これから歩み始める君へ | ナノ




「ッテ!」
 台所で包丁を使っていると。少し手元が狂って、指を切ってしまった。
 たまの休みくらい家事と育児に奔走する嫁さんの代わりに、と思ったのだが、なかなかそうスマートにはいかない。
 こういう時やはり、日頃から彼女に感謝しなくては…と実感する。

「どうしたの?」
「なんでもねーよ。ちょっと指切っただけだから。絆創膏あるか?」
 一勇を抱っこした織姫が台所を覗き込み、調理台に立つ一護に声を掛けた。流し台の水で指を洗い流す。結構深くいってしまったのか、地味に血が止まらない。

「あ、ごめんなさい!絆創膏こないだ使い切っちゃったんだった…!ちょっと待って」
「いや、いい」
 治そうとするのが気配で分かった。だから、織姫のヘアピンを覆うように、一護は彼女の頭部に右手を伸ばした。
 なるべく世話にならないようにと心掛けている、織姫の治癒能力。直接彼女に言ってはいない。でもそんな一護の思いすら、彼女はうっすら気付いているかもしれない。
 そんなことを考えながら、彼女の腕の中で安心しきったように眠る息子に目をやった。

「なぁ、織姫」
「なぁに?」
 一勇を抱えたまま、一護へと視線を向ける織姫。
 最近目が見えてきたのか、一勇は抱っこしている人の顔をジッと見つめるようになった。まだ母乳しか飲まないから、少しずつミルクの練習をしている。こうやって少しずつ、人として成長していく。昨日よりも今日。今日よりも明日。子どもの成長は驚くほど早い。

「双天帰盾、なるべく使わねぇようにしねぇか?」
「え?」
 予想していなかった提案らしく、織姫の瞳が少し揺れた。

「俺たちは知ってる。ケガが生死につながるって」
 その死の痛みも。
 二人とも大切な家族を、亡くしているから。

「でもコイツは、これから知ってく…だろ?」
 一護が右手で一勇の指に触れると、ギュッと握り返してくる。その力は意外と強い。

「率先的に人を傷つけるようになるとは思わねぇし、そうなんねぇようにしていくつもりだ。でも、これから一勇が、いくらケガしても母ちゃんが治せるから大丈夫と思って、人を…自分も大切にしなくなると困るってか…」
 上手く言えない。上手く言えないけれど、織姫は真剣な目で話を聞いてくれている。伝わるだろうか。

(織姫は回復アイテムじゃねぇんだ…)

 神じゃない。
 普通の人間なのだ。
 楽しかったら笑うし、ぽやーっとしつつ、意外としっかりしているから、決めたことは貫く。怖い時は怯える。悲しくても嬉しくても心配でも安心しても、泣く。だから側に居たい。一護にとってはたった一人の、女なのだ。
 初めてのことに戸惑いながら、毎日四苦八苦してるのを知っている。寝不足続きで、疲れが溜まっているのも知っている。それでもやっぱり、寝顔を愛しそうに眺めているのを知っている。
 まだ新米の、母親なのだ。

 なかなか返事がないので、もっと上手く言えないか思案し始めた時。

「……使いたくなっちゃうかも」
 一勇が握っている右手を、織姫の手が上から包んだ。
 きっと、織姫だからこそ心を痛ます。死なないで、ケガしないで、という思いを何度も感じた。
 一勇がケガをしたらすぐに治してやりたいし、出来るならば変わってやりたいくらいだろう。
 母親だからこそ、その思いは強くなっているかもしれない。

「使わなくていいように、俺も努力するから」
 使わなきゃいけない事態にならないように、全力で護るから。
 信じて頼ってほしい。
 新米だけど、父親だから。

「そうだね」
「信頼しろ。何かあったら俺のせいでいい。まぁどうしてもって時は…」
「うん。分かった」
 一護が言い終わる前に、織姫は強く頷く。

「おんなじ目してる」
「同じ目?」
「次は絶対……の時と」
「ん?」
 幸せそうに笑う織姫を不思議に思いながら、シンクに伸ばしていた左手を見れば、血は止まっていた。
 こうやって人は、みんな回復力を持っている。織姫ほどではないけれど。

「すっかりお父さんですな。一護くん」
 ポスと一護の肩に頭を乗せて、嬉しそうに囁く。

「大してなんもできてねぇけどな」
 飯もすんなり作れねぇ、とボヤけば。

「ちゃんと考えてくれてるから。きっとそれが一番だよ。ね〜、一勇!」
 頬擦りするように顔を近付けて、蕩けそうな笑顔。

「あのね!お風呂、そろそろ湯船に入ってもいいって一ヶ月検診で言われたの。入れてみる?」
「沐浴じゃねぇのか?」
「うん。パパと入るのもすごくいいって!今日は最初だしあたしも見てるよ。だからご飯はあたしで、お風呂をお願いしていい?」
「あァ」
 頷くと、織姫は一勇を一護の腕に託した。

 抱える時に、まだ肩に力が入ってしまう。軽いけど、重い。そんな確かな存在感。

 髪の色、オレンジ。
 瞳の色、ブラウン。
 ユウレイが見えるかどうかは…まだ分からない。

 見えても見えなくても、親の祈ることは変わらない。

 できるだけ永く、見守りたい。
 家族一緒の時間を大事にしたい。

 そして。

 我が子が未来で、希望を探し続けるように。
 恐怖を退けて、歩み続けるようにと。




*****
一勇くんのチート性を考慮して黒崎夫婦の教育方針を妄想してみました。
六花普通に使ってましたね。一護料理どうなんだろ?出来るんじゃないかな?
思いついたら書いちゃうタイプです。笑





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