通じること | ナノ



 時間が止まった。

 聞き間違いかと思った。
 だって、黒崎くんの口から。

「好きだ」

 呼吸を忘れた。
 信じられなかった。

 嬉しかった。

 一瞬期待してしまった。
 でもそれは一瞬で、次の瞬間にはそんな自分が嫌になった。

 これは多分。

 仲間として。
 友達として。

 それでも充分嬉しい。
 その気持ちは嘘じゃない。

「あ!うん!あたしもだよ!仲間だもんね!」
 だから、あたしは自分から予防線を張ってしまった。
 何か言いかけた黒崎くんの言葉を遮るように明るく返す。

 黒崎くん自身からはっきり言われる前に。
 分かってるからって、自分に言い聞かせる意味も含めて。

「おう!」
 あたしの笑顔に、笑顔で返す黒崎くん。
 でも、その笑顔を浮かべる寸前。片方の眉が一瞬ピクリと動いたことに気付いてしまった。

 それから普通にいつも通りの会話をしながら帰った。
 あたしのマンションの前で、送ってくれたお礼を言って、また明日と手を振る。
 自分のお家へと歩き出した黒崎くんの背中を見ながら、おう、と笑った時の黒崎くんの顔が浮かんだ。

 なんだろう…。

 あたしはもしかして…

 黒崎くんを怒らせた?

 黒崎くんを傷付けた?





【通じること】




 最近井上に避けられてる。
 多分。いや、間違いない。
 クラスが違うからか?って最初は思ってた。でも、明らかに会う機会が減った。
 たつきと話していても、普段なら入ってくるところで他の女子と話していたり、定期的に貸してくれてた漫画が途絶えてたり。虚退治でチャド、石田と一緒に四人になったとしても、隣に来ることがなくなった。

 それで気付いた。

 今までの俺たちの関係は、井上が俺を避けたら、基本的に接点がなくなるってこと。
 俺たちの距離感は、井上が拒否らないから成り立ってたってこと。

 避けられ始めた時期的に、原因は一つしか思い浮かばねぇ。
 結局、井上の気持ちとか考えずに勝手に突っ走った俺が悪いって結論に至って。前にも後ろにも進めない情けない状況になっていた。

 そんな状態で今日も迎えた放課後。
 心の中で一つ溜息をつく。
 今日はうなぎ屋のバイトもないし、帰って受験生すっか。
 そう思って、席を立った時だった。

「一護」
 廊下から窓を覗いて、チャドが声を掛けてきた。

「何だよ、チャド」
「期末も近いし、ファミレスで勉強しないか?」
 石田も一緒だ、と手短に告げる。
 言われて気付いた。そんな時期か。
 寒くなってきたと思っていたら、いつの間にか2学期が終わる。

「おー」
 特に断る理由もなかったから、片手を上げて返事をして、遊子に飯いらねぇって伝えるために携帯を取り出した。







 朽木さん達の現世任務が無事に終わって。
 黒崎くんに送ってもらった日から、あたしは何だか変だ。

 黒崎くんとどう話せばいいのか分からない。
 ……こわくなってしまった。

 嫌われちゃったかもしれない。
 嫌われちゃうのがこわい。

 そう考えると、黒崎くんに近付き難くなってしまった。

 でもこのままじゃ、どんどん距離が広がっていく気がして。
 それが、ものすごく苦しい。

 どうしよう。

 何かきっかけを作ればいいのかな?
 でもそのきっかけへの勇気が出ない。

 あたしはいつも、黒崎くんとどう接してた?


