fragile | ナノ
時々、心の中がぐちゃぐちゃになる。
それは決まって、犬夜叉と桔梗のことを考えた時。
桔梗の気持ちも、犬夜叉の気持ちも、どっちも考えてしまうから。
だからこそ強がって。強がってみても、私は私で。
だから、私の気持ちはぐちゃぐちゃ。
「バカみたい」
小さく呟いた声は、静かな部屋でさざ波のように響いた。
旅の道中。
晴れ渡っていた空がいきなり暗くなって、どんよりとした風が吹いたと思ったら、犬夜叉は鼻をピクリとヒクつかせて風の吹いてきた方向に走り出した。
誰かが制止する暇もなかった。一人で走り出してしまった。そして、そんなに時間を開けずに犬夜叉は戻ってきた。
みんな何かを察したのか、誰も何も言わない。同時に、腫れ物のようにかごめを窺う空気を感じた。
初めは笑顔を崩さなかった。心の中を気付かれたくなくて、掻き乱されたくなくて、半ば意地になって笑顔を浮かべていた。
そんなかごめといつもなら目を合わせられない犬夜叉が、珍しく真っ直ぐ目を見て尋ねてきた。
「かごめ」
「何?」
「なんかお前、妙な顔して…」
その一言で、かごめの精一杯の笑顔は凍りついた。すぐそばの弥勒たちが「あ、」と呟いて犬夜叉に呆れた目を向けたことに、気付く余裕もなかった。
「バカ!!!!!」
頭に血が上り、その勢いで力一杯叫ぶ。ビクッと目に見えて犬夜叉が身を引いた。
「どうせ変な顔よ」
桔梗みたいに賢そうで美人じゃないわよ。その言葉だけは、寸でのところで飲み込む。飲み込んだ変わりに目頭が熱くなった。
「か、かご……」
「おすわり!!!おすわりおすわりおすわりおすわりおすわり!!!!!」
びっくりするくらいの腹式呼吸で、おすわり攻撃を連発して帰ってきてしまった。
*
「迎えに行かんのか?」
井戸の横に座り込んだ犬夜叉の頭に七宝が乗っかって、上から顔を覗き込む。
「なんでおれが……」
「明らかにお前が悪いじゃろう!おなごに妙な顔とは……!」
「信じられませんね」
「誰のせいで無理に笑顔を浮かべたか……考えないの?」
いつの間にか弥勒と珊瑚も井戸の横に並んでいた。
「かごめの気持ちも少しは考えい!」
七宝が耳を引っ張りながら声を荒げる。
「……」
犬夜叉は顔を顰めて俯いた。
かごめの笑顔、かごめの気持ち……その二つが頭の中を何度も木霊した。
*
戻ってきても、結局考えることは同じで。
のんびりお風呂に入っても、ふかふかのベッドに横になっても、心はやっぱりぐちゃぐちゃのまま。
「あー!もう!!」
気分が滅入ってしまう。外の綺麗な空気を吸えば、狭い部屋よりもすっきりするだろうか。
「よっし!」
ベッドに座り、腕を伸ばしてパンッと手を叩いた。小気味良い音が響くと、何となく気合が入った気がする。
(気分転換したら……いつもの私で戻ろう!!)
だって、自分で決めたんだから。
もちろん忘れてない。これくらいでへこたれない。
ただ、嫌な顔は見られたくない。……見せられない。
制服に着替え、カケラの小瓶を手に握りしめ、かごめは部屋を出た。
*
神社の境内を一周して、井戸の祠に向かう途中。御神木の前に立った。
大きな幹と緑に生い茂った葉を見上げれば、何百年、もしかしたら千年以上の悠久を見守り続けてきたその生命力に感嘆させられる。
カケラの小瓶を御神木に翳せば、二つのカケラが木漏れ日を反射してキラリと光った。澄んだ、綺麗な光。無数の妖怪と大昔の巫女の魂から出来ているなんて思えない。
小さな二つのカケラは、旅を始めたばかりの頃のことを思い起こさせる。
(結構たくさん集めたわよね)
ほとんど奈落に取られてしまったけれど。
それでも。
(いつの間にか時間が経ってるのね……)
カケラが増えると同時に、仲間も増えた。色々、分からなかったことも分かってきた。
見たこと、聞いたこと、教えられたこと……自分で気付いたこと。
ほとんど戦国時代の、過去の世界のことだけど。
此処で、この時代のこの場所で、かごめが気付いたことだってある。
それは、今もかごめが抱いている想いで。
だからこそ、過去と今はつながっているのだと実感する。
『いつの間にか……こんなに好きになってたんだ』
(ホント、いつの間にかばっかり)
此処に立つと気付かされる。
(ん?ってことは……受験も近付いてる!??)
かごめの顔色が一気に変わる。
「参考書!英語も最近自信ないから……持っていこう」
数学メインに詰め込んだ荷物のバッグに、英語の参考書も加えようと決意したその時。
「……かごめ」
ばつが悪そうに、先ほどおすわり攻撃の引き金を引いてしまった彼が立っていた。
「犬夜叉」
迎えに来たんだ、というかごめの呟きは声にならなかった。
(それだけで嬉しいから。やっぱり私は……)
好きなんだ。
悔しいけど、こんなに。
(なんか……拗ねて帰っただけ、みたい)
そう思うと情けなくなる。
いつも子どもっぽいと思う犬夜叉の態度に何も言えない。
「なんもねぇぞ」
「え?」
「その…かごめが怒るようなことは……」
「……」
口を開かないかごめがまだ怒っていると思ったのか、犬夜叉は言葉を探すように、一言ずつ話す。
「そもそも桔梗に会ってねぇ」
「そうなんだ……」
犬夜叉が嘘をつくとは思っていない。
(勝手に勘違いして、勝手に怒ってたんだ)
怒って、と言い表していいのだろうか?
