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「お、お邪魔します!」
「おう」
 玄関で靴を脱いで、黒崎くんの背中に続いてリビング前の廊下を通る時、遊子ちゃんと夏梨ちゃんに会った。

「こんにちは!」
「「こんにちは!いらっしゃいませー!」」
 二人は満面の笑顔。つられてあたしも笑顔になった。



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 あたしたち3年生は、3月になるとすぐに卒業式があって、それから黒崎くん達の合格発表があって。見事第一志望の医大に合格した黒崎くんは、ほっとした様子だった。
 卒業式の時には、まだ前期の結果待ちの人が黒崎くん以外にも居たから、みんなの結果が出てから浅野くん達が呼びかけて、少し遅れて仲間内で卒業式の打ち上げカラオケをした。
 石田くんも無事前期で受かって、「おめでとう」って言ったら「ありがとう」って返された。「黒崎が受かるんだから僕が落ちるわけないだろ」って、多分あたしに言うフリして黒崎くんに聞こえるように言ってたんだと思う。ちゃんと黒崎くんに聞こえてたみたいで、それから二人はワイワイ(ヤイヤイ?)話してた。「仲良いよね。黒崎くんと石田くん」って茶渡くんに言ったら「そうだな」って笑ってくれた。そんなやり取りをしていると、「織姫ー!先座ってるよ!」ってたつきちゃんに呼ばれたから、あたしは急いでたつきちゃんの隣に座った。
 たつきちゃんの隣へと歩きながら、こんな日常が変わってくんだ。やっぱり、卒業しちゃうのは寂しいな。って思うとちょっとウルっときた。

「大丈夫か?」
「え?」
「さっき。席座る時、元気なかったってか…」
 帰る時に送ってくれた黒崎くんが、二人で並んで歩き出すと真っ先に聞いてきた。

「あ、ううん!元気ないっていうか、やっぱり卒業しちゃうの寂しいなぁ〜って。もう卒業しちゃってるんだけどね。それぞれ新しい生活になっていくのがね」
 どうしようもないことなのは分かってる。

「大学生活が楽しみじゃないわけじゃないんだよ!でもね。なんかね…。高校生活が充実してた証拠だと思う!」
 それって、幸せすぎることだよね。

「そっか」
「黒崎くんはお引越し準備どう?」
 黒崎くんが合格したらまたどこか遊びに行こうねって話になってたんだけど…。大学が決まってからは、今度は一人暮らしのお引越し準備が忙しくて、なかなかお出掛け出来ずにいた。会ってないわけじゃない。あたしがバイト終わってからわざわざ送ってくれたり、そのお礼に売れ残りの美味しいパンをあげたりしてたから。改めてお出掛けできなくても、あたしは十分幸せだな〜って思ってた。

「ごめん。荷物整理まだ終わってねぇんだ」
「ううん!何かお手伝い出来ることあったら言ってね」
 黒崎くんが謝ることじゃない。

「手伝わせるわけには…。あ!うち、遊びに来るか?」
 ゴチャゴチャしてっけどって。

<注:以下織姫ビジョン>

「…うちに来いよ」
 スーツを少し着崩した黒崎くんが、右手でネクタイを緩めながら斜め45度の角度でビシッと手慣れたように言う。夜道の電柱に片手を沿えてキラキラとライトアップされながら。いつもの低い声が少しだけ高くて。
 ワイルド黒崎くんは、有無を言わせぬ視線であたしのハートをドキューンと撃ち抜く。

<織姫ビジョン終わり>

 あたしはそのお誘い一つで、緊張とか嬉しさとか気恥ずかしさとか色々爆発して、舞い上がって何て返事したか分からなくなってしまった。
 でもちゃんと、行くって思いは伝わったみたい。

「じゃあ今週の土曜な」


 そんなこんなで。
 黒崎くんのお家に来ています。

 前からすっきり綺麗に片付いていた黒崎くんのお部屋は、一人暮らしの引っ越し準備もあってさらにスッキリしていた。物の変わりに、お部屋の至る所に段ボール箱が置いてある。