「織姫、あんたなんかあったでしょ」
「え?」
 放課後、帰る用意をしながらボーっとしていたあたしに、たつきちゃんが心配そうに声を掛けてくれる。

「最近なんか変よ。……一護なんかした?」
 殴ってやろうか?ってたつきちゃんは拳を握ってファイティングポーズをした。

「たつきちゃん…」
 目頭が熱くなって、だんだん視界がぼやけてくる。

「たつきちゃん…!」
「何!?ど、どうしたの!?」
「たつきちゃん〜〜〜!!!」
 抱きついて号泣するあたしに驚きながらも、たつきちゃんはしっかり抱き返して背中をポンポンと優しく叩いてくれた。
 たつきちゃん。あたし、どうしたらいいか分からないよ。


 たつきちゃんは、あたしの涙が収まるまで待ってから、「ちょっと歩こっか。気分変わるよ」ってお散歩に誘ってくれた。
 歩きながら、飛び飛びになってうまく説明出来ないあたしの気持ちとか、ここ数日の間にあったこととか、笑った黒崎くんから感じた寂しさとか、あたしの話をゆっくり聞いてくれた。
 秋茜を見つけた場所とよく似た河原で、たつきちゃんは立ち止まった。

「あいつはどうしようもないバカだけど、わざわざそう言ったってことは何か意味があったんだと思うよ」
 そうかもしれない。多分あたしは大切なことを聞き逃した。自分勝手な理由で。

「その意味の部分を聞かずにすれ違っちゃったって感じ?」
「そう…なのかな?」
「まぁ、怒ってないのは確かでしょ」
「……うん」
 落ち着いて考えてみたら、黒崎くんはそんなことで怒ったりしないって思う。

「どういう意味で言ったのかは、あたしは一護じゃないから分からない。でもね、わざわざ織姫に伝えたってことは、多分そこに意味があるんだよ。その意味の部分を考えてやろ?」
「うん」
「織姫だから伝えたんだろうし、織姫だから、もう一度話せばきっと解決するよ」
「ありがとう!たつきちゃん」
 たつきちゃんのお陰で心の中の靄が晴れていく。
 笑顔でお礼を言えば、たつきちゃんもニッと口角を上げて笑ってくれた。







 勉強するって話で、チャドと石田とファミレスに来た。けど、机の上に筆記用具やらノートやらを出していると。

「一護。井上と何かあったのか?」
「……なんもねーよ」
 予想してなかったわけじゃねぇ。多分こいつら勘付いてるって。
 けど、何て言えばいいか分かんなくて……はぐらかした。

「井上さん元気ないし、君達なんかそれぞれ変な空気纏ってるし」
「……」
「心当たりあるのか?」
「ないわけじゃねぇけど…」
 しらばっくれるのも無理かと悟って、言葉を濁す。

「余計な詮索かもしれないけど、僕らは井上さんの友達でもあるから」
「……」
「朽木さんと阿散井が尸魂界に帰る前に言ってたのは、本当だったってことか?」
 石田が呆れたように目を向ける。アイツ等余計な置き土産しやがって。
 そこまでバレてんだったら、って俺はこないだの話をザックリとした。

「そん時は普通だった。けど、あれからなんか余所余所しいから、井上がどう思ったかは分かんねぇ」
 迷惑だったのかもしれない。俺の言いたい意味に勘付いて、優しい井上は気を使ったのかもしれない。

 確かに大事な仲間だ。
 間違いない。
 今までずっとそう思ってきたし、そう思って接してきた。
 だから、いきなり好きとか言われたら、井上の反応は当然な気がして。

「どうしてそこで、そういう意味じゃないってはっきり言わなかったんだ?」
 石田がイライラした口調で訊ねる。
 立場が逆だったら、多分俺も同じ反応をする気がした。

「仲間から先は……いいもんじゃねぇんだ。確かに」
 井上にとって。
 護りたいけど全然強くねぇし。巻き込んで何度も怖い思いをさせて、泣かせた。でも一丁前に独占欲はあって…。
 ほんとどうしようもねぇ。

「臆病風に吹かれたのか。本当に失敗してへこむなんて…」
「……阿散井の勘違いじゃなくなったみたいだな」
「そんな部分までアイツらに聞いたのかよ!」
 溜息つきそうな石田と静かに笑うチャド。