本当は嫌な自分へのモヤモヤを、犬夜叉にぶつけただけ……かもしれない。
「もし会ってたら……私の目、見れないもんね」
「……」
違う。こんなことが言いたいわけじゃない。
自己嫌悪の念が、じわじわとかごめの胸に燻る。
「まだ、怒ってんのか……?」
シュンとしないで欲しい。
そんな顔をさせたいわけじゃないのに、私のことを考えてくれるのは嬉しい。
”桔梗のこと”より”私のこと”を。
(こんなじゃなかった……)
こんな思い知らなかった。
(好きだから、こんな思いするなんて……)
ずっと、恋愛は映画や小説の世界の感覚で。
友達との恋話は結構好きで。
誰が誰に告白したとか、デートの報告とか。
それはなんだか、キラキラしていて。
綺麗な部分しか知らなかった。
(そんなの悲しいよ)
心が狭くなったみたいだ。
「こっち見ないで」
「え?」
「そのまま、じっとしてて」
言って、かごめはクルリと回って犬夜叉と背中を合わせる。
「見ないでね」
「かごめ、」
何か言いたいけど何を言えばいいか分からないような……戸惑いがちに、犬夜叉はかごめを呼ぶ。
「怒ってない」
凛と、はっきりそう告げた。
「……本当か?」
「うん」
スッと、犬夜叉の肩の力が抜けるのをかごめは背中で感じた。
だから、思い切って体重を彼の背中に預けてみる。
「かごめは……」
そこで一度言い淀む。でも、改めて実感したようにはっきりとした言葉で。
「かごめは色んな表情(かお)をする」
泣いたり笑ったり、怒ったり。真っ直ぐ犬夜叉に向けて、色んな表情を見せる。
「けどやっぱり……一番は笑顔が好きだ」
かごめの姿は見えない。変わりに御神木を見上げた。御神木の木漏れ日が眩しくて、目を細める。
「なんか、ほっとするやつ」
屈託のない、無垢な笑顔。
「けど……」
無理に笑われると辛い。
「む、無理して笑うことねぇんだ!」
「え?」
「そんくらい分かる」
「犬夜叉……。作り笑顔を気にしてくれたの?」
背中が離れて、かごめが振り向いた気配がした。
だから犬夜叉も、つい勢いで振り返った。
「ったりめーだろ!かごめはかごめのままで、笑ったり泣いたり怒ったりしてた方が……いいんだ」
かごめの素直な笑顔を守りたいと、きっと誰よりも思っている。
振り向いて目が合った瞬間の、かごめのもどかしいような、降参したような、はにかんだ笑顔に。
犬夜叉の視線は釘付けになった。
「犬夜叉」
「な、何だよ!」
鼓動が早まって治まらない。
ほっとした。だけど落ち着かない。相反するこの感情は。
「おすわり」
「ふぎゃ!!!」
地面に叩きつけられて落ち着いた。
「おい!!」
反射的に顔を上げる。怒ってねぇって言ったじゃねーか、と犬夜叉がそう叫ぼうとしたその時。
「ごめんね」
「……?」
かごめは屈んで、犬夜叉の顔を覗き込む。
(心が広くなくて。強くなくて。……強がりで。でも)
(大好きよ)
まだ言わない。
言えない。
言っちゃいけない……気がする。
「行こ。迎えに来てくれたんでしょ?」
「あ、あぁ」
立ち上がった犬夜叉の手をやんわりと握る。
またモヤモヤしてしまうかも知れない。
でも、手を握れば。
あの時の決意を思い出せる。
何度でも。
かごめの気持ちは変わらない。
自分で決めたのだから。
たくさん考えて、気付いたのだから。
(私は犬夜叉に生きてて欲しい)
(いっぱい笑ってほしい)
(私になにができるかわからないけど――)
(ずっと、そばにいる)
この先、何があっても。
*
「あ!リュック忘れた!!」
「りゅっく?」
井戸の祠の入口で、かごめは忘れ物に気付いた。
「先行ってて!取ってくるから!」
走り出そうとするかごめの手を、犬夜叉が引き止める。
「おれも行く」
「え?」
「どうせあのでっけぇ荷物だろ」
「うん」
かごめが頷くと同時に、犬夜叉は彼女を背中へと促した。
「お前時々つぶれそうだからな」
「……ありがと」
犬夜叉が持ってくれるならアレとソレとコレも足して……と、持ち物を考え始めるかごめだった。
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原点にかえってみました。
私はアニメが始まってすぐハマったばっちり犬夜叉世代なので、1〜19巻を初めて読んだ時は、18巻の展開がすごく衝撃的でメッチャ感情移入したけど、すごく大人に思えて……。
初めて漫画で、しかも恋愛系のシーンで泣くという経験をしました。笑
イメージ的には20巻の椿との戦い前くらい。ですが、18巻のパクりオンパレードになってしまいました。すみません(笑)
そして好きなように書いてるとやっぱり視点がごっちゃになる……読みにくくてすみません。