伝えること | ナノ



「現世任務?」
「そうだ」
 腕を組んで頷くルキアは、空座第一高校のグレーの制服を着ている。ルキアが着てるのを見るのはかなり久々だ。

「で、わざわざ学校に?」
 うむ、と一拍置いてから。

「あれだけの大戦だったのだ。現世に何か影響が出ていないかの調査を行うことになってな」
「結構広範囲に及ぶから、一度こっちで先遣隊の経験がある三人になったってわけだ」
 ルキアの説明を補足するように恋次が引き継いだ。恋次も俺達と同じ制服を着ている。

「広範囲ってことは、しばらくこっちにいるのか?」
「もちろんだ」
「ってことはまたウチに居候すんのかよ!」
「安心しろ。もうあの狭い部屋には世話にならん。今回は松本副隊長と一緒に井上の家に世話になる話になっている」
 『狭い部屋』に俺がツッコむ前に、井上も快諾してくれた、と笑うルキアはどことなく楽しそうだ。

「変わりに俺がお前んち行くぜ」
「なんでウチは使って当然みたいになってんだ」
「俺も井上ん家の方がいいか?」
「…ウチにしとけ」
 てかチャドん家とか石田ん家とかあるだろ、って一瞬思ったけど、チャドは夜は工事現場のバイトとか入れてそうだし、石田が素直に泊める…か?ウチなら恋次一人くらいなんとでもなるか。

「死神代行として、場合によっては一護にも支援要請がくるかもしれぬ」
「ってことでよろしく頼むぜ!」
 言うだけ言って、恋次の肩にルキアがくっついて、俺の部屋の窓から出て行く。ルキアと恋次から、どっかワクワクした雰囲気が伝わってきた。大体、なんでわざわざ夜のうちから義骸に制服なんだ。オメーら絶対楽しみにしてるだろ。



【伝えること】



 そんなやり取りをしたのが昨日の夜。で、今日は、恋次、ルキア、乱菊さんが学校に来ている。
 あれから平和を取り戻して。
 職業/高校生:死神代行として生活する俺は、相変わらず虚が出たら死神になっていた。ちょっと強めのやつだったら、霊圧察知した石田や井上、チャドと会ったりして、それが日常になっている。
 昨日のルキアの話を聞いて改めて考えると、ユーハバッハの霊圧はねぇけど、確かに虚は出やすくなっている気がした。最近、メノス級に何体か遭遇したこともあった。それでもそんなに苦労しないくらいに、俺は……俺達は、密度の濃い時間と経験を積んでいた。

 今日の昼間、校舎裏に同時に現れた3体の虚を、ルキア達と一緒に倒した。調査初日に、早速3体同時に現れたことにルキア達は違和感を持って、尸魂界に報告を入れていた。

 それでも、倒してしまえば普段の生活だ。
 俺としては、あの戦いの前からほとんど変わらない。
 変わったことと言えば……。

 最近、井上とよく目が合う。で、目が合うとなんとなく反応に困る俺と違って、井上は嬉しそうに笑う。
 ……俺は多分、井上が好きだ。
 多分ってのは確信が持てないから。でも、そう考えると納得いくことが多すぎるってか。自意識過剰かもしんねぇけど、チャドのあの態度とか、居たはずのたつきがしれっと居なくなってたりとか、もしかしたら井上も……って思うことがある。本当は井上にその気がなかったとしても、だ。で、そう思うと今まで普通だったことを妙に意識し出したりして。誰かを好きになると自分に都合よく考えたりへこんだり…って聞くだろ。だから多分、今の俺はそれだ。ってことは、好きなんだと思う。
 そう、気付いちまったこと。

 家に帰って、風呂ん中で一人湯船に浸かっていると、その日一日のことを思い出したりする。で、井上のことが頭に浮かんできて。
 何考えてんだ、俺!と冷水で顔を洗って頭を引き締めた。

