お気に召すまま | ナノ



 張り出された高校最後の定期テストの上位成績者。
 受験を控えたこの時期、常連以外もかなり食い込んで結果は乱戦を極めていた。
 1位は相変わらずの石田。色々あったのは俺達全員変わらないのに、結局3年間1位キープだ。なんていうか、石田らしい。
 そして、俺は。答案用紙が返ってきた時点で、結果が今までで一番良かったから、少しは期待していた。その期待は裏切られずに、目の前に出ていた。
 井上の一つ上。
 一点差だけど。




【お気に召すまま】





 教室で、佳吾に「ホントに勉強してたのかー!?一人暮らしの彼女の家で!信じらんねぇー!」と散々言われた。
 「高3のこの時期!残り僅かな青春モラトリアム!彼女と!二人きり!やる事他にあるだろぉー!たくさんー」とかなんとか食いついてくるのを受け流して。今日はバイトもないし、すぐに帰るはずの井上を教室まで迎えに行こうと、鞄に荷物を詰める。

 付き合いだして始めた二人勉強会。
 受験生の俺たちがバイトや死神代行の合間に出来ることといったら、一緒に帰るのとそれくらいで。だいたい井上の家で勉強して飯食ったり食わなかったりで帰る。
 その成果が出たのか、3年後半から俺の成績は徐々に上がっていった。中の上だった順位が、また張り出しリストに載るくらいに。

「本格的に受験勉強始めてからの、黒崎くんの追い上げすごいね!」
 やっぱり集中力が違うのかな、と隣で井上が嬉しそうに話す。
 最初は二人並んで帰るのが妙にこっぱずかしくて、
(付き合う前だってそんなんあったじゃねぇか!何で、んな緊張してんだ俺!)
 とか内心でツッコミを入れていたけど、流石に慣れた。

「井上の教え方が上手いんじゃね?」
「実は学校の先生にもなってみたかったんですよ」
 えへへ〜っと照れたように笑う。

「にもってことは他にもなりたいもんがあるのか?」
「うん!宇宙飛行士とか、ケーキ屋さんとか!」
「へぇ」
 統一感ねぇけど、それも井上らしい。

「夢がいっぱいで幸せそうだな」
「他にもね!ドーナツ全部くださいって言ったり、アイス全部くださいって言ったり…。あたしはハチャメチャ幸せ者だよ」
 ハチャメチャってよっぽどなんだろうな。幸せそうに笑う井上と目が 合う。ジィっと俺を見つめて、今度はふっと綺麗に笑うから。驚いて目を逸らした。頬が熱い。
 最近こういうことが時々ある。よく分かんねぇけど、そういう時の井上はいつものフワフワした感じが抜けて、どこか大人っぽく感じる。

「次は負けませんぞ!って言いたいけど、もう最後だもんね…」
 ガッツポーズをして勢いよく宣言したと思ったら、寂しそうに声が萎む。
 井上は忙しい。表情がコロコロ変わる。オマケにジェスチャー付き。
 こんな風に何にでも一生懸命だから、ずっとテスト結果も良かったのか?
 実は、最後くらいお前に追いつこうと、今回結構頑張ったんだ。言えねぇけど。

「テストなんて早く終われって思うもんなのにな」
「高校生最後だと思うと、やっぱりちょっと寂しいね」
「最後、か」
 色々あった高校生活。卒業しても、忘れることなんて絶対出来ない。入学当初の俺と今の俺。成長した…だろうか?

「黒崎くん身長すごく伸びたよね」
「そうか?」
「一年生の時はあたしこんなに見上げてなかったな〜って」
 自分の目線と俺の目線の位置を比べるように、井上が右手を上下させる。

「あ、こんな至近距離で隣に並ぶことあんまなかったからかな?」
 井上に言われて改めて意識した。確かに。もちろん俺の身長が伸びたのもあるんだろうけど……。

「距離感近くなった分、井上が小さく見える」
「へ?」
「え?」
 大きな目を更に大きくさせて俺の顔を覗き込んだかと思うと、井上はスカートの裾を握ってモジモジしだした。

「近く…なりましたか…」
「お、おう」
「そうっすかね…」
「おう」
「光栄極まりまないっす!」
 へへへへへと井上は嬉しそうに笑う。俺、なんか変なこと言ったか?

