心の在り処 | ナノ



 手が好き。
 骨ばっていて、長細い指。
 大きくて硬い掌。
 この手の与えるもの。
 護るもの。



【心の在り処】



「井上」
 擽ったい、と耳元で響いた声に少し驚く。

「あ、ごめんね!起こしちゃった?」
「んー」
 寝惚け眼で、ギュウと身体に手を回される。両手で開いたり、閉じたり、なぞったり、観察していた一護の右手は、織姫の腹部に行ってしまった。追いかける。追いかけて、指を絡める。

「……どうした?」
「え?」
「手、そんな気になるのか?」
「あはは。バレてしまいましたか」
 布団の中までの追いかけっこに、違和感を覚えたらしい。

「どうってわけじゃないんだけど……なんとなくね」
 一番触れやすくて、一番身近な。彼の日常の中で、一番彼の行動を支えているのが『手』なんじゃないかと。
 その手が織姫に与えてくれるものはたくさんある。
 手をつないで安心するとか、ふとした仕草にドキッとするとか。さっきまでみたいに……いっぱいいっぱいの幸せに溺れさせてくれたりとか。と、そこまで考えて顔が熱くなる。

「好きだなぁって」
 少し恥ずかしくなって手を離した。同時に、さっき触れられた所が熱くなった。多分、ほとんど、身体全部。
 離しても、手以外のところも触れ合っているのだから、あまり状況は変わらないのだけれど。

「手が?」
 拗ねたような声が返ってきた。意外だ。

「黒崎くんの手だからだよ」
「……無自覚天然記念物だから、タチ悪ぃ」
 溜息をつくように小さく呟く。眉間に一本皺が増えた。

「?」
 『むじかくてんねんきねんぶつ』も気になったけれど、その眉間が気になって。
 触れてみる。結構、硬い。左右に引っ張って伸ばしてみても、渓谷ができている。

「な、にやっ……」
 何やってんだ、って言おうとしたのだと思う。
 でも、言い終わる前に。その眉間に、キスをした。

「!?」
 そしたら鳩が豆鉄砲を食らったような吃驚した顔をして。眉間の皺がなくなった。

 何だか無性に嬉しくて、織姫は満面の笑みを浮かべた。







 夢を見ていた。変な夢だった。
 彼女が手に触れていたせいだろうか。

 知らない男が出てきた。短い黒髪の。ちょっと下睫毛が長めのヤツ。
 その知らない男を、親戚のお兄ちゃん、として家族が受け入れていた。
 遊子と夏梨だけでなく、一心も。

(親父にどことなく似てたかも……?)
 だからだろうか。夢の中の一護も家族と同じように彼を受け入れていた。
 幼い頃から知っている気がして。散々いいように遊ばれながらも、可愛がってもらった記憶があるような気がして。恐らく遊子と夏梨に負けず劣らず、彼に懐いていた。

『一兄似てるよね』
『似てねぇよ』
『雰囲気とか……なんとなくお兄ちゃんと似てるよ!』
 妹二人に言われて、否定はするけれど嫌な気はしない。
 そんな、何となく親近感を持つ人物。

 その彼が、心は何処にあると思う?と訊ねてきた。

『心?』
 考える。が、結構難しい。しばらく考えて。やっぱりはっきり答えは出なくて。

『この辺か?』
 自分の心臓の辺りに手をやる。そしたら彼は、予想通り、といったようなドヤ顔を浮かべてきたので、若干イラッとした。

『俺はここにあるんだと思う』
 彼は、握った掌を一護との間に見せる。

『手?』
『心は体の中には無え。何かを考えるとき、誰かを想うとき、そこに心が生まれるんだ』
 その手を真っ直ぐ見つめながら。

『俺とお前がふれ合うとき、心は初めて俺達の間に生まれるんだよ』
 迷いなくそう信じているようだった。

『もし世界に自分一人しか居なかったら、心なんてのは何処にも無えんじゃねえかな』
『…クサ!』
『文句あっか!』
 とんだキザ野郎じゃねーか!と言うと、ウルセー!と返ってくる。

『まぁ、隊長の受け売りの延長みてぇなもんだけどな』
『隊長?』
「〜〜隊長だ」
 聞こえない。その名前を確かに知っている気がした。だけど、聞こえない。
 だんだん声が遠のいていく。

 クサいけど。
 ああそうか。と、妙に納得してしまった。

 人と人とがふれ合う時。
 その間に、心が生まれるのだとしたら。

 各々が握った刃のぶつかり合いにも、心があるのかもしれない。
 だから、刀に込めた色んな思いが、伝わってくるのかもしれない。

 ならば、刀すら越えて。
 直接、手を伸ばすのは?