 部屋に戻ると、恋次が床に敷いた客用の布団に寝っ転がって『翡翠のエルミタージュ』を読んでいた。ルキアが俺の部屋に置いてった、妙なホラー漫画。漫画に夢中で、俺が入ってきたことには気付いてないっぽい。
 こいつはいっつもルキアと居て、どうしてんだ……ってちょっと気になった。最近こいつら特に並んでること多いし。

「恋次」
「おわァァァァァ!」
 声を掛けると叫ばれた。こいつら反応まで似てんな。

「び、吃驚させんなよ…!!何だよ?」
「お前……いや、やっぱいい」
「はぁ?何だ?」
 いやいやいやいや、恋次とそういう話とか無理だろ。先ず、そんな話自分から振るとかできねぇ。そんな自分を想像してちょっと気持ち悪くなった。くそ。酒とか入ってたらいけたか?
 訝しげに俺を窺う恋次を無視して、自分のベッドに寝転がる。

「お前……大丈夫か?」
「ウルセー」
 大丈夫じゃねぇよ。





 現世任務で、松本副隊長と一緒に井上の家に世話になることになった。
 以前、松本副隊長がお世話になった時、井上の料理とアイスが美味しかったと楽しそうに話しておられたので、私も井上の料理は楽しみだ。

「朽木さんは泊まるの初めてだよね」
「ああ。世話になるな」
 三人で夕餉をとり、話をしながらまったりと過ごす。
 井上の部屋は、一護の部屋ともアヤツの妹達の部屋とも違い、時間がゆっくりと流れるような、そんな優しい雰囲気を持っていた。壁際に置かれた、少し変わったぬいぐるみが気になる。私がこれまでで井上の部屋に来たのは、井上の身に何か起こっている時ばかりだった。だからこうして、平和に過ごせているのが嬉しかった。

「今日の黒崎くん、かっこよかったな〜」
「はいはい」
 松本副隊長は慣れた様子で聞き流している。
 今日は校内に虚が出た。同時に3体だったが、副隊長3人に一護という布陣。難なく片付いたが、霊圧を察知した井上達は来てくれた。
 私は井上と同じ場所にいたが、井上とは視点が全く違うのだろうな、と思う。同じ場所に居て、同じものを見ても、感じ方は様々だ。何がいい。何が悪い。というわけではない。ただ井上は一護が好きで、とても格好良く見えるということ。そしてその想いが故に、どんな場所でも頑張ってきたということ。

「あんた告ったりしないの?」
「コクっ!??」
 ホワホワと恐らく昼間の様子を回想していた井上に、松本副隊長が問いかける。現実に戻ってきた井上は、顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を上げた。

「あたしはそんな!黒崎くんが生きてて元気なら、それで……!」
 耳まで赤くなりながら、顔前で手をブンブン降って否定する。

「結構イケると思うだけどね。まぁ、あんたがそれでいいならいいけど……。後から後悔だけはしないでね」
 言えなくなることだってあるんだから、と呟いた声が此処にはないようで。私と井上は松本副隊長を見つめる。窓辺で月光に照らされた副隊長は、どこか儚くてやはり美しかった。

「ね〜織姫!アイスないの?前来た時食べたヤツ。あれメチャクチャ美味しかった〜!」
 気分を変えるように、副隊長は井上にキラキラとした目を向ける。

「あ!ごめんなさい、乱菊さん。ちょっと寒くなってきたからアイスじゃなくて……ジャーン!パンプキンプリンがありまーす!」
 冷蔵庫からプリンを三つ取り出す井上。

「やーん!何それ!現世の食べ物?!」
「乱菊さん、プリンは食べたことないんじゃないかなって思って。こないだたつきちゃん達と食べに行ったのがすっごく美味しかったから、お持ち帰りも買っといたんです」
 あ、たつきちゃんってあたしの友達で…と話そうとする井上から、松本副隊長はプリンを受け取る。

