憧れと理解 | ナノ
黒崎くんとのキスはフワフワして。
何も考えられなくなる。
なんか……どこかへ飛んでいっちゃいそう。
【憧れと理解】
「戻ってこい。」
「え?」
「飛んでかれたら困る。」
俺が、と。角度を変えてまた口付けながら。低い声が耳に届くと同時に、吐息が触れ合う。それに気付いて、織姫はまた赤面した。
「飛べないよ。」
「…そうだな。」
本当は飛べない。
織姫が飛ぶとしたら……一護は霊体になれば飛べるから、抱えたり背負ったりしてもらえば飛べるかもしれない。
それはそれで、織姫にとっては楽しそうだ。一護と一緒なら。
(結局、黒崎くんの側があたしの一番行きたい処。)
此処が、一番、織姫の望んだ処。
「ぁ…。」
ピクっと。微かに漏れた声に合わせて、彼の動きが止まった。
「変な声…出ちゃった……。」
「…聞こえた。」
わざわざ言うことじゃないのかもしれない。けど口に出してしまう。自分で自分に吃驚したから。恥ずかしかったから。どうすればいいか分からないから。
(どうしよう。黒崎くん。)
頭の中はどうしようどうしようでいっぱいだが、これだけは口に出せない。出しちゃいけない、気がする。どうしようからの助けてだけは言いたくないのだ。
『憧れは理解から一番遠い感情だ。』
と、どこかで人伝に聞いたことがある。
ならば、織姫の片想いは何だったのだろう。
憧れに近かった自覚はある。
今も、多分変わらない。
想いが通じても、同じ想いなことに変わりはない。
(相手が同じだから。黒崎くんは黒崎くんだから。)
だから彼への想いは。
今でも憧れを伴っているような……。
一年の時と比べれば、やはり変わった。
それは時間の流れとか、色んな出来事の中で、自分でも分かる。
でもやっぱり同じ想いだから。
(あたしは黒崎くんを理解、出来ないのかなぁ?)
もちろん、理解したいと思っている。
「井上。」
名前を呼んで、また一つ。先程よりも深く長く。
「黒崎くん…。」
色々考えていたのが飛んでいく。変わりに呼吸が、熱っぽく色付いていく。
「くろ、さき…くん。」
合間に名前を呼ぶ。トクトクと心臓が脈打つ。
頬に添えられた手が気持ちいい。顔を撫でられると擽ったい。小さく身震いすると、両手で顔を挟まれた。予想外の行動に目を瞑り損ねた。薄く開いた茶色の瞳と、見つめ合ったままキスをする。身体が芯から熱い。全身の血が沸騰しそうなのに、止めないで欲しいと何処かで思っている。
「んっ…。」
さっきよりもはっきりと、艶やかな声が漏れた。息が上手く出来ない。縋るように彼の胸元の服を握れば、ぎゅーっと強く抱きしめられた。
(あれ?)
自分のものだけでない、ドクドクと脈打つ速さに気付いて。服の上から、彼の胸の真ん中に手を沿える。
「ドキドキしてる?」
「そりゃ…まぁ……。」
答える声がたどたどしい。自分のことで精一杯で、気付かなかった。
「一緒だね。」
心臓の早鐘も、赤く染まった頬も。
「笑うな。」
口を引き結んで、眉間に皺を寄せる。
「えへへ。」
逆に口元も眉間もゆるゆるで、笑ってしまう。
彼は結構照れ屋さん。
そして、それを出来れば隠したいみたい。
強引に暴こうとはしないけれど、知りたいとは思う。
知れて嬉しいとも思う。
(やっぱり変わったかも。)
よく見たら耳も赤い。
(変わったっていうか…知った?)
