拒絶の対義語 | ナノ




 井上は拒絶しない。
 拒絶の能力持ちなのに、基本的に人を拒絶しない。
 初めて会った人間…人間だけじゃない。死神や破面とも仲良くなる。
 ちょっと身勝手な言い分でも受け入れてたりする。
 それが優しさからきてるのを俺達は知っている。
 けど多分、優しさだけじゃないっていうのもなんとなく知っている。なんとなくだけど。
 何処かに強さがないと、優しいだけじゃ他人を受け入れるのは難しい。






「拒絶の対義語?」
「辞書引いて出てくんのは『承諾』とか『承認』なんだけど……なんかしっくりこねぇんだよ」
 放課後、図書室で一人勉強していたら石田に会った。
 丁度集中力が切れたとこだったから、辞書で気になった語を引いていた。それで石田が「どうかしたのか」って声をかけてきたから、辞書と睨み合っていた理由を答えた。

「辞書で遊ぶって、君は中学生か」
「変なこと考えてんじゃねぇぞ」
「どっちが」
 エロい言葉引いてると思ったんだろ。ちげーよ。
 承諾と承認を辞書で引いてみると、「聞き入れること。引き受けること。」って出る。その前の事象を、正当だとかもっともだとか判断した上での意味だ。
 なんかそういうのは、俺が知りたいやつとは微妙に違う。

「国語の問題にでも出たのか?」
「いや、ちょっとな」
 答えを濁す俺に「拒絶…」と小さく呟いて。
 確かめるみたいに、石田は俺の顔を見た。

「井上さんか」
「……」
「確かに承諾や承認じゃ合わないな」
 返事をしなかったら、石田は深くは追求しない。
 持っていたシャーペンをクルクル回して、俺に付き合うように少し考える。

「君が求める答えなら、『了承』の方が近いんじゃないか?」
「……事情をくんで納得すること」
 石田に言われて了承を辞書で引いた。
 確かに。さっきの二つよりしっくりきた。
 いいとか悪いとかの善悪の判断より、相手を理解する……そんな感じか。

「ありゃ!黒崎くんに石田くん!二人でお勉強?」
 図書室の入口から響いた、書物に囲まれた独特の静けさを破るソプラノ。
 俺達二人が6人掛けの机に斜めに座っているのに気付いて、軽やかな足取りで寄ってくる。
 思い浮かべていた本人の登場に、俺は少し動揺した。

「「たまたま一緒になっただけだ」よ」
「そっか」
 声が被って思いっきり顔をしかめる俺達に、井上はふんわり笑う。

「あたしも一緒にいいかな?課題終わらせようと思ってたんだ」
 言って、腕に抱えた問題集と筆記用具を見せる。

「もちろん」
「それいつまでだ?」
「うちのクラスは明日の授業までだよ」
「うちは明後日だったな」
 悠長に構えてもいられない。パッと見、面倒な問題ばっかだった気がする。

「今あるなら、一緒にやっちゃう?」
「そうする」
 石田と井上が揃ってるなら、俺には好都合だった。







 課題を済ませて一息ついた頃、丁度図書室の閉館時間になった。
 西向きの大きな窓から差し込む夕日が、辺りを茜色に染めて1日の終わりを告げる。
 石田は家が逆方向だから、帰りは自然と井上と二人になった。

「井上」
「ん?」
 肩を並べて歩く帰り道。
 ふと、さっきの疑問を思い出して。

「拒絶の対義語って何だと思う?」
 井上なら何て言うのか気になった。

「いきなり国語の問題ですか?」
「まぁ、そんなもんだ」
 キョトンと大きな目を向けて尋ねてくるから、頬を掻きながら曖昧に答える。

「うーん。……受容、かな?」
 少し考えてから、ポツリと呟いた。
 受容。受け入れること。

「そうか……そうだな」
 受容、と頭の中で反芻する。
 一番しっくりきた。納得した…っていうか、それこそ素直に胸に受け入れる感じ。

「当たってますか?黒崎先生」
 解答を楽しみに待っているのが伝わってきた。承諾とかはやっぱり違う気がする。
 でも、俺は答えを知らないから少し申し訳ない。

「井上が言うならそれだ」
「え?」
 石田と俺じゃ辿り着けなかった答え。

「石田も俺も分かんなかったから」
「じゃあ、答えは分かんないままなんだね」
 むむむ、と俯き気味に眉間に手を当てて難しい顔をする。
 その仕草がなんか可笑しくて、堪えようとしたけど堪えきれずに小さく吹き出してしまった。
 そんな俺を見て、夕日に照らされて少し赤くなった頬で井上も笑う。
 それから、思い出したように目を細めて。