「さっすが織姫!」
 井上の頭を撫でながら、話の続きをする二人は姉妹のようだ。

「朽木さんも甘いの好きだよね?どうぞ!」
 匙も一緒に、井上は笑顔で私にプリンを渡してくれる。

「ありがとう」
 三人で食べたプリンはとても美味しかった。ぷるんと柔らかくて甘いその味は、井上にぴったりだと思った。





 ルキア達が現世任務に来て一週間。毎日のように虚は出ていたが、特別変わったヤツは現れないままだった。
 最近、前にも増して井上と目が合う。虚倒した後とか、みんなで喋ってる時とか。そして、目が合うと今までみたいに笑って……その後、少し俯いて赤くなるようになった。なった、ってか、なってるのに気付いてしまった。多分、ルキア達が現世任務に来てからだ。

「なんかあったのか?」
 せつねー顔して、と机に頬杖ついていた俺の頭に恋次が肘鉄を食らわせてくる。痛くはない。

「なんもねーよ」
 そう言って、目を逸らした。さっきまでの俺の視線の先を確認する恋次。たつき、ルキア達と一緒に校庭を歩いていたのは。

「……井上だよな?」
「……」
「一護、お前もしかして……」
 ゲ。恋次にまで気付かれたか?
 チャドも石田も態度からして分かってそうだし…。確信持てずにこんななってんのは俺だけかよ。そんな分かりやすいのかよ、俺。

「絶対言うなよ!」
「あ?」
「特に!井上に!!」
「あ、ああ。分かった」
「石田とか啓吾とか水色とか…チャドにもこの話題禁止だからな!」
 あいつら絶対面白がる。

「男の約束だ!」
 恋次がガッと拳をぶつけてきたから、いや別にそこまで熱くなんなくても…って思いつつ、つい俺も拳をぶつけてしまった。





 現世任務は滞りなく進んでいた。
 このまま何事もなく終えられるかもしれない、と廊下で窓の外の澄み切った青空を眺めていた時。

「ルキア!!」
 恋次が、切羽詰まった表情で駆けてくる。

「どうした?」
 何かあったのか?ユーハバッハの霊圧か?恐ろしい虚か?私は気を引き締めて、目の前に辿り着いた恋次を見上げる。

「一護が井上に告ったけど、失敗したらしい!」

「……なにぃ!?」
 予想の斜め上をいく驚きに、私は思いっきり声を上げてしまった。
 任務と全く関係ないだけでなく、内容が内容だ。井上が一護をフるなんてそんなことあるはずがない。

「一護に、井上達には言うなって口止めされたから……多分アイツ、蒸し返して井上を傷つけたくねぇんだと思う」
「そんな……」
 まぁ確かに、一護は見ていて面白いほど、井上に優しいからな。井上を傷つける行動は一番嫌なのかもしれない。いや、だがしかし、あの井上だぞ。昨日だって松本副隊長と私に一護の話をしていたではないか。普段通りだったではないか。あの様子で、告白されてフッたとは思えぬ。

「井上が一護をフるだろうか?」
「だよな。俺もやっぱそう思って……なんかおかしいと思ってお前に話してんだよ」
「ちゃんと伝わらなかったのではないか?」
「そうなのか?そう言われてみればそうかも?」
「一度くらいで諦めるな!と言ってくる」
「あ、待てルキア!それはマズいだろ!」
 気合いを入れて一護の教室へと歩き出す私を、恋次が引き止める。

「どうしてだ?」
「いや俺口止めされてるし、やっぱ一護にも男のプライドとか……分からなくもねぇし」
「恋次も告白したことがあるのか?」
「な!ちが!てかそれができれば苦労しねーよ!」
 やたらと動揺する恋次が意外だった。もしや。

「告白したい相手がいるのか?」
「な…!!って俺じゃねぇ!」
 一護のことだろ!と話を戻そうとする。

「あぁ。何とかしてやりたいな……」
 それは、井上のためにも。





 ルキア達がこっちに来て二週間。相変わらず変わった虚は出て来なかった。でも、学校内に虚が現れることは増えていた。校舎裏だったり、この時期使われていないプールの側だったり。だからまだ、一般人に影響は出ていない。これが教室とか廊下になってくるとやべぇよな。ってみんなで警戒してる。
 それと関係あるのか知らねーが。ここんとこ、恋次とルキアの様子が変だ。二人でコソコソ話していることが多い。何となく、「お前らほんと仲良いよな」って言ったら、

