夫婦 | ナノ




『もう少し、私のことも信じてよ』
 かごめの言葉が頭から離れない。
 根の首を退治して、二人で暮らす小屋に帰ってきてからも、おれはずっと釈然としない気持ちを捨てきれずにいた。

「何ムッツリしてるのよ」
 言霊言ったこと怒ってるの?と、寝床の準備を終えたかごめが尋ねてくる。
 やっぱりおれは考えていることが顔に出やすいんだろうな、と思う。でも、その考えていることを上手く言い表すことが出来ない。

「怒ってねぇ」
「じゃあ危ないことしたから?」
「それも……違ぇよ」
 結局口をついて出るのはそんな素っ気無い台詞ばかりで。

「ねぇ、」
「?」
 かごめは少し考える素振りを見せてから、そっと問い掛ける。

「私たち……夫婦よね?」
「ふ!?」
 言葉にすると、それはまだおれには馴染みのない響きで。

「違う?」
「……違わねぇ」
 擽ったいを通り越してむず痒い。

「ちょっと来て」
 そう言っておれを傍に呼び寄せる。

「何だよ」
「座って」
 促しながら、自分は布団の上に正座した。言われるままに、正面に陣取って胡座をかく。
 かごめは一度深呼吸をしてから、真っ直ぐおれを見つめてきた。漆黒の瞳が何もかも見透かしているようで、後ろめたいことなんてないのに鼓動が高鳴る。

「私は犬夜叉を信じてる。今までもこれからも……何があっても」
「い、」
 いきなり何言い出しやがる、と返そうとしたのだが、かごめが真剣な表情を崩さないので言えなかった。寧ろ身の引き締まる思いだった。おれはその思いに報いたい。それこそ、おれの全てを懸けて。

「犬夜叉にも、私のこと信じて欲しい」
「……」
 もちろん信じている。ただ、傷つけたくない。
 かごめがこの時代に戻ってきた時に決意したこと。かごめを大切にする。かごめを大切に思う誰よりも。
 だから、つらい思いはさせたくなかった。

「今更私にややこしい気遣いなんていらないから」
「かごめ……」
 伝えたい思いがたくさんある。けれど、どう返せばいいのか分からない。言葉にしてしまうととても陳腐な気がして、だからこそ行動で示したいと思っている。なのに、今日の行動は……やっぱ久しぶりのおすわり相当だったんだろうな、と実感した。
 
「夫婦なんだから」
「夫婦……」
「そう。弥勒様と珊瑚ちゃんとか……一般的な夫婦とか……他と同じじゃなくていいの。違っていいと思うの」
 何となく正座になっていったおれに、かごめは笑いながら諭すように語り掛ける。

「ただ、ちゃんと私達なりの夫婦になりたい。家族になりたい。ゆっくりでいいから……」
 膝立ちに屈んで、ぎゅっとおれの頭を抱き締めた。優しいかごめの匂い。包み込まれる心地よさに身を任せ、彼女の腰に腕を回す。

 変わらない。

 かごめはおれに教えてくれた。
 笑顔を、人を信じる心を。人のために流す涙も、本当の強さも優しさも。全部かごめが教えてくれた。
 これからもこうやって……かごめが色んなことを教えてくれるのだろうか?気付かせてくれるのだろうか?
 おれも何か……伝えられるだろうか?