「仲間だもんね、か。まぁこれで黒崎にも井上さんの気持ちが分かったんじゃないか?」
「あ?何言ってんだお前。逆だろ。」
 井上の気持ちが分かんねぇって話だろ。

「本当に君は……。だから僕はこれくらいで丁度いいとも思うよ」
 今までの井上さんの為にも、って石田の言い分にチャドは少し苦笑した。

「で、どうするんだ?……そのままなのか?」
「……もっかいちゃんと言う」
 チャドの問い掛けに一瞬考えたけど、答えはとっくに出ていた。

 その時。

「「「!?」」」

「井上…?」
「……井上さんの霊圧……有沢さんも一緒だ。何かあったのかも」
 チャドと石田の声を耳に、考えるより先に体が動いていた。

「黒崎!」
 いきなり死神化した俺に驚く石田の声を、背中で聞いた。

「バカなのは知っていたけど、こんな人目につくところで死神化するなんて…」
「そういうやつだ。俺たちも行こう」
 ゆっくり笑いながら、魂の入っていない俺の体を背負うチャド。
 井上さんも本当に鈍いな、と石田がメガネの真ん中を片手で上げたのを、飛び出した俺は全く知らない。







「たつきちゃん!」
「織姫!大丈夫?」
「うん…」
「良かった」
 空手が全国レベルのたつきちゃんは、瞬発力がすごい。だからだと思う。いきなり現れた虚の攻撃から、あたしを庇うように突き飛ばしてくれて、右手と左足に大きな痣ができていた。

「双天帰盾」
 たつきちゃんの全身を双天帰盾で包む。
 虚の霊圧に気付かなかった。そういえば、こないだ朽木さん達が現世任務で来た時に屋上に現れた虚は霊圧が消せたって言ってた。この虚も同じタイプなのかも。

「ごめんね、たつきちゃん。三天結盾!」
 たつきちゃんの前に盾を張る。もう絶対にケガなんてさせない。

「ここに居て。この後ろなら大丈夫だから」
 たつきちゃんはあたしが護るんだから。

「孤天斬盾!」
 最初から四天抗盾の方が良かったのかな?でもそしたら、たつきちゃんの前を攻撃されちゃうし…。
 情けなくなる。たつきちゃんを護るために、虚を止めれても、あたしは虚を倒すのが上手くない。
 黒崎くんや石田くん、茶渡くんみたいに瞬時に判断して攻撃するのがなかなか出来ない。

オオォォォオオオオオン!!

 椿鬼くんの攻撃を受けた虚が、慄いたような奇声を上げて、のたうち回る。
 良かった…。倒せる?

「わーん!」
「!?」
 河原の隅で遊んでいたのか、5歳くらいの小さな男の子が泣き出す声がした。
 のたうち回った虚に当たってしまったみたい。
 虚自体は見えてないみたいだから、ビックリした様子で怯えたように泣きながらこっちを見ている。
 大きなケガをしてるようには見えない。
 でも。

「逃げて!」
 虚がその子に気付いた。
 それを察して、体が自然と動く。

「織姫!!」
 あたしの名前を叫ぶたつきちゃんは、双天帰盾から出れなくて。
 あたしはその子をギュッと抱きしめて、襲ってくる攻撃に耐えるつもりで目を閉じた。

ギィィィイイイイイ!!!

 でも、覚悟していた痛みはなくて。
 耳を裂くような虚の悲鳴が辺りに木霊する。

「テメーの相手は俺だ」

 すぐ側で響いた声。
 聞き間違えるはずない。

 顔を上げると、死覇装を着た黒崎くんが目の前に立っていた。







「黒崎くん…!?」
「おう」
 目の前の虚に一撃を入れて振り返ると、小さな子どもを抱えた井上が驚いた顔をしていた。
 近くで双天帰盾に包まれるたつきを見て、なんとなく状況を理解する。

「井上。そいつと一緒にたつきの前で六花張っててくれ」
「はい!」
 返事をした井上が後ろに下がるのを気配で察して。
 さっきの一撃で怯んだ虚を睨み据える。
 頭を狙ったけどしっかり入んなかったみてぇで、仮面の部分に少しヒビが入っただけだった。なんかこいつの外見、見覚えがあるような?