「何言ってやがる!一護!お前が気合い出せばいいだけじゃねーか!」
「そうだぞ!自信がなくなるとは聞くが…そう卑屈になるな!」
「気合い?卑屈?」
「頑張れよ!」
 滅茶苦茶動揺と応援をされた。…意味分かんねぇ。

「一護」
 その日の昼。普段一緒に昼飯食ってるメンバーが偶々委員会とか進路とかの呼び出しで、ルキアと恋次と俺の3人になった。俺と恋次はさっさと食い終わって、昨日二人でやったたつきに借りた格ゲーの話をしていたら。真面目な顔で、ルキアに呼ばれた。

「何だよ?」
「放課後、屋上に井上を呼び出すのはどうだ?」
「おお!」
「はぁ?」
 いきなり何だ!?井上?驚く俺とは逆に、恋次は意味を汲んだような声を上げる。

「屋上に二人きりならゆっくり話せるだろう」
「いいんじゃねーか!それ!」
 ルキアの提案に恋次も乗っかる。

「何でだよ!てか何でいきなり井上なんだ」
 勝手に話を進めるな!色々言ったけど、恋次とルキアの勢いに気圧されて、太刀打ちできないうちに予鈴が鳴って、昼は解散になった。

 放課後。
 結局、俺は恋次に引っ張られて屋上に居る。ルキアが井上を呼んでくるらしい。突っ走り出した二人は止められない。
 なんかもうどうとでもなれ。正直、最近井上と二人で話す機会とかなかったし、まーいっかとも思った。井上が嫌じゃなければ。
 屋上でオレンジと赤が入り混じった空を眺めていると。

オォォォオオオオオ!!!!!!!

「「!!」」
 嫌な慟哭が響いて、恋次と顔を見合わせる。

「虚か!?」
「間違いねぇ!しかも近い!」
「いきなりこんな馬鹿デカイ霊圧…どこから……」
 辺りに意識を向けるが、デカすぎてどこから来てるのか分かり難い…と思っていると、俺らの周囲に影が出来た。

「上だ!」
 反射で顔を上げる。ドシーン、と落ちてくる巨体を間一髪で避けた。

「あっぶねー」
「お前早く死神化しろよ」
「言われなくても!」
 ズボンのポケットに入れていた代行証で死神化する。

「何だコイツ。隠れてたのか?なんで今まで気付かなかったんだ?」
 迫ってくる虚の攻撃を避けながら、恋次に聞いてみる。

「この虚、霊圧を消せるらしい」
「いきなり出てきたのは?」
「俺達みてぇに霊圧デカい奴が近くに来て、動揺したんだろ」
 存在を気付かれたと思って焦ったってわけか。

「咆えろ、蛇尾丸!!」
 恋次が始解して、虚の頭に一撃を加える。俺も攻撃に転じようとした時。
 恋次の背後に現れた、別の虚。

「恋次!」
 俺の声と同時に、虚の額に刺さった見覚えのある矢。

「やれやれ。これだけ死神が集まっていれば、嫌でも霊圧に気付くだろうからね」
「ム」
「石田!チャド!」
 霊子兵装した石田と武装モードのチャドが立っていた。ふと、二人の側に感じる違和感。階段裏のコンクリート。嫌な気配に飛んで行ってそこを覗くと。

「何だ、こりゃ」
「ひび割れ…穴、みたいだな」
 コンクリートの裂け目が歪んでる。そこから虚が手を出していた。5匹…いや、6匹はいるか?フェンスで仕切ってあって、普段は人が入れないようになっている位置。
もしかして、これが、最近学校周辺に虚が集中していた理由……?