「テスト終わったし、いよいよ受験一色だね〜!」
「そうだな」
 井上は推薦で一足先に進路が決まってる。一方俺は、前期の試験が来月に迫ってる。

「頑張ってね!」
「おう!」
 そうこう話してるうちに井上のマンション前まで着いた。

「送ってくれてありがとう」
 ペコリと頭を下げる。一緒に帰るのが日常になっても、井上は感謝を忘れない。

「あのさ」
 一呼吸置いて、さり気無く。テストが終わったら言うつもりだったこと。言うなら今だ。テスト結果にも背中を押されてる気がする。

「前期入試終わったら、どっか行かねぇか?」
「どこか?」
「井上の行きたいとこ」
 瞬きを2、3回繰り返す井上に、どこでも決めていいから、と付け足す。

「そ、それは……」
 デート、ですか?
 と真っ赤になりながら小さな声で尋ねるから、妙に恥ずかしくなって無言で頷いた。

「ででででで!!!??のお誘い!!!??」
 井上はさっきと比べ物にならないくらい取り乱してソワソワしだした。

「どこがいいかな!?遊園地。水族館。海。山。川。お買い物……!!」
 頬に手を触れながら、アタフタと呟いてる。
 本人は口に出してないつもりなんだろうけど、全部聞こえてる。
 大分慣れてきた井上ブレイン。こういう時は大抵井上ワールドに行ってる。
 今ここの俺の存在は完全に忘れられてるんだろうな。でも、面白いからしばらく聞いてる。

「プリン餡蜜も、チャーシュー蕎麦も、あ!こないだテレビで見た、練乳たっぷりトロピカルパフェ丼も食べたい……」
 だんだん食べたい物になってる。しかも俺の脳みそじゃ想像できないような名前のもんばっか…。ってツッコミたくなって、井上さん井上さんってそろそろ呼び戻そうとしたら。

「でも、黒崎くんと一緒ならどこだって嬉しいな」
「!?」
 ふにゃんと、幸せそうに笑うから。

「井上、」
 俺も、って返そうとした時。

 ホロ゛ーウ ホロ゛ーウ

 鞄に入れた代行証が、盛大な音で鳴る。

「……」
「わわっ!黒崎くん本当に忙しいね」
「……」
「あたしも行こっか?」
「いや、そんな霊圧強くねぇみたいだし」
「そうだね」
 霊圧知覚は多分俺より得意な井上。多分一匹…そんなに強くないやつだ。

「ケガとかしたらいつでも言ってね!」
 また明日、と言い合って手を振る。
 代行証は、俺が勇気を出そうとした時に鳴ることが多い。……気がする。


 それから1週間くらいした頃。


「あのね。シェイクスピア……観てみたいです」
「シェイクスピア?」
「黒崎くんの尊敬する人!」
 そういえば。井上が推薦の面接受ける時期に、面接の練習ー!って、面接指導で教員に出されたヤツを俺にも質問してきて。その時、尊敬する人ってあった気がする。

「よく覚えてんな」
「忘れないよ!黒崎くんのことだもん!」
 当然みたいに言うから、何か慣れなくて、そうか、と返す。
 言ってから気付いたのか、井上が真っ赤になりながら、そうです、と小さく言った。
 多分俺の顔も赤い。

「私、お遊戯会とか文化祭とか以外で観劇ってしたことなくて」
「そういや俺もだ」
 高校生のデートで観劇ってあんま行かねぇのかもって思いながら、でも初めてだし、こういう時のためにも結構バイトしてたんだし。

「分かった。色々あるけど……何がいい?」
 悲劇喜劇、たくさんある。

「それがね。あんまり詳しくなくって……。黒崎くんのオススメで!って言ったら困るかな?」
「いや、困んねぇけど……。分かった。考えとく」
「ありがとう」
 楽しみにしています!と満面の笑みで敬礼された。

 井上が好きそうなの……。井上が好きそうなの?


「意外だな。君に会うなんて」
「石田」
 図書室で、読んだことのある本を並べてパラパラ見比べていたら。6人掛けの机の斜め向かいから声をかけられた。

「俺が図書室に居たら悪ぃかよ」
「驚いただけだよ」
 井上が好きそうなのって考え出すと、授業があんま頭に入ってこなかった。

「お前は?受験勉強か?」
「気分転換に何か借りようと思って」
「へぇ」
 余裕だな。そういやこいつ学年一位の生徒会長だった。

「浮かれてるな」
「あ?」
「受験が終わったらデートでシェイクスピア?」
 俺の前に並ぶシェイクスピアの本に目を向けながら、ほぼ確信を持った様子で尋ねてくる。
 何で分かるんだよ。相当嫌そうな顔で、俺は石田を見てたんだと思う。