「ごめんね。忙しい時にお邪魔しちゃって」
 緊張してモジモジソワソワしまう。黒崎くんは「初めて上がった訳でもねーのに」って今度は言わないみたい。お付き合い始めてからは初めてだからね。そうだよね。って思ってまた意識しちゃってわーって頭が真っ白になった。

「誘ったの俺だし」
 飲み物取ってくる、ってお部屋を出て行く黒崎くん。
 ひ、一人…!!
 敷いてもらった座布団の上で、心臓がおかしいくらい暴れてる。なんとか落ち着かせなきゃって一度深呼吸をすると、胸いっぱいに黒崎くんの匂いが広がって、逆効果だった。どどどどどどどうしよう。初めてじゃない。初めてじゃないよ。みんなで何回も来たよ。見覚えのある部屋だよ。ここにも座ったし、隣のベットの上にだって、座ったし……。
 べ、ベッドの上…!!!??

「井上さーーーん!!!」
「わあああああ!!」
 ドキドキが頂点に達していたあたしは、いきなり名前を呼ばれて飛び跳ねてしまった。

「わ、わーって……」
「コンちゃん!久しぶり!」
 勢いよく飛びついてきたのは、ライオンのぬいぐるみ。コンちゃん。

「そんな驚かれるとは思わなかったぜ…」
「ご、ごめんね。ぼーっとしてて」
 スリスリとすり寄ってくるコンちゃんに謝っていたら、階段をドタタタタって急いで駆け上がって来る足音が聞こえた。

「井上!?」
 大きな声を上げたからか、黒崎くんが慌ててお部屋に戻ってきた。

「大丈夫か?」
「あ、ごめんなさい。ビックリしちゃって」
 お家中聞こえちゃったよね。近所迷惑だったかな。コンちゃんを抱っこしたまま、黒崎くんに謝る。黒崎くんはあたしの顔とコンちゃんを見比べて。

「井上さんが来るなら、来るって言えよ」
「コンのせいかよ!!」
 言いながら、コンちゃんの頭を掴んであたしから取ってしまった。

「あーーー!井上さんの魅惑の谷間満喫……ヘブッ!!」
 片手でコンちゃんの顔をグリグリと縮めちゃう黒崎くん。

「だ、大丈夫だよ!本当にびっくりしただけだから!」
 何か嫌なことされたとかそんなのじゃないんだよ。

「井上、あんまコイツ甘やかすなよ」
 調子乗るから、って手は退けずにギリギリとコンちゃんを追い詰めてる。ギブ!ギブ!!って黒崎くんの手を必死に叩くコンちゃん。

「うん。分かった」
 ごめんね。コンちゃん。でも、コンちゃんのお蔭で緊張がほとんど吹き飛んじゃったよ。二人(一人と一匹?)は何やら言い合ってるけど、黒崎くんがコンちゃんの口を抑えるからあたしには聞こえない。賑やかだな〜って思ったら、自然と笑顔になった。

「あ!飲み物運ぶんだよね!ごめんね。お手伝いするね!」
 落ち着いたら、黒崎くんが何で部屋を出てたのかを思い出した。台所かな?何かしようとドアに向かうと、悪いって黒崎くんの声が後ろから聞こえて、結局黒崎くんと一緒に階段を降りた。

「一護」
 階段を降りきった所で、黒崎くんが黒崎くんのお父さんに呼ばれる。黒崎くんのお父さんは医院の方から顔を出していた。

「何だよ」
「おお!織姫ちゃん!!」
「こんにちは!お邪魔してます」
 あたしに気付いた黒崎くんのお父さんは、明るい笑顔を向けて下さる。嬉しくて頭を下げる。

「どうぞごゆっくり。悪いけどちょーとばかしコイツ借りるな」
「どうした?」
「これから俺は出掛けて夜まで戻らないから、今のうちに説明しとくぞ」
「説明?」
「賃貸契約書のあれのそれの」
 それで黒崎くんはピンと来たみたいで。