 ゆっくりと呼吸すればすれば、胸一杯に広がるかごめの匂い。
 そして――柔らかくて弾力のあるあたたかさ。

 わざとか?
 頬が少し熱くなる。身体に熱が灯る。
 そういえば家族とか……言っていた。

「かごめ」
「なぁに?」
 体勢はそのままでお互い視線を絡める。

「夫婦、なんだろ?」
「うん」
 花が綻ぶように微笑んだ。

「じゃあ…いいか?」
「何が?」
 屈託のない問いに答える前に、おれの手がかごめの後頭部を掴む。

「んっ……」
 ゆっくり口付ける。深く、深く。
 
「こっから先に、進んでも」
しばらく堪能して、混じりあった唾の糸を引かせながら答えれば。

「……っ!」
 トロンと上気させた顔で、見つめ返してくる。

「……うまく…出来ねぇかもしんねぇけど」
「いいよ」
 かごめの返事に迷いはなかった。



 随分見慣れた巫女服。
 白衣の左右腕をを両手で下にずらすと、撓わな胸が簡単に現れた。
 もっちりしたその肌に触れる。

「んっ」
 頂きがピンと立っていた。

「やっ」
 そこに触れれば、甘い声が漏れる。

「……気持ちいいのか?」
「聞かないで……!」
 真っ赤な顔で怒ったように言い返された。ってことはイイんだよな? 出来心で口に含んでみる。

「ふ、ぁ!」
 吸い寄せて舌で転がす。時々甘噛みしてみる。
 同時に、袴もゆっくり脱がしていった。

「あっ……」
 かごめの声が確実に色付いていく。その声だけで理性が吹っ飛びそうだ。
 胸から腹、柔肌に浮き出す恥骨の辺りへと右手を滑らせたところで、おれは自分の爪の特長を思い出した。敵を切り裂くために伸びた爪。でもかごめを傷付けるわけにはいかない。ガリッと音を立てて、人差し指と中指の爪を噛み切った。
 それからまたゆっくり手を滑らせる。辿り着いた太股の付け根は。

「濡れてる」
「やっ!」
 恥ずかしいのか、かごめがおれの手を両手で握って退けようとする。そんな微かな抵抗じゃビクともしないと分かってるだろうに。

「ひゃ、ぁ!」
 しっかり濡れたそこは待っていたかのようにおれの指を受け入れていく。

「あ!っ……っ……」
 抜き差しに合わせて声を上げる。温かい肉壁が吸い付いてくる。

「犬夜叉」
「何だよ」
「変な声出る」
「……もしかして押し殺してんのか?」
 出せばいいじゃねぇか。

「だって……恥ずかしくて」
「聞きたい」
 戸惑っているようなかごめになるべく優しく、耳元で囁けば。

「ちょっっ……エッチ!」
「えっち?」
「……ス、スケベ……!」
 結局男はみんなそうだろう、と普段は絶対言えない返答が浮かんだが、言葉にはしない。

「あっ…!っあ…!!」
 かわりに指を一本増やして、かごめが声を堪えられない所を探る。

「ひゃっ…んっ!!」
 愛撫に合わせて、蜜がドンドン溢れてくる。

「ダメっ…!」
「何がダメなんだ?」
「い、あっ……ぁぁあ!!!」
 かごめの中が一際大きく収縮した。それからビクビクと痙攣する。

「だ、大丈夫か?」
「うん……」
 肩で息をしながら短く返事する。

「もしかして……イったのか?」
「イった……のかな?……分かんない」
 瞳を潤ませて泣きそうな声が返ってくる。
 少しでも安心させようと、頭を撫でてみた。

「私は全部初めてだから……」
 全部?
 言葉の続きを促すようなおれの表情に、かごめは顔を赤くした。

「こ、こういうのはもちろんだけど……抱き締められたのだって、肩を抱き寄せられたのだって………好きって気持ちも」
「!?」
 突然の告白におれの方が照れる。
 かごめの初めては全部……おれ?

「あのね、時々ね。ひとりじめ、したくなるの」
 こんな思い知らなかった、と呟く。

「犬夜叉が村の人と仲良くなってたり、子ども達に懐かれてたり。すごく嬉しいんだけど……なんか時々羨ましくなる」
「ばっ!おれは……」
 馬鹿野郎が声にならないくらい焦ったおれに、かごめは笑顔を浮かべる。

「私……強くないし、ホントは色々思うし……でも優しくなりたいって思うよ」
 言って、もどかしそうに俯く。その言葉はおれを心底驚かせた。

「かごめ……」
 俯く姿に悪いとは思いつつ、おれは何だか嬉しくて自然と頬が緩んだ。

「何よ」
 かごめはムッとした表情を隠さない。笑われたのが心外だったらしい。

「いや……」
「言ってよ」
「かごめの気持ちが少し分かった」
 今頃な、と口にはしないで思う。かごめは怪訝そうに首を傾げる。

「私の気持ち?」
「たまには弱いとこも見せて欲しい」
 それが、嬉しい。弱音だって吐いていい。
 おれより何倍も……かごめは本当に弱いところは見せないかもしれない。
 地念児の薬草を取りに行った時のことを思い出した。
 おれは今やっと気付けたのに、かごめは随分前から知っていたのか。そう思うと、やっぱ一生勝てねぇ。勝てる気がしねぇ。

