掠れ声で、ふと気付いたようにそう呟く。言われて一護の脳裏に蘇る、彼女の甘い声。

「お、俺が取ってくる。」
 真っ赤に染まる顔で俯きながら。

「いいよいいよ!黒崎くんの分も何か……!?」
 そう笑って、ベッドの淵から立ち上がろうとしたのだが。カクン、と織姫がバランスを崩す。

「!?」
 一護は咄嗟に織姫の背中に手を添えて支える。

「大丈夫か?」
「う、うん……。」
「どうした?」
「力、入んない。」
 織姫が下腹部に手を当てて、頬を朱に染めながら呟く。
 先程の出来事の証。腰に力が入らない。やっぱり、痛い。

「わー!!!」
「な、何だよ!」
 織姫が大声を上げて掛け布団を被る。一護はそれに驚いてビクッと身を引いた。

「あたし服着てなかったよ!って、黒崎くんも……!!」
 裸でベッドから出ようとしていたことに気付いたようだ。
 二人で真っ赤になって、言葉をなくす。織姫はばっさり布団に包まって、顔だけ辛うじて出して。一護は頬を掻きながら。

「とりあえず飲み物取ってくる。冷蔵庫だよな?」
「は、はい!かたじけないっす!」
 丸っと亀のような状態で、織姫が明らかに動揺した声で返す。
 とりあえずベッド脇に投げやっていた服の塊から、自分の物を発掘。なるべく彼女の物は見ないように……色々思い出さないようにしながら、身に着ける。
 台所へ行って冷蔵庫を開けて、500mlのペットボトルが並んでいたので、1本持って寝室へと戻る。

「入りますか?」
「……おう。」
 ピロリと被っている布団の隙間から招かれれば。断る気なんて起きない。
 織姫の体温で温もった布団に一緒に入り込む。

「これでよかったか?」
「うん。黒崎くん、お先にどうぞ。」
 織姫に手渡そうとしたら、やんわりと押し返して譲られた。

「喉渇いてんだろ?俺はオマエが飲んだ後、残ったらでいいから。」
 正直、一護も喉は乾いていたが、多分織姫の方が深刻なんじゃないかと勝手に思って。
 やっぱり思い出してしまう先程の様子……泣いたり、普段と違う声を出したり。

「あの……だって……。」
「何だよ。」
「間接キスに、なっちゃうよね。」
 カーッと顔を赤くしながら。

「今更!?」
「え?!」
「すっげー今更じゃねぇか……?てかどっちが先でも飲み干さねー限りそれは……」
「あ、あ、あ、ああ……あ、はい。」
 タコのように真っ赤になって、はわはわしながら織姫はペットボトルを受け取る。一護も顔が熱くなった。いつもは普通に飲んでるじゃねーか、と記憶を辿って脳内で毒づく。指摘されると変に意識してしまう。
 コクコクと、両手でペットボトルを抱えて水を飲む。半分くらいで、口を離した。

「はい。どうぞ。」
「気にせず飲めよ。って俺のじゃねーけど。」
「ううん。もう十分。」
「じゃあ……。」
 妙に照れくさくなりながら、ペットボトルの水を飲む。
 思っていた以上に喉が渇いていたようで、一気に飲み干してしまった。

「美味しいね。」
「喉渇いてたから尚更な。」
「冷たいのが染み渡りますな。」
「そうだな。」
 しみじみと話す織姫にのんびり返す。結局彼女は足りたのだろうか。気を遣わせただろうか。

「もう一本取ってくるか?」
「ううん。」
 そう言って、コテンと一護の肩に頭が乗ってきた。甘えた仕草に一瞬ドキッとして、動きを止める。

 側にいたいと思った。
 先程、離れたくないと言った彼女の側に。離したくないと願った彼女の側に。

「井上。」
 呼び掛けた。このまま寝れば、心地よい眠りにつけそうな気がする。だったら、横になった方がいいのではないか。
 そう声を掛けようと思った時。
 スースーと、気持ちよさそうな呼吸が聞こえる。
 顔を向ければ、織姫は幸せそうに微睡んでいた。

「寝てんのかよ!」
 起こさない程度に小さくツッコミを入れて。
 先程甘えられたと思ったのは、恐らく彼女が寝てしまっただけだ。一人で勘違いして、どうにも恥ずかしい。
 でも。
 安心しきったような寝顔から、行為の時の赦されるような感覚は、勘違いじゃないのではないかと思えた。
 あの幸福感を共有したい。今よりもっと。ずっと。彼女にも。
 だから、今日は痛い思いをさせてしまっているけれど。次は……もっと、少しずつ。
 そんなことを考えて。
 肩に寄り添う彼女を、ゆっくりベッドに横たえた。胡桃色の髪が、シーツの上に無造作に広がる。白くて柔らかい、触れると色付く肌。初めて知った感覚が蘇る。
 やっぱり水をもう一本貰おう。冷えた水で、浮いた頭を冷まして。
 それからゆっくり眠りにつこう。……眠れれば。

「    」
 ぼそっと囁いてから。
 考えたことを振り払うように頭を振って、一護はベッドから立ち上がる。
 そのまま部屋を出て行った。

 織姫は、一護が立ち去るのを気配で感じながら、目を開けた。
 顔全体、耳まで真っ赤に染めて。

 聞こえていた。

 身体を横にされる感覚でぼんやり目が覚めた。それからすぐにオデコに何かが触れたから、目を開けようとした。
 でも。声が聞こえて。
 驚いて。固まってしまって。
 返事をする前に、離れてしまったけれど。

 反芻する。
 聞き間違いじゃない。

 一護の声が、小さく囁いた。


 「おやすみ、『織姫』。ありがとう。」と。








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ハジメテ事後です。
視点ごっちゃですみません。3人称にすらできてない気がします。神視点だと思って下さい。私が天に立つとこうなる。
甘すぎ少女漫画の自覚はあるんですが、愛してるとか好きだとかよりも、ラスト一言が頭に浮かびました。謎。それもまた少女漫画。
タイトル思いつかなすぎて、ボハハハハーに逃げました。
書いてて楽しかったです。(*^^*)







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