「じゃあね。あたしからも黒崎くんに一つ問題です」
「問題?」
「結構難しいよ」
「おう」
 言われて俺は内心気合いを入れる。

「平和の対義語は何でしょう?」
 自分で眉間に皺が寄るのを感じた。

「……戦争?」
「ううん。混沌、混乱なんだって。戦争の対義語は同盟、和平。戦争は外交関係の言葉みたい」
 井上は夕焼け空を見上げながら、俺の答えに淡々と返す。
 それから正面を向いて、一度目を瞑って。

「あたしね。黒崎くんが先に尸魂界に行って、虚圏で茶渡くん達と修業してた時、人間のあたしたちが虚圏で普通に過ごしたり、破面の人たちを助けたり、死神の人たちのためにがんばったり…そういうのなんかいいなぁって思ったの」
 少し俯きながら、ゆっくりとした口調で語りかける。

「みんなで助けあって、お互いの世界を大切にしあって」
 口調に合わせて歩幅もゆっくりになっていった。俺はそれに合わせる。

「でもそれって共通の倒す敵が居たからなんだね」
 だったらちょっと違うね、と更に視線を落とす。

「こうして平和になって、みんなまたそれぞれの世界を生きてる。その姿を受け入れるのって、大切なことなんじゃないかなぁって」
 いつもの柔らかい井上の声だけど、言葉には凛とした芯があって。

「ずっと続けばいいな」
 それは純真な祈りのように聞こえた。

「そうだな」
 俺は頷くことしか出来なかった。

「ずっと」
 井上が鞄の持ち手を両手で固く握っていることに気付いていた。

「あァ」
 もう一度、強く頷く。
 同時に、平和に必要なのは受容なんじゃねぇかって強く思った。
 それを実行することは、神の領域を犯す能力とか、そんなんよりもっと根本的に凄いんじゃねぇかって。本質の部分で。

「わっ!」
「っと!」
 井上が小さく悲鳴を上げて、前のめりに躓く。
 元々転けやすい井上が、両手を前で握ってたらバランス取りにくかったみたいで。
 すぐに気付いたから、腕を伸ばして支える。

「ご、ごめんね!しっかり足元見て歩くね!」
 井上は謝りながら、すぐに離れる。

「井上」
 名前を呼んで、俺は右手を差し出した。
 井上は俺の意図が分かんねぇみたいで、しばらくジッと俺の手を見つめる。

「?……カバン?そんなに重くないよ」
「じゃなくて……手!井上の!」
「あー!手!……って、手!?!?!」
 井上が真っ赤になって手を振り回す。鞄が地面に落ちた。
 そんな動揺することねぇだろって思いながら井上の鞄を拾う。

「お前、足元見てたら今度は電柱とかにぶつかりそうだし」
 そんな様子を想像して、笑いを堪えきれずにからかいを含んで言えば。

「そ、そんなことありませんぞ!」
 そう言いながら、俺の手に一回り小さな手を乗せる。
 ゆっくり指全体を握れば、ギュッと掌も握り返してきた。

「前も見て歩けよ」
「はい…!」

 希望とか、絶望とか、平和とか、戦いとか。
 色んなことがあったけど。
 それぞれ違う護りたいものがあって。
 譲れないから、ぶつかり合ったり分かり合ったりを繰り返して。
 きっとこれからも、護りたいものがある限り続いてく。

 そんな中で。
 やっぱり平和を祈るなら。

 それぞれの護りたいものを、
 受け入れながら、俺達は歩いてく。







*****
すぐには付き合わないにしても、あの後確実に距離は縮まってるんだろうなぁ。
そんな一織が好きだなぁ。
って思いました。






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