「……それじゃ、まるで私が弱音はいたみたいじゃない」
「……いいじゃねぇか」
「今はひとりじゃないんだもの」
 今はひとりじゃねーんだから、と続けたおれの声とかごめの声が見事に重なる。目を合わせて吹き出すように笑い合った。
 懐かしい。こんな風に懐かしむ日が来るなんて思いもしなかった。

「犬夜叉」
 頬を赤らめて、首に腕を回してくる。

「かご…」
 かごめ、と呼び返そうとした声は彼女の喉奥へと消えた。

「もっと伝えたい 」
 不器用に舌を絡めてくる。

「伝えて欲しい」
「っ…」
 かごめのあどけない声がおれの耳に罪深く届く。
 我慢の限界だった。

「ひゃっ!」
「おめーが煽るようなこと言うからだぜ」
 濡れた其処にはちきれそうなおれのを押し当てれば、驚きの声を上げる。

「入れるぞ。痛かったら言えよ」
「あっ…」
 力抜け、と耳元で囁けば、コクンと小さく頷いた。

「……っ!」
「んっ……あっ!」
 濡れているとはいえ、初めて男を受け入れる其処は痛いくらいに締め付けてきて。浸入を拒んでいることが、同じく初めてのおれでも分かった。そして、かごめが辛いのを我慢していることも。

「肩噛んでも、背中引っ掻いても構わねぇから」
「んっ…!」
 最初は女はつらいものだと弥勒が言っていた。破瓜による出血もよくあることだと。優しく労いつつ、導いてやれと。

「いっ…っ!!」
 根元まであと少し、というところでかごめが一際大きな声を押し殺す。
 同時に、鉄分を含んだそれ特有の――おれを何よりも不安にさせる匂いがした。

「悪い……!!抜くか?」
 聞いてはいても、やっぱりおれはこの匂いが怖い。

「や!大丈夫、そのまま……」
 首に回されたかごめの手に力が籠った。

「……分かった」
「っ……!」
 かごめの声に促され、残りの距離を一気に埋める。

「全部入った」
「う、ん……」
 呼吸を整えるかごめに合わせて、ポンポンと背中を叩いてやれば、ぎゅっと確かめるようにしがみついてきた。おれも強くなりすぎないように抱き返す。かごめの存在を全身で感じて、なぜか目頭が熱くなった。唇を噛み締めて堪える。

「犬夜叉」
「ん?」
 かごめの顔を覗き込めば、ポロポロと完全に泣いている。

「そんなに痛かったのか!?」
「違う。違うの。私もよく分かんないけど……私は幸せだなって思って、そしたら……」
「かごめ……」
 頬に手を寄せて、涙が落ち着くまで何度も何度も口付ける。比べるもんじゃねぇけど……多分、おれの方が幸せだ。 

「動いていいか?」
「うん」
 かごめの様子を窺いながら、ゆっくり動いてみる。

「っ……あっ……!」
 最初は痛みを堪えているようだった。でも、声を押し殺すのは止めたようだ。それに気付いて、身体の熱がまた少し上がる。

「んっ」
「……っ」
「や…ぁ……んっ!」
 少しずつ声が艶っぽくなっていく。同時に、食いちぎるように締め付けてくる。

「かごめ…」
「い、ぬやしゃ…!あ…!」
 落ち着け、おれ。優しく、優しく。ゆっくり、ゆっくり。何度も自分に言い聞かせる。

「はっ…ぁ…あ、あ……」
 おれの刻む律動に合わせて、かごめの普段よりも高い声が漏れる。それが部屋中に甘く響き渡って……。
 やべぇ。出そう。

「かごめっ……!」
「いぬ、あ、あぁぁ……!」
 おれは溢れんばかりの熱い思いをかごめの中に吐き出した。



「大丈夫か?」
「うん。なんか……犬夜叉に近付けた気がする」
 荒い呼吸が静まってきた頃、かごめがまだ熱の残った声で囁く。

「近付いた?」
「うん。今まで以上に」
 少し恥ずかしそうにかごめは目を逸らした。
 実はおれも同じことを思っていた。やっぱり体の繋がりと心の繋がりは関係が深い、のか?よくわかんねぇけど。
 かごめを感じる。今までよりももっと近く。

「これからも一緒だよね?」
「ったりめーだろ」
 もう無理だ。離せと言われても離せないし、独占欲が強いのだってかごめに教えられた。いや、気付かされた。
 ずっと一人だった。何もなかった。持っていなかった。
 だから失う心配なんてなかった。
 欲しいと思っていたのかさえ、今となっては随分遠く感じて分からない。