「気をつけて黒崎くん!その虚、霊圧を消せるみたいなの!」
「道理でこないだ屋上で会ったヤツに似てると思ったぜ」
 あいつは確かに倒したはずだ。似たようなのが屋上の彼処から逃げ出してたってことか?
 面倒くせぇことになる前にさっさと倒そう。
 そう思って、斬月の柄を握り直した時。

「!?」
 あんなに周囲を圧倒していた霊圧が消える。同時に俺の視界からも消えた。

 上か?
 いや、違う。
 狙いは俺じゃねぇ。

 姿を現したのは、心配そうにこっちを見つめる井上達の真後ろ。

「テメーの相手は俺だっつったろ!」
 そういう卑怯なやり口が一番嫌いなんだよ。
 虚の仮面目掛けて、正面から斬月を振り下ろした。

ギィイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!

 奇声を上げて消える虚を見ていると。

「一護!」
「黒崎!」
 チャドと石田が駆けてくるのが見えた。

「おー。ちょうど片付いたとこだ」
 そう返したとこで、チャドの背中の自分の姿に気付いた。

「あ」
「あのまま置きっぱなしにしとくわけにもいかないからな」
「わ、悪い。サンキュ」
 近くまで辿り着いたチャドが、俺の体を河原に下ろす。

「井上さん、有沢さん、大丈夫?」
「うん」
「あたしも。織姫が一緒だったから」
 石田が井上とたつきに声を掛けていた。

「一護、サンキュ!」
「おう!」
 声を張り上げるたつきに返事する。

「織姫、あんた一護に送ってもらいなよ」
「え…?え!?そんな、黒崎くんのご意向も聞かず…!それに、たつきちゃんケガして……」
「あたしはあんたのお蔭でもう治ってるから。ありがと」
 戸惑う井上に、たつきが何か耳打ちしていた。
 それから井上はブンブンと顔を振る。その様子を見てたつきは笑ってる。
 少し離れたとこで見ていた俺らには、よく分からないやり取りだった。

 巻き込まれた子どもはチャドが送っていくことになった。

「有沢も送る」
「いいって!」
「どうせこの子を送る通り道だ」
「気にしなくていいのに」
 そう言いつつ、たつきは強く抵抗はしなかった。

「黒崎」
「あ?」
「このまま井上さんが元気ないままだったら、殴るからな」
「はぁ?」
 理不尽だろって言えずにいると、そのまま石田は帰ってく。
 たつきの視線を感じた。
 さっきの「送ってもらいな」はもちろん俺の耳にも届いてた。

「い」
 井上って声を掛けようとした時だった。

「黒崎くん!助けてくれてありがとう!暗くなっちゃったし、送らせて下さい!」
 スカートを両手でギュッと握りながら、宣言する井上。
 落ち着いてからやっと気付いた。避けられてねぇ。
 多分、いつもの井上だ。

「バカ逆だろ!送る」
 響いた自分の声がどうしようもないくらいホッとしていて。笑ってしまった。







 黒崎くんをお家に送るつもりが、「あぶねーだろ」って結局黒崎くんに送って貰ってる。
 ちゃんと安心安全に送り届けます!って結構言い張ったんだけど、最終的に腕を引かれてあたしの家の方向に歩き出されてしまった。

 何となく二人とも無言で歩いていると、いつの間にかあたしのマンションのすぐ側まで着いてしまう。
 まだ、さよならしたくなくて。
 たつきちゃんの「ここまできたらもう言っちゃえ!」って言葉も頭から離れなくて。

