それは羽毛でも低反発でもないけれど | ナノ  布団の魔力を知ってほしい。
 それは、どんなに受験勉強で疲れていても、戦国時代で妖怪と戦ったとしても、心にゆとりがなくなって、向き合いたくない自分と向き合うことになったとしても、優しく包み込んで癒してくれる。
 そんな布団の魔力を、体力お化けで見栄っ張りな彼にも知ってほしい。

「ねぇ、犬夜叉」
 寝袋を先程見つけた小屋の床に敷いて、寝る準備を整えたところで、かごめはジッと犬夜叉を見つめながら呼びかけた。

「何だよ」
 いつもと同じように小屋の入口付近で胡坐をかいている犬夜叉が、すぐに返事をする。鉄砕牙を胸に抱えた状態で。

「今から寝るんだよね?」
「そのつもりじゃねーのか?」
 一瞬犬夜叉の耳がピクリと動いて、かごめの真意を窺うように顔を覗き込まれた。

「犬夜叉は横になって寝ないの?」
「はぁ?」
 彼女の返事が予想外だったようで、犬夜叉は何を今更、とでも言いたげに眉間を寄せる。

「今までずっと私だけ寝袋とか使ってたし…小屋とかだったら藁の上とか一番いい場所譲ってもらってたし……」
 弥勒と珊瑚も、自然な流れでかごめにその場所を提供してくれる。気遣いは有難いが、時々少し申し訳ない。体力面で自分が他のみんなに敵わないことは、十分分かっているけれど。
 
「あんた楓ばあちゃんの家ですら、座って鉄砕牙抱いて寝てるじゃない?」
 犬夜叉は瀕死の重傷でもない限り、布団に横になって寝ない。横になった方が、ゆっくり休めるだろうに。現代のかごめのベッドで寝てしまった時でさえ、鉄砕牙をしっかり抱えていた。

「それがどうした」
 当然のように返される。

「寝袋、入ってみる?」
「な!?」
 犬夜叉が目を見開いてかごめを見る。

「ママがね。昔キャンプで使ったのを見つけてくれて…ほら!もう一つあるの」
「……もう一つあるのか」
「何よ?」
「いや。何でもねぇ」
 犬夜叉は何だか物足りないようなホッとしたような顔をしている。もしかして、一緒に一つの寝袋に入ると思った?

「そんな蓑虫みてーなやつ入るわけねーだろ!」
 なんだかちょっと不機嫌だ。

「みのむしって……」
「それに、いざって時動けねー」
 と小さく零す。
 確かに身動きはとり辛そうだ。寝袋からなかなか出れず、モタモタしていたら。気の短い犬夜叉はイライラの頂点に達し、力任せに破ってしまう姿が想像できた。
 野宿にはうってつけだが、中学生のかごめにとって、実は安くはない値段のこの寝袋。犬夜叉が破ってしまったら、迷わず「おすわり」と言ってしまうだろう。

「じゃあ、こっちに一緒に寝る?」
「へ?」
「私と、この…藁が敷き詰めてあるところに。一緒に。ほら、この寝袋掛け布団みたいに広げられるの!便利でしょ!どう?犬夜叉」
 寝袋のファスナーを全部開けてしまいながら、呼びかける。自分で誘っておいて、少し照れくさくなってきた。

「せ、狭いだろ!」
「そりゃ、一人で寝転ぶよりは狭いだろうけど…二人ならその分あったかいわよ」
「あったかくたって……寝れるわけがねぇ」
 頬を赤く染めながら、犬夜叉がボソッと呟いた声は、かごめには届かなかった。

「犬夜叉」
「なんだよ」
 声に、しつけーなと言いたそうな感情が見え隠れする。

「それだと疲れがとれないでしょ?」
「疲れてねー」
「布団には安眠効果があって……枕だってすっごく大事って、私の時代じゃ枕にこだわる人も結構いるんだから」
 意地っ張りな犬夜叉に、かごめも半ば意地になって食い下がる。
 要は犬夜叉に、ちゃんと休んでもらいたい。身体をしっかり休めて欲しい。怪我して寝込んでいる時以外にも。ちゃんと横になって。
 かごめのその思いが、伝わったのだろうか。

「枕なら…」
 犬夜叉が少し伺うように、口を開く。

「膝」
「膝?」
 消え入りそうな、小さな声だった。

「が、いい」
「え?」
 斜めにかごめから顔を逸らして、絞り出すように。顔の角度変わって正面を向いた犬夜叉の頬が赤く染まっている。

「膝」
 一瞬何の事だか理解できなくて、思考が止まってしまったかごめに、もう一度、一言だけ呟いた。

「それって……私の膝枕?」
「……」

『お前いい匂いだ』

 きっと二人で同じことを思い出している。

「やっぱなしだ!早く寝ろ!!」
 照れ隠しのように、犬夜叉は声を荒げた。

「な、なんでよ!い、いいわよ」
 思いがけない言葉に、驚いていただけだ。

「かごめが寝れねーだろ」
「それは……」
 ちょっとあるかもしれない。あの時も、ドキドキしたけれど。あの時よりもっと、ドキドキしそうだ。あれからそんなに、月日は経っていないのに。
 月日は経っていなくても、かごめにとって、気付いてしまったことは大きい。
 犬夜叉のことが好きで。ずっとそばにいる。って。
 だからというわけではないけれど、やっぱりこうやって久しぶりに二人きりの時くらいゆっくり休んで欲しい。一時の、旅の途中でも。