「ちょっといってくる」
「はい」
「遊子が台所いるから…」
「うん。大丈夫だよ」
 黒崎くんは忙しい。目の前のドアを開けてくれたから、中へと一歩踏み出す。

「あ、織姫ちゃん!」
「お邪魔してます」
 台所では、遊子ちゃんがお盆にコーヒーとお菓子を用意してくれていた。夏梨ちゃんも食卓でテレビを見ている。

「大丈夫?さっきなんか叫び声あげてたよね」
「あ、ごめんね!ちょっと……躓いてビックリしちゃって!」
 やっぱり聞こえてましたか。

「いつもパンありがとう。名前は変わってるけど美味しいのばっかりだよね」
「私、こないだのクルミ入りミルクパン好きだった!ありがとう」
「いえいえ!」
 焼きサバパンとかクルミルクパンとか。鯖とパンって……って思っちゃうのかもしれないけど。食べたら美味しいんだ。だから、売れ残りになっちゃうのはすごく勿体ないと思う。メロンパンとかは、多めに作るからかもしれない(でもすっごく美味しいからやっぱり勿体ない)けど。名前が変わったパンは、美味しいのにお客さんの手が伸びなくて…っていうのも結構ある。

「量が多すぎたりしない?そういう時は言ってね!次からちゃんと減らすよ」
 あたし、4人家族の加減が分からなくって…って言おうとしたら。

「大丈夫だよ。ちょっと多めでも残ったの一兄が美味しそうに食べてるし」
「え?」
「全部残さず食べてるよ」
「全部!?」
「うん」
 最初は、あたしが4人いる計算で渡していた。けど前、黒崎くんに多すぎるって言われたから、ちょっと減らした。最近は、一緒にご飯を食べた時とかの黒崎くんの分量×4に、黒崎くんのお父さんいっぱい食べそうだし、ってちょっと上乗せしたりしてる。

「そういう時は流石に夕飯入んないみたいで、『悪い。朝飯に回してくれ』って言って二階に上がってくけど」
「わわわっ!ごめんなさい!遊子ちゃんの折角の美味しいご飯を!」
「全然。朝からあっためてお兄ちゃん食べてるし」
「そっか…」
 『廃棄』って言うのに、廃棄しないんだね。黒崎くんはやっぱり優しいな〜って実感する。遊子ちゃんのご飯もあたしの持ってきたパンも。残さないんだ。
 ほら、また大好きが増えた。
 あたしは、黒崎くんのことがいつもこれ以上ないってくらい好きなのに。時々、自分で思ってる以上にまたまた好きだなって気付いたりして。これでもか!これ以上!?もう無理なんじゃない!?って思ってるのにもっと上をいったりするから。驚きですな。黒崎くん。奥が深いです。
 
「悪い」
「あ、黒崎くん。お話終わった?」
「ああ」
 ちょっとニヤニヤしていたら、黒崎くんが戻ってきた。あたし、顔赤くないかな?

「ありがとね!黒崎くん!」
「いきなりどうした?」
「また美味しいパン貰ってくるね!」
「……なんか言われたか?」
 黒崎くんが夏梨ちゃんに目を向けた。
 夏梨ちゃんは何てない様子で、

「あたし達、買い物行ってくるから。帰り遅くなるかも」
 ごゆっくりって軽く手を振ってリビングを出て行こうとする。夏梨ちゃん待って、と遊子ちゃんも後に続こうとしていた。

「夏梨ちゃん、遊子ちゃん、ありがとう!」
 あたしは急いでお礼を言う。ちゃんと聞こえたみたいで、二人とも一度振り返って、返事の代わりに笑ってくれた。
 あたしは遊子ちゃんの渡してくれたお盆をゆっくり抱える。

「井上」
 持つ、って言って、黒崎くんは手を出してくれた。

「あ、大丈夫。あたし持つよ」
 これくらいさせて下さいな。

「客に持たせるわけにもいかねぇだろ」
「いえいえ。お気になさらず」
 それでもあたしはお盆を渡さなかった。

「悪いな」
「黒崎くん謝ってばっかだよ」
「…ありがとう」
「へへっ。好きでやってるから」
 黒崎くんが先に立って、15ってプレートの掛かったドアを開けてくれた。

「あれ?コンちゃんは?」
「どっか行くって言ってた」
「そっか…」
 久しぶりだったのに、あんまりしゃべれなかったな。コンちゃんから黒崎くんの話を聞くのは面白い…っていうのは、黒崎くんには内緒。