「公園、寄って行きませんか?」
「お、おう」
 ドキドキしながら誘ってみたら、黒崎くんは応じてくれた。

「暗くなるの早くなったね」
「あァ」
 外気がひんやり冷たい。でも、手袋をするにはまだ早い?悴んでしまった手を口元に寄せて、ハァと息を吹きかけた。

「そこのベンチでちょっと待ってろ」
「え?」
 それだけ言うと、あたしの返事を待たずに黒崎くんはどこかへ行ってしまった。
 言われた通りベンチに座ってみる。スカートを通しても、お尻がちょっと冷たい。
 ってしまった!あたしのバカ!ちゃんと話そうと思ってたのに。
 帰っちゃったわけじゃないだろうけど……黒崎くんどこ行っちゃったんだろうって思っていたら。

「わちっ!」
 いきなりほっぺたに硬くて熱い物が触れた。

「これで良かったか?」
 声につられて後ろを振り返ると、黒崎くんが缶コーヒーを手渡してくれた。そっか。これを買いに行ってたんだね。
 両手で包むとじんわり温かい。

「あ!ごめんね。いくらだった?」
「こんくらい気にすんな」
 カシュっと自分の分のコーヒーのプルタブを開けながら、鞄からお財布を取り出そうとするあたしを止める。
 鞄一つ分くらいの距離を空けて、黒崎くんもベンチに座った。

「ありがとうございます」
「どういたしまして」
 コクっとコーヒーを飲んで動く黒崎くんの喉仏を見ながら、今度あたしも何かお返しを……と心に決めた。
 やっぱりドキドキする。しばらくぶりのとなりの距離。
 これは仲間とか、友達とか、そういう好きとは違うんだって、思い知る。
 あたしは覚悟を決めて、黒崎くんの方に斜め45度、体を向けた。

「あのね。黒崎くん。こないだは黒崎くんの話をちゃんと最後まで聞かずに遮っちゃって……ごめんなさい」
「いや、俺がいきなり言い出したから…」
「あたしね。黒崎くんに伝えたいことがあるの」
「伝えたい…こと?」
 コーヒーの缶を持っている黒崎くんの右手が、ピクリと動く。

「こないだも言ったけど、あたしは黒崎くんが好きです」
「それなんだけどな、井上」
 仕切り直すみたいに缶を横に置いて、黒崎くんがあたしの名前を呼ぶ。
 でもね。少しだけ待って、黒崎くん。聞いて欲しいことがあるの。

「もちろん仲間としてもなんだけど、あたしのは……ホントは石田くんや茶渡くん、たつきちゃんとも違う意味で……特別でね……!」
 一気に言うあたしの言葉に、黒崎くんが目を見開く。
 行け!井上織姫!今言わなきゃ、きっとずっと後悔する。
 『言えなくなることだってあるんだから』って乱菊さんの言葉が、優しくあたしの背中を押してくれている気がした。

「ずっとずーっと好きでした!」
 言ってしまいました!

「でした?」
 過去形?って黒崎くんがあたしの顔をジッと見つめる。
 どうしよう。多分あたし真っ赤だ。火を噴きそうだ。

「今もずっと大好きだよ!」
「井上」
 黒崎くんの顔を見れなくなって、俯いたあたしの後頭部を軽く掴んで引き寄せられた。
 気が付いたら黒崎くんの腕の中。

「俺も。特別で好きだ」
「え?」
 頭上で響く、低い声。

「そういうつもりでこないだ言ったんだ」
「え…………え、えぇ、え、えぇぇ!?!?」
 全く予想してなかった黒崎くんの言いたかった言葉の意味に、あたしは動揺して。夢を見てるんじゃないかなって思った。

「ゆ、夢ですか?」
「そしたら俺はどうなんだよ。糠喜び返せよ?」
 ぶっきらぼうな声が返ってくる。黒崎くん、照れてる?