それが理解かどうかは分からないけれど。
「あたし、黒崎くんのこともっともーっと知りたいよ。」
その耳に届くように。
(欲張りだよねぇ。)
でも止まらない。
ちゃんと届いただろうか。
この距離だから聞こえないはずはないと思っても、知っておいてほしかった。
「ぅひゃ!」
「わ、悪い。」
吃驚した。トン、と肩を押されたかと思うと、完全に無防備だった身体は簡単に、座っていたベッドに倒れこんだ。両腕で身体を支え、上から覗き込む彼と目が合う。その目に驚いて真っ赤になった自分が映っていて、恥ずかしくなる。
「ど、どうぞ。」
よろしくお願いします、と目を瞑る。瞑っても、頭に浮かぶのはオレンジと天井。
「っ…!」
躊躇いがちに織姫の胸を覆った大きな手。服の上からでも分かる。
また自分の声じゃないような変な声が出そうになって、両手で口を覆う。けれど、もう片方の手が伸びてきて、口元の手を退けられる。そのまま口付けが降ってきた。
柔らかい唇とまだ慣れない舌に翻弄されながら。
力が抜ける。
知らない感覚。
やっぱり飛んでいきそう、と思う。
幸せすぎて。離れたくない。
ギュッと背中に手を回せば。
「…織姫。」
「!?」
初めて聞いた。その声のその響き。
「な、なんでしょうか?」
声が上ずってしまう。予想外の事態に口から心臓が飛び出そうだ。彼はどんな顔しているんだろうって気になって、目を開けた。
「いや、何ってわけじゃねぇけど…。」
緊張してる?困ってる?窺うように、目線を向けられる。
「嫌か?」
「ん?何が?」
「全部。」
「全部?」
「呼び方も…その、これ以上するのも……全部。」
この状況で、彼の言おうとする意味を汲み取れないほど子どもじゃない。
「嫌じゃないよ。」
小さく首を横に振って。
「嬉しいよ。」
手を伸ばす。伸ばせば、迷いなく握り返してくれる。そのまま指を絡める。
心を一つに、同じ処に、と考えたことがある。
相手と全く同じことを感じるなんてありえないかもしれない。
だけど、相手を大切に想い合って、相手の少し近くに心を置くことはできる。
身体もきっと、そういうこと。
心はみんなと、だけど。
身も心も、って思えるのは、一人だけ。
目の前に居る一人だけ。
知りたいし知ってほしい。
全部あげたいし、欲しい。
だって。
「一護くんが、好きだから。」
底無しに。自分でもどうすればいいのか分からないくらい。
ちゃんと言葉に出来て良かった。
一生無理なんだろうな、と思ったことだってある。
言っても困らせるだけだろうなと思ったこともある。
言いながら、泣きそうになった。
気付いたら涙が溢れていた。
「俺も。」
困ったように、眉間に少し皺を寄せて、目を細めてくれる。
(受け止めて貰えるなんて、思ってなかったの。)
戸惑いがちに涙を拭ってくれる手が優しい。
だから、止まらない。
あんまり止まらないから、瞼にそのまま口付られた。
吃驚して目を見開くと、しょっぱって呟かれた。
黒崎くん明太子好きだから塩辛いの好きなんじゃないかな、と考えて笑ってしまった。
きっと全然違うのに。幸せ脳だ。
憧れのままだと、理解できないのかもしれない。
でもずっと変わらない想い。
どこかで憧れてる。
彼を、尊敬してる。
たくさんの人を護ろうとあり続ける、そんな彼を護りたくて支えたくて。
自分に出来ることは僅かだとしても。
一緒に居たいと。
隣に立てたらと。
その為に強くなりたいと。
願ってもいいだろうか。
「織姫、」
続けて紡がれた言葉は、ずっと前から織姫の胸の内に巣食っていたものと混じり合って……溶けた。
*
「黒崎くんが呼んでくれるなら、井上も織姫もどっちも特別な気がする。」
「お互い様な。」
「え?」
「もっかい。さっきの。」
「さっき?」
「好きだからの前。」
「……!!わああ!」
そんなに意識していなかったので、思い出して茹蛸になった。
*****
今までとちょっと雰囲気を変えて。毎度のことですがキャラ違ったらすみません。
藍染さんに喧嘩売ってるわけじゃありません。その通りだとも思います。
女の子の初恋ってほとんど憧れって結構聞くよな〜って思って。
そんで色々考えてたら、なんかこんなの書いてました。
だんだん書いてて恥ずかしくなってきました。
黒崎くん、頭の中では何回も織姫って呼ぶ練習したことあったりしてって思ったりしちゃったり。
二人きりの時呼んでて、何かの拍子にたつきちゃんが織姫って呼ぶのにつられて呼んじゃって、「「あ」」ってなって、「何つった?今何て?」「お前が呼ぶからつられて!」ってよく分からない攻防戦してたらなって思います。(お話と関係ない)
甘い雰囲気のやつ好きです。
甘ーい一織たくさん見たいです。