「何で分かるのかって?君達は分かりやすいからだよ」
「達?」
「さっき鼻歌を歌っている井上さんに会った」
 右手で眼鏡の真ん中を上げる石田ポーズ。

「ロミジュリは?」
「んなベタな!」
「ベタじゃダメなのか?」
「ダメじゃねぇけど…!」
 恋人同士だろう、って言う石田の声がなんか恥ずかしくて、それに被るように声を出す。
 いや、あんまベタなのはまだハードルが高いってかなんていうか。

「井上さんはお笑い好きだし、悲劇より喜劇って感じだね」
「だからそっち見てんじゃねーか」
「殊勝だな」
「ほっとけ」
 嫌味か?絶対面白がってんだろ。

「There is nothing either good or bad, but thinking makes it so.」
「……ハムレット」
「黒崎が選んだやつなら、井上さんはどれでも喜ぶと思うよ」
 もう一度石田ポーズで笑ってから、席を立った。

 言われなくても。井上がそういう優しいやつだって知ってる。
 だけどやっぱ、せっかくならちょっとでも楽しませたいじゃねぇか。



 二月末に、本命の前期入試が終わった。
 結果は卒業式の後だから、まだ気は抜けないけど。
 とりあえず滑り止めは受かってるから、大丈夫。
 落ちたら次は後期が待ってる……ことは今日は忘れよう。

「黒崎くん!お、お待たせしました!」
「待ってないから。こけんなよー!」
 待ち合わせ場所に結構早めに着いて待っていると、まだ時間まであるのに井上が手を振りながら駆けてくる。
 危なっかしいからそっちに向かって歩き出した。

「黒崎くん早いね…っわ!」
「っと!」
 目の前の何もないところで転びそうになった井上の腕を掴んで支える。ギリギリセーフ。

「あ、ありがとう」 
「言ったそばから…気をつけろよ」
 井上の手を取ってそのまま歩き出す。

「は、はい!」
「何で敬語?」
「あ、ホントだ!」
 本当は気付いてる。驚かせたからだって。握った手が一瞬はねて、でもしっかり握り返してきたから。
 やべぇ。口元が緩まないように顔に力を入れてるのに、眉間にばっか力がいってる気がする。

「軽く飯食って行こうと思うんだけど……」
「そうだね!途中でお腹鳴っちゃったら恥ずかしいもんね!」
 言ったタイミングで、キュルルルル〜っと井上の腹の音が鳴った。

「はわ!」
 井上がトマトみたいな顔して腹を押さえる。

「飯食ってなかったのか?」
「楽しみすぎて、お腹いっぱいで……」
 見た目からは想像つかないくらい食べる井上が、飯も入んなくなるくらい。

「そんな楽しみだったのか」
「あったりまえだよ!」
 強気に、それでいて幸せそうに笑うから。握った手の温かさが全身に広がっていった。
 ダメだ。さっきと同じ抵抗も虚しく、口元は完全に緩んだ。

 ガッツリ飯を食ってから、劇場に行って、散々悩んで決めた「お気に召すまま」を観る。

 一応、簡単なあらすじは。

 公爵のフレデリックは兄である公爵を追放してその地位を奪ったが、兄の娘ロザリンドは手元に置き、自分の娘シーリアと共に育てていた。
 一方、オーランドーは、父の遺産を相続した長兄オリヴァーによって過酷な生活を課されている。
 公爵主催のレスリング大会で優勝したオーランドーはロザリンドに出会い、2人は互いに一目惚れして……って話だ。

 説明とかは、石田や浦原さんみたいに得意じゃねぇから、ここら辺で省く。
 結局、色々あって、何組もの恋人たちの結婚式が行われる。

「すごいね!お話も面白かったし、音楽とか舞台とか衣装とか……印象的な台詞とか!」
 観劇して、井上をマンションに送る頃には、すっかり日が暮れて、頭上に星空が広がっていた。

 牧歌的な気分の中でゆったりと進む筋の運びは、優雅な遊びのイメージで、井上に見せたいと思ったんだ。
 手芸部の井上は衣装も見てて面白かったのかもしれない。
 そして、シェイクスピアは台詞が売りみたいなもんだ。
 なんにせよ。全身で喜んでくれてるのが伝わってくるから良かった。観て良かった。
 俺も、似合わねぇかもしんないけど面白かった。やっぱ生で観るとすげぇって実感した。