 それからあたしは、黒崎くんのお部屋の物を段ボール箱に詰めるのを手伝った。
 冷蔵庫とか電子レンジとか、電化製品は向こうで買うんだって。あたしは一人暮らしが結構長いから、どの家電はこのメーカーがいいよ〜とかおしゃべりしながら手を動かす。
 二人でやったら結構片付け進んだみたい。
 来た時以上にスッキリしたお部屋で、ベッドに座って一息つく。

「結局手伝ってもらって、かえって悪かったな」
「いいえー!美味しいお昼ご飯ご馳走になっちゃったし」
 みんなお出掛けしちゃったみたいで、お昼は黒崎くんがチャーハンを作ってくれた。すっごく美味しかった。
 ありがとうございますってお辞儀したら、こちらこそってお辞儀されて笑い合った。

「来週だよね?」
「ああ。土曜に荷物全部運ぶから、日曜からまた片付けだな」
「そっか」
 来週には黒崎くん、空座町からいなくなっちゃうんだね。

「何しんみりしてんだ」
「う、ううん!」
 バレちゃってる!?黒崎くん目敏い。あたしはよっぽど情けない顔をしてるんだろうなぁ。

「そんな遠くねぇよ」
 通おうと思えば通える距離だけど、黒崎くん自身と黒崎くんのお父さんの方針的に、高校出たら男は一人暮らしって流れらしい。

「そうだね」
「井上の大学からだったら、空座町に帰るより俺のアパート近いじゃねぇか」
「うん」
 そうなんです。あたしの通う大学は黒崎くんの大学と空座町の間にあって。どっちかっていうと空座町のあたしのマンションより黒崎くんのアパートの方が近い。
 黒崎くん滑り止めは県外だったから、第一希望に受かってくれて、あたしはすごく、すごくすごく嬉しかった。…自分勝手でごめんね。
 合格発表があるまでは、前期でもし落ちていても後期でまた受けるみたいだった。
 滑り止め受かってると後期まで受けない人も結構いるみたいだけど、黒崎くんは最後まで頑張る様子でした。すごいよね。
 でもちゃんと前期で受かって。
 おめでとう。黒崎くん。
 そんな行きたかった大学での新生活。
 楽しみに決まってる。

 ちょっと寂しい気持ちはやっぱり拭いきれない。

 でも、平気だよ。

 だって、卒業しても会えるって。
 会いたいって言ってくれたもんね!

「遊びに行っていいですか?」
「当然」
 即答で返してくれる。

「てかさ」

 泊まったっていいんだから。って。

「え?」
 瞬きを5回。

「えぇ!?」
 あたしはよっぽど驚いた顔をしていたんだと思う。事実、予想外の答えに心底驚いていた。

「違うごめん先走った…っていや泊まっていいのは違わねぇけど…!井上が嫌なら全然…」
 黒崎くんは一瞬「あ、」ってなんかしまった、みたいな顔して口を覆った。それから言葉を選ぶみたいにちょっと考えてから。

「遅くなったり、するだろ。飲み会とか、サークル入るかもしんねぇし、大学の側でバイトしたりとか…」
「すごい。黒崎くん色々考えてるね」
「変な意味ばっかじゃねぇぞ」
 やっぱり黒崎くんは頼りになるね!って思ってたら、眉間に皺を寄せて顔の赤い黒崎くんと目が合った。

「変な意味?」
「あー。分からないならいい。井上はそのままで」
 黒崎くんは困ったように頭を掻く。

「え?気になるよ」
 あたしは気になって少し身を乗り出した。
 黒崎くんはちょっと躊躇ってから。

「井上」
 手が、重なる。大きな手。最初は触れ合うと嬉しくてドキドキして落ち着かなかったけど、最近はなんかこの手に包まれると安心する。なんていうか、ドキドキだけじゃない何かがある。

「…目、瞑れ」
「目?」
 ちょっと掠れた黒崎くんの声。
 何だろうって思いながら、その通りにする。

 あたしたちは、黒崎くんの部屋でキスをした。

 もちろん、起きてる黒崎くんと。




*****
新たな一歩は少し寂しいけど、楽しみでもあるのかなって。

合鍵をどのタイミングで渡すか苦悩する黒崎くんとか見たい。







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