「いつも私ばっかりっていうのもなんだから。せっかく二人だけの今日くらい」
 いいよ、と目線を上げて犬夜叉の目を見つめながら告げる。“二人だけ”のところで、犬夜叉の耳がピクッと動いたのを見てしまった。

「どうぞ」
 ちょっと緊張しながら正座して、誘うように自分の太もも辺りをポンポンと叩いて見せる。

「ほら、こうすれば私も寝れるし……」
 背後の壁に凭れて、チラリと視線をやる。
 犬夜叉は、そんなかごめの様子に少し躊躇うように目を泳がせてから、ゆっくり彼女の横に腰を下ろした。それから無言で、頭を乗せてくる。
 銀色の長髪が、膝頭に触れて妙にくすぐったい。でも、笑ったりしたら犬夜叉は寝れなくなる。それに、あんなに真っ赤だったんだ。恥ずかしがって、やっぱりいつも通りの体勢に戻ってしまうかもしれない。せっかく、犬夜叉が少しは横になって休んでくれそうなのだから。見栄っ張りで意地っ張りな犬夜叉が。
 そういえば、初めて膝枕をしたあの頃よりも、こういう機会は増えた。犬夜叉が心を開いているのが、伝わってくる瞬間。それは、かごめだけじゃない。弥勒や珊瑚や七宝とも。普段、みんなと一緒にいる時も、距離感が心地がいい。

「犬夜叉……素直になったよね」
「はぁ?」
 長い銀髪に触れながら。しみじみ呟いた。

「嬉しい」
「嬉しい?」
「うん。嬉しい」
 言いながら、改めて実感して笑みが零れてきてしまう。

「かごめの嬉しいはわかんねー」
 不思議そうに、ぶっきらぼうにそう溢す。

「いいのよ。それで」
 犬夜叉が意識してないからこそなのだから。自然と、なのが嬉しいんだから。
 と、本人には言わない。

「他には?何かない?してほしいこととか」
 上機嫌なかごめは少し前のめりになってしまう。赤いスカーフで犬夜叉のおでこ辺りが少し隠れた。

「いい」
「いい?」
 向き合っていた顔をまた逸らされてしまう。かごめが座っているのとは反対向きだから、犬夜叉の表情は見えない。でも、覆いかぶさるみたいに覗きこめば、見えるかも。

「このまま……」
「?」
 そのまま続きを待つ。
 でも、待っても返事はない。

「犬夜叉?寝ちゃった?」
 返事はない。かわりに、耳を澄まさなければ聞こえないくらい小さな寝息が、かごめの鼓膜を揺らした。
 このまま……なんだろう。

 起きたら犬夜叉は話してくれるだろうか。

 それとも、膝枕自体を恥ずかしがって、すぐに離れてしまうだろうか。



***



「かごめ」
「なぁに?」
「いや、」
「ちょっと待ってね。もうすぐ終わるから」
 熱心に繕い物に取り組んでいるかごめに、犬夜叉は呼びかけた。彼女の膝の上に頭を置いて、寝転びながら。

「できた!」
 本当に目の前で彼女が仕上げたのは、可愛らしい刺繍が端に施された、肌触りの良さそうな布。

「どう?なかなか上手くできたでしょ?」
 家庭科の授業程度の技術しかなかったかごめだが、戦国時代で暮らすようになって、随分と上達した。

「御包(おくる)みか?」
「そう。お祝いにあげようと思って」
 この世に生まれてきて、きっと最初に使う寝具。

「これから寒くなるし、あったかく眠れるように」
「寒くなる前に生まれそうだけどな」
「いつかな〜。楽しみね」
 弥勒達一家だけでなく、かごめも犬夜叉も、母子共に健康に生まれてきてくれることを心から待ちわびている。
 かごめが犬夜叉の髪を梳く。気持ちよさそうに、目を閉じる。
 すう、と彼が鼻で小さく息を吸う音がした。同時に表情が緩んだのがかごめにも伝わった。つられて、ほっとかごめの胸もあたたかくなる。
 どんな枕も布団も、きっと敵わない。なにより安らぐ、とっておきのぬくもり。





*****
お久しぶりの犬かごです。
座って寝てる犬夜叉に横になって欲しいなって思って随分前に書いてた話がやっと形になりました。
なんかこう、旅中のむず痒いイチャコラ犬かごってどうだろって妄想したけど撃沈しました。
犬かごかわいい。



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