「一護!恋次!何だこの霊圧は……!!」
「黒崎くん!」
 ルキアと井上が一緒に階段を上ってきた。歪みの穴からまた1匹虚が現れて、二人に襲い掛かる。

「三天結盾!」
「舞え、袖白雪」
 一瞬ヒヤッとしたけど、井上の防御とルキアの技であっさり倒していた。笑ってハイタッチしてるから大丈夫そうだ。
 って自分の方に集中してなかった俺が悪い。サクッと左腕に虚の手みたいなの(見た目化け物だから手なのか足なのか触手なのかは、未だに分かんねぇ)が当たる。ジッと焼けるような熱さが一瞬広がった。
対峙する虚。モタモタしてらんねぇ。学校内だ。まだ部活で残ってる生徒もいる。
さっさとケリをつけよう。

「月牙」
 右手に意識を集中する。力が集まる、慣れた感覚。

「天衝!!!」
 斬撃の巨大化で虚を切り裂いた。



「空座第一高校を中心に、虚の出現が増えてるって情報があってね。何か原因があるんじゃないの?って。これで、出所を突き止めることができたわ」
「まさか屋上に歪みが出来ているとは思わなかった」
 乱菊さんが屋上に着く頃には、虚は粗方片付いていて。ルキアと一緒に実況見分みたいなのをやってる。

「……太陽の門の現世侵攻用の行先をここに設定していたのかもしれない」
 応急処置の鬼道で塞いである歪みを見ながら、石田が呟いた。

「僕もこの場所までは知らなかった」
「それが城の崩壊と一緒に消えて…その歪みに虚が住み着いたのかもね。尸魂界に連絡しといたから、この歪みは後でそっち系の専門の奴らが塞いでくれるっしょ」
「一応、浦原にも知らせておいた。奴ならこの対処にも一役買うだろう」
 乱菊さんとルキアが大丈夫だと言うように、明るく告げた。

 虚と歪みの件が一段落する頃には、辺りは暗くなっていた。みんなそれぞれが帰る雰囲気を纏い始める。
 俺も帰るために、霊体から体に戻ろうとした時。

「一護、今がチャンスじゃねぇか?もう一回行け!」
「チャンス?もう一回?だから、お前らさっきから何言ってんだ?」
 顔を近付けて恋次が耳打ちしてきた。結局昼間から恋次達の言う意味と意図が分からない。恋次はそんな俺を妙に思ったみたいで。ルキアと二人で俺をマジマジと見つめる。

「井上に告って失敗して、悩んでたんじゃねーのか?」
「はぁ?!」
 開いた口が塞がらないってこのことだ。

「違うのか?」
「コ、コ、コって……んなわけねーだろ!!」
 顔が熱い。頭から湯気出しそうになりながら、全力で否定した。

「たわけ!恋次の勘違いではないか!」
 ルキアが恋次の背中に飛び蹴りする。

「だからお前ら最近なんか変だったのか!!」
「お前、明らかに残念な顔してただろ!だから失敗したのかーって!」
「残念?!」
「フラれたと思うじゃねぇか!」
「フラれ…!?」
 待て恋次。言いたいことがたくさんある。てか、ありすぎて脳と口が追いつかない。

「黒崎くんが……どうかしたの?」
「「「井上!?」」」
 俺たち三人の声がハモって、ひょこんと輪に入ってきた井上に視線は集中した。

「ふら……?」
「あー!!あれだ!『触れられた』だ!『フラれた』じゃなくて『触れられた』!!」
 恋次が早口で捲したてる。

「ふれられた?」
「さっきの虚に『触れられた』って!」
 無理があるだろ!そんなとってつけたようなフォロー!