 夢の中だからか、いきなり辺りの風景が変わる。

 グラリと反転して。落ちるような感覚があって。
 気が付いた其処は、暗く静かで肌寒いところだった。

 一護の胸に、苦い想いが蘇る。
 胸にぽっかり穴が開いて、風がすり抜けていくような、冷たい感覚。

 最期に真っ直ぐ手を伸ばしたアイツは、何を想ったのだろうか。

 とっさに手を伸ばした彼女は、何をおもったのだろうか。

 そんなことを考えていたら。
 右手を引っ張られる感覚がして、目が覚めた。

 明るさが眩しかった。けれどその明るさで、夢と現実の違いを把握した。
 そして、右手に触れるあたたかさ。……擽ったかった。
 手が好きだと言って、今度は眉間に興味津々な織姫の幸せそうな笑顔を目にしたら、不意に目頭が熱くなった。

「井上」
「なぁに?」
 無邪気な視線を向けてくる。

 今さら、聞けない。

 聞けないし、聞きたくもない。
 いや違う。聞くのが怖いのかもしれない。

(かっこ悪ぃ)
 情けない。くだらない。こんな心は見せたくない。

「……織姫」
「ん?……っ…」
 彼女の胸の真ん中辺りに。強めに口付けて、一つ痕を残す。トクトクと心臓の音が聞こえる。滑らかな肌の柔らかい感触。知っているのは、自分だけ。

「どうしたの?いち…・・んっ」
 顎を掴んで少し強引に口付ける。深く、深く。俺のもんだ、と確認するように。

(井上の兄貴に会ったらぜってぇ怒られる……)
 気付いている。気付いているけど、止まらない。
 月日の流れは、自分でも知らない自分を連れてくる。
 織姫は織姫で誰のものでもないのだと言った気持ちに嘘はなくて、今でもそれは最優先されるものだと思っている。
 でも。
 俺が。俺が、と。
 主張する自分もいて。

「いち、ご……くん…」
 彼女の身体のラインに沿って、唇を下していく。首筋、鎖骨……至る所に赤い花を咲かせながら。

「大好き」
 その一言だけで、胸の中の黒いものが解かされていく気がするから。単純だ。
 真っ直ぐで、純粋で、その心地いい声に眩暈がする。

 彼女が手を伸ばしてくれるから。
 一度握って、今度は一護の首へと誘導する。

 素直にしがみついてくるのが愛しくて。

 ズブズブと落ちるように。
 甘えてしまう。



 結局、思い切り甘えてしまった。……連続で。
 意識をなくすように眠りに落ちた彼女に、少しの反省をして。
 でも可愛すぎるのが悪い、とかどうしようもないことを思って。
 起きたらまずは謝ろうとか、朝飯は俺が作ろうとか、本当は思いっきり甘やかしてぇのに、とか思いながら、寝顔を眺める。
 小さな顔の側には、軽く握った二つの手。

 手が好きだ。
 細くて白くて、折れてしまいそうな指。
 小さくて柔らかい掌。
 この手の包むもの。
 癒すもの。

 起こさないように右手を握ると、ふわりと微笑んだ。
 規則正しい呼吸が聞こえるから、起きる気配はなさそうだ。

 つないだ手からあたたかさが伝わる。


 心が人と人との間にあるのなら。

 見えないそれをつなぐ手は、
 想いを背負った、一つの力なのかもしれない。






*****
一織イチャイチャしてます。青臭い文章で青臭い一護さんです。何でだろう。

手に注目して原作読み返してました。

一護と海燕さんが普通に親戚として会ってたらどんな関係だったのかな〜って思って、夢だけどちょっと妄想してみたので、そういうの苦手な方はすみません。

一護が、刀を通して相手の思いが伝わるって意味のこと言ってたの好きです。
力が欲しかった一護が、刀という一つの力を通して色んな想い感じていくの面白いよねって。もちろん刀だけじゃなくても。
手の持つ護る力。癒す力。なんかそんな感じの一織です?
一織じゃないけど助けてくれのとこの、一護の死覇装掴む恋次の手が好きです〜!









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