「……本当に?」
 やっぱり信じられなくて。贅沢な夢を見ているみたい。

「…………悪い。そんな何回も言えねぇ」
 一瞬言葉に詰まったように、黒崎くんが黙って。それから、変わりにギューっと強く抱きしめられた。
 あったかいなぁ。って思って、夢じゃないんだと感触を確かめるみたいに、あたしもギュッと黒崎くんの背中に手を回した。
 あたしよりずっと大きな背中。多分色んなものを背負ってる背中。
 ずっと追いかけていた背中が、黒崎くんで見えない。触れるけど見えない。それは、こんなに近くで向かい合ってるから。
 なんて……幸せなんだろう。
 目を閉じて顔を寄せると、黒崎くんの心臓があたしと同じくらい早いのが分かって、胸が締め付けられた。

「ずっとって……いつから?」
 しばらく夢見心地で幸せに浸っていたあたしに、黒崎くんが悪戯っぽい声で聞いてくる。
 これは……売れ残りのパンを廃棄って言う時の声だ。

「え!?」
 予想外の質問に、少しずつ落ち着きを取り戻していた心臓がドカンと跳ねた。
 反射で腕を伸ばして、黒崎くんと距離を作ろうとするけど逃げれない。
 顔を上げると、なんかちょっと…楽しそうな黒崎くんと目が合った。

「一年生の時から……」
「ずっと?」
 こくんと頷く。ホントはもっと前かもしれない。一方的なシンパシーみたいなもの。

「そっか」
 そう言って黒崎くんが笑った顔を、あたしはきっとずっと忘れない。
 悪戯っ子が悪戯に成功した時みたいな、普段よりちょっと幼い顔。
 ど、どうしよう。ドキドキする。止まらない。
 好きだよ。好きだよ黒崎くん。

「やっぱすげーよお前」
「え?え?」
 俯いて心臓を落ち着けようとスーハースーハーしていたあたしは、黒崎くんの声にビックリして顔を上げた。

「それって褒められてる?」
「感動してる」
 黒崎くんは一瞬考えてから、ポツリと呟いた。
 感動?

「どうして?」
「そんないいもんじゃねぇから」
 俺、と苦笑する。
 その顔に無性に切なくなった。

「褒めて貰えるようなとこがあたしにあるとしたら……それは黒崎くんのお陰だよ!」
 あたしは力を込めて訴える。
 全部、黒崎くんのお陰だよ。

「大好きです。いくら言っても足りないくらい。あたしは黒崎くんが大好きです」
 本当に本当にあたしは黒崎くんが大好きだよ。
 一度伝えてしまったら、溢れ出す。
 溢れ出して…それでもまだまだたくさん湧き出す想い。

「ちょ……分かった!」
 井上、いいからって真っ赤になりながら黒崎くんが目を逸らす。

「迷惑?」
「迷惑じゃない」
 はっきり即答してから、反応困るだけでって補足された。

「好きだよ〜大好きだよ〜黒崎くん」
「分かったから…ってなんで泣いてんだ!?」
 言いながら、零れ出した涙があたしの頬を伝う。

「黒崎くんが好きすぎまして…」
「マジかよ」
 次から次へと溢れ出して止まらないあたしの涙。
 黒崎くんが口元に手を当てて顔を横に逸らす。
 呆れられちゃった?

「井上」
 しっかり両肩を掴まれて。

「お前、結構情熱的な」
 そう言って、フッと笑う息遣いが近い。
 あたしの表情筋が固まる。

 唇と唇が触れ合ったって理解して。
 その熱くて、苦くて、甘い感触に。
 黒崎くんも、って言葉が返せないくらい、あたしの頭はパンクして。
 子どもみたいに泣きじゃくってしまった。


 伝えてよかった。
 伝えてくれてよかった。

 ありがとう。黒崎くん。

 想いが通じるって、奇跡みたいに幸せなことだね。









*****
「伝えること」の続きです。
高校生の青い春な感じ好きなんです。

前回一護と死神組のターンだったので、今度は織姫と現世組のターンです。

完全に少女漫画展開になってしまいました。多分前回同様HARUKAZEとlast momentエンドレスリピートだからだと思います。

なんとなく書きたかったものが形にできて楽しかったです。
でも、あまりにも少女漫画展開で書いてみて自分でびっくりです。

そんなにいいとは思えない自分を好きだと言ってくれる人を、すごいと認めて、その人が好きな自分を好きになっていけるならと……。お互いに。

こんな感じでお気に召すままにつながるイメージでした。







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