「ひゃ!!」
「こーんな風に触られたわけでもないでしょうに、当たったくらいでうだうだみみっちいわね〜」
「乱菊さん!?」
 何か言いかけた井上が、いきなり悲鳴を上げた。気付いたら乱菊さんが井上の、む、胸を背後からすっぽり掴んでいた。

「ら、ら、ら、乱菊さん!!」
 井上が真っ赤になりながら、振り返って乱菊さんに何か話している。とりあえず意識を逸らせたみたいで、俺は小さく溜息をついた。けどそれは甘かったみたいだ。

「黒崎くん、ケガしてる?…どこ触られた?」
 あ、そっちに行くか。しばらくしてから戻ってきた井上が、心配そうに俺を覗き込む。

「全然、掠っただけで」
「双天帰盾!」
 少し切られた左腕を動かそうとしたら、あったかいオレンジの光で包まれた。反応早ぇよ、井上。……ありがとう。





「他にはケガしてない?」
「あァ」
 自分の体に戻った一護に、井上が問いかける。

「良かった」
 安堵したように笑う。
 井上は表情豊かだ。そして分かりやすい。食べ物を食べている時など特に、顔全体から嬉しさが伝わってくる。
 そんな中でも、特別な表情がある。それは一人にしか向けられないもので、恐らく気付かないのは当の本人達ばかり。
 私は、恋次と見つめ合った。
 「今だ」と恋次も言っている気がした。
 そのまま一護に視線を移して、目配せをする。目が合った一護は、「あー」と少し情けない声を上げてから。

「井上。遅くなったし、送る」
「いいの?」
 井上は、辺りをキョロキョロと見回す。誰もダメとは言わぬぞ。寧ろそのまま甘んじることを、強く願っている。

「どうした?」
「あ、ううん」
 あたしは黒崎くんに送ってもらえない星の元に生まれたんだと…、と俯いて小さく呟いた井上の声は、問い主の一護には多分聞こえていない。私は井上の真横で、井上よりも背が低いから、聞こえたのだと思う。

「お願いします」
 噛みしめるように、嬉しそうに、井上が返事をした。
 井上の呟きに、そんなことはないと全力で言いたかった。だが、周りがいくら言ったところで、本人の問題だ。
 井上に、一歩を踏み出す勇気を。そして。貴様もだ、一護。

「ルキア」
 歩き出す二人の背中を見守っていると。

「ん?何だ恋次」
「ちょっと歩こうぜ」
 月を背に、ぶっきらぼうに恋次が誘う。
 大きくて明るい今夜の月は、手が届きそうなほど近いと思った。





「ビックリしたねー!まさかこんなことになるなんて。でも無事に済んでよかった」
 井上の歩幅に合わせて、井上のマンションへの道を歩く。俺が一人で歩くより遅い。でも遊子や夏梨、家族と歩くよりは早い。井上のテンポ。

「朽木さん達が帰っちゃうのは寂しいね」
 ルキアと乱菊さんが泊まってんのが楽しかったみたいだ。

「黒崎くんも阿散井くん帰っちゃうと寂しい?」
「ウチは恋次居なくても、もっとウルセー奴居るからな」
「賑やかだよね」
 井上は少し浮かれたように、さっきのこと、ここ数日のことを話し続ける。俺はそれに相槌を打ったり、応えたり。
 最初は危なっかしいな〜って見ていた井上が、隣に立って話すテンポが心地いい。

 嫌われてはいない。多分。
 好かれてるかってなると…分からない。当たり前だ。聞いたことないんだから。それが、聞きたい。知りたい。
 平子とか、男に抱きつかれたら怒っていいと思うし、変な奴に付きまとわれてたら嫌だし、いきなり攫われるとかもってのほかだし、そういう奴から、俺が護りたい。結局、俺が、嫌だから。
 物理的に、だけじゃなくて。こう、全体的に…?
 井上が泣かなくていいように。お笑い好きの井上が、いつも笑っていられるように。
 でもそれは、俺の一方的な誓いみたいな……。

 ―――そうか。
 俺は、堂々と井上を護れるポジションが欲しいのか。

「どうしたの?黒崎くん」
 立ち止まった俺に、呼びかける。
 俺は、先に、進みたい。

「井上、」
「ん?」
 この笑顔に、賭けてみたい。
 一度、深く呼吸をして。

「好きだ」
 井上が息を飲む声が、はっきりと聞こえた。







*****
好きなもの詰め込んだので、書いててメッチャ楽しかったです。
賑やかな感じ好き。
わちゃわちゃと、一織がみんなに見守られてたら嬉しい!








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