「雨の本性は濡れること、火は燃えること、夜の一大要因は太陽が見えなくなること」
 俺の数歩前を歩きながら、両手いっぱい広げて、気に入った場面を演じてる。夢中になりすぎてこけないでくれよ、とコッソリ祈る。

「まぁそれくらいだね」
 少し声を低くして、コリンの爺さん風に言って振り返る。

「あとね」
 少し、躊躇いがちに前置きしてから。

「ね、口説いて、口説いて。今はお祭り気分なの。だから、何でも許しちゃいそう」
 屈託ない笑顔。
 月の淡い光が、いつもより少し粧し込んだ井上を照らす。月光の中だと、どこか儚いものに見えて。 
 井上は太陽に似ている。
 夜は見えない太陽に。

「わっ!」
 腰に腕を回して、抱き上げる。

「この世は舞台、人はみな役者だ」
 らしくないか?劇の後だし、井上に感化されたかも。
 井上は嬉しそうに俺の首に手を回してきた。いつもと逆の視線の高さは新鮮だ。

「黒崎くんは、舞台の役者っていうより、少年漫画のヒーローみたい!」
「なんだそりゃ」
 井上の発想が突飛で苦笑する。

「ある意味舞台の役者だね!……あ!わっ!!ご、ごめん黒崎くん!!下して!」
「どうした?」
 結構乗り気で楽しそうだったのに、いきなり慌て出すから。

「あたし重いよね!ごごごごごめんね!だ、ダイエットします」
「あ〜」
 思い出した。

「重くねぇよ」
「嘘だよ。あたしほとんど体重変わってないもん」
 ガキだった自分を叱りたい。いや、今もすっごいガキだけど。

「あれは言葉のあやっていうか……」
 照れ隠しだと、耳元で囁いたり…出来ない。

「本当に全然重くねぇから!細いし!」
 言って、ゆっくり下ろす。
 ふと、あるフレーズが頭に浮かんだ。

「The course of true love never did run smooth.」
「黒崎くん?」
 キョトンとしてから、意味を理解したみたいで、ズルイ、と小さく呟いた。

「え?」
「それ、すっごい殺し文句だよ」
 顔を隠すように両手で覆う。耳が赤い。
 何でそんなに照れるんだ。と思いつつ、俺まで顔が熱くなった。

「シェイクスピア、色々読んでみるね。他の作品も観てみたいな」
 手を繋いで、井上の歩幅に合わせて歩く。

「また行こうぜ。受験もあとちょいだし、他にも井上が行きたいとこあったら……」
「黒崎くん!」
「お、おう。何だ、いきなり」
 いきなり俺の前に飛び出して、井上は立ち止まる。正面から向き合う状態。

「卒業しても、黒崎くんに会いたいです!……会えますか?」
 会ってくれますか、って言いなおすから、井上の石頭に軽くチョップをかました。

「あったりまえじゃねーか」
 俺は井上みたいには笑えない。あんな風に笑えない。多分不格好な表情になった。
 あの幸せそうな笑顔で、こっちまであったかくなるみたいに。俺も返せたらいいのに。
 手を退かす時、見上げる井上と目が合う。

「俺だって、会いてぇし」
 声が小さくなるのがかっこ悪ぃ。もっとサラッと言えねぇかな。
 まだスタート地点を歩き出したばかり。

「黒崎くん……」
「井上?」
 井上の目一杯にジワジワ涙が溢れてきて、堪えるように唇を引き結ぶ。結局堪えきれなかったみたいで、嬉しそうに笑いながらポロポロと涙を零した。

「な、泣くなよ」
 俺は焦りながらそんなことしか言えなくて。

「黒崎くんは嬉し泣きさせるプロですな」
「泣かせるつもりはねぇよ」
 右手を目元にやって、滴を拭う。そのまま頬に手をそえると、擽ったそうに井上が顔を傾げる。……キスしたい。けど、道の真ん中じゃ俺には出来ない。ちくしょう。
 こんなやり取り、付き合いだしてから何度目だ?
 俺が井上の涙に慣れるのが先か、井上が俺の反応に慣れて泣かなくなるのが先か。俺としては後者にしたい。そこは譲りたくない。
 泣かせたいわけじゃない。
 笑顔を護りたい。

 護るってのは、続いてく。
 終わりなんてないんだって知った。

 護りたい想いは強くなる。護りたい対象も増えていく。
 そんだけ強く。俺は強くなるから。

 卒業したって、『次』は続いてく。

 絶対、オマエを護るから。


 とりあえず次に観るとしたら、『夏の夜の夢』とかどうだ?





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『真実の愛の道は決して平坦ではない』








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