「大好き」
 響く声は鈴のようで。

「おれも……」
 そこから先は、目を瞑って規則正しい呼吸を立て始めたかごめには聞こえていなかったようだ。



***


 夢を見た。

 私は泣いていた。
 悲しかった。苦しかった。本当は声をあげて泣き出したかったけど、それは出来なかった。
 私に泣きじゃくる権利はない。そう思ってた。
 だから踞って、声を押し殺して泣いていた。

 浮かぶ思いは『ごめんなさい』。
 ただそれだけ。
 ごめんなさい。ごめんなさい。

 この悲しみは覚えがある。時間が感情を和らげてくれていたのに、ふと堰をきったように甦り、溢れ出した。
 あんまり悲しくて、今は我慢も出来なくて、私は空に向かって一度呟いた。

「ごめんなさい」
「泣くな」

 その声にハッとした。
 顔を正面に向ければ目の前に立っていたのは、他ならぬ彼女。

「桔梗……」
「泣くな。かごめ」

 桔梗は優しく笑って私を抱き締めた。
 そしたらふっと気持ちが軽くなって、同時に彼女はおでことおでこをくっつけて、ありがとうと言った。
 そして、消えた。スッと消えた。上空じゃない。私の中に入り込むように。

 やっぱり、綺麗な人。
 笑顔が目に焼き付いて離れない。

 私はしばらくそこに佇んでいた。
 涙はもう止まっていた。





「かごめ」
「……犬夜叉?」
 労うような声色にゆっくりと目を開く。
 辺りはまだ暗かった。どうやらいつの間にか寝ていたようだ。

「やっぱ……身体つらいのか?」
「え?」
 申し訳なさそうに目尻に手を当てられた。
 その仕草で自分が泣いていたことに気付いた。

「大丈夫」
 少しの痛みと身体の気だるさはあるが、心配されるほどじゃない。

「ありがとう」
「……無理すんなよ」
「うん」
 優しいよね、と胸の中で囁いて、胸元に顔を寄せる。少し躊躇してから、背中に犬夜叉の手が触れた。素肌に直に触るのが気恥ずかしいのかしら、と考えてから、さっきはあんなだったのに……と思い出してこっちが恥ずかしくなってきた。

 夢を見た気がする。
 内容は覚えていないけど、悲しくて、あたたかい夢。
 少しの痛みが胸に残っていて、それは絶対に忘れちゃいけない気がして――。
 そんなことを思っていたら。

「おれだって……かごめが思ってる以上に、かごめのこと信じてる」
 頭上から、眠そうな声がそう囁いた。今日は余計な世話だったかも知れねぇけど、と小さく聞こえた気がする。

「もっと自信……」
「え?」
 聞き返すが、その時には寝息が聞こえてきた。少し起き上がって顔を覗き込む。けれど、安心しきったような表情を見てしまうと、起こそうとは思えない。

「自信持てって……言いたかったの?」
 返事はない。気持ち良さそうな寝顔。鼻をつついてみるが、起きる気配はない。

 そっか。私は犬夜叉に信じられてるのね。
 それを改めて実感して、嬉しくて嬉しくて。包み込むように両手で彼の頬に触れる。

 人の心は弱いから。今までだってたくさん利用されてきた。
 それでも。
 悩んだり迷ったり不安になったりしながら、私達は誰かを信じてる。
 ……その想いって、やっぱり愛だと思うの。

「あ――――」
 想いを犬耳に囁けば、ピクピクッと少しだけ揺れる。それが堪らなく愛しくて、穏やかな寝顔にこっそり口付けた。
 明日も隣に犬夜叉がいる。目が覚めたらどんな表情をするんだろう。私はどんな反応を返すだろう。
 また少し近付いた二人の明日に思いを馳せながら、私も静かに目を閉じた。





*****
あいしてる?ありがとう?あえてよかった?あなたが好き?
お好みでどうぞ。





甘いです!
犬かごの好きなものを自分なりに詰め込んでみたらこんななりました。
書いてて楽しかった。本当に楽しかった。

犬かご好きすぎてわけわかんないです。
甘くてちょっと切なくて、でもやっぱりあまーい、明日に繋がっていく犬かご初夜下さい。下さい!
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