月の綺麗な夜に | ナノ





「ほどいちゃうのがもったいないね」
 呟いた声が少し寂しそうだったので、犬夜叉もつられて名残惜しく感じた。
 けれど、このまま村に戻ったら誰かに見られてしまうかもしれない。弥勒や珊瑚に捕まれば、確実にからかわれる。

「見えない糸は繋がってるって……信じてるけど」
 へへっと少し照れたようにかごめが笑うから、たまらなくなって腕の中に閉じ込めた。

「かごめ」
 耳元で囁けば、先がよめるようになったのか黙っている。柔らかい黒髪の間に覗く耳が真っ赤だ。

(可愛い)
 なかなか口には出来ない。けれど頭の中はこれでいっぱいだ。
 かごめが可愛い。
 大切で守りたくて、誰にも渡したくなくて仕方ない。伝えたい思いはたくさんあるのに、どう伝えればいいのか分からない。
 俯く彼女の額に唇を寄せれば、ふわりと舞う前髪が鼻に触れてくすぐったい。

「犬夜叉……」
 名を紡ぐ唇に、吸い寄せられるように口付けた。
 最初は軽く、それから角度を変えて。牙で傷付けることがないように。

「……んっ」
 かごめの甘い吐息が漏れると、もっと聞きたいと思うしもっとそれを乱したいと思う。優しくしたいのに、心の底では壊してしまいたいとも思っている。

「かごめ……」
 この相反する思いは、半分妖怪の血が入っているからこそなのだろうか。それとも、男に生まれたことによる葛藤か。
 人には聞けない。絶対聞けない。
 けれど弥勒なら分かるだろうか。そもそもこんな乱暴な感情、女に優しいスケベ法師は抱かないか。――ましてや惚れた女には。

(おれが半妖だからなら……)
 かごめに、すまないと思う。
 初めは無我夢中で気遣う余裕すらなかった。それでも笑ってくれたから、ほっとして目頭が熱くなるのを必死に堪えた。
 それからも、次の日なかなか褥から立てないようにしたのは一度や二度ではない。

「いぬやしゃ?」
 顔を蒸気させ、瞳を潤ませながらかごめが名を呼ぶ。

「……っ」
 これだ。これが、犬夜叉の理性を崩壊させる。
 片手で腰を引き寄せて、もう片方を胸元へと……。

「きゃ!だ、だめ!ここ外!!」
「……」
 焦ったように二人の間に両手で距離を作ってきたので、不満はあるが渋々解放する。

「えっち……」
「けっ」
 かごめがよく口にする異国の言葉。初めは意味が分からなかったが、一緒にいるうちになんとなく分かるようになった。

(誰のせいだと思ってやがる)
 喉元まで出掛かった言葉をギリギリで飲み込む。

「帰るぞ」
「うん!」
 背中を向けると、飛び付くようにおぶさってきた。
 そんな行動すら可愛いと感じるから、自分はやはりどうかしている。



***



 食材がたくさん採れたので、楓の家で皆で食卓を囲むことになった。
 慣れた調子で、りんと一緒に食事の準備をするかごめ。楓と明日のお祓いについて話し合うかごめ。弥勒と珊瑚が来て、しばらく双子の相手を頼まれるかごめ。七宝の新作妖術に笑顔で反応を示すかごめ。
 みんなに囲まれるかごめを、犬夜叉は飽きることなく見ていた。

 三年の不在が嘘のように、かごめは仲間と馴染んでいる。
 彼女は一人ではない。

(かごめを大切に思うやつはたくさんいる)

 そう実感した時。

「犬夜叉、どうかした?」
 いきなり本人と目が合った。 

「なんでもねぇ」
 手に持っていた食事を口に掻き込みながら、極力普段通りに答える。

「……そう?」
 怪訝な顔をしながらも、かごめはそれ以上尋ねてこなかった。

 かごめが戻ってきて一年が経つ。

 大切にしたいと思っているが、
 ちゃんと大切に出来ているだろうか?

 近くにいるのが当たり前になっていて、またいなくなるなんて考えられない。
 ……否、考えたくない。



***



「喧嘩でもしたのか?」
「してねぇよ」
 みんなでワイワイと食事を済ませ、女性陣が片付けに回っている間に弥勒は犬夜叉を「外へ出ないか」と呼び出した。

「そうか」
 食事中犬夜叉とかごめの様子がいつもと違うようだったので、気になって声をかけたが喧嘩ではないようだ。元より本人が話したくないのなら無理に聞き出そうとは思っていない。
 話題を変えようと弥勒が口を開きかけた時。

「……弥勒、おれはかごめを大切に出来てると思うか?」
「は?」
 犬夜叉が先に口を開いたことも、その内容も、弥勒には意外だった。

「……」
「喧嘩でないなら、どうした?」
 神妙な顔をしているから、何かあったのかと心配になる。
 この男が時渡りの巫女を大切にしているかなんて、誰が見ても一目瞭然だ。

「かごめがこっちに戻ってきて一年経つ」
「あぁ」
 早いものだ。こうやって月日を重ねていくのだろう。

「また居るのが当たり前になってんだ」
「それは私達も同じだ」
 犬夜叉の言葉に弥勒も頷く。

「アイツ…なんかどんどんおれを甘やかすようになった気がする」
 一瞬黙り込んでから、徐ろに告げた言葉で弥勒の目は点になった。…甘やかす?

「おすわり攻撃も滅多に飛んでこなくなった」
「……」
「だからかおれは……我慢がきかなくなってる」
 俯いて話す表情は真剣そのもので、犬夜叉が本気で思い悩んでいると伝わる。伝わるのだが…。

(惚気か)
 要するにそういうことだろう。

「お前本当に素直になったな〜」
「あん?」
 自覚はないのだろうか。心外だとばかりに犬夜叉は弥勒を睨みつける。

「我慢が…ですか。そうですか」
「……」
 犬夜叉の顔に、言うんじゃなかったと後悔の色が浮かぶ。が、もう遅い。

「甘やかされて不満なのか?」
「……」
 不満なわけがない。ただかごめに無理をさせているのだったら、と気にかかる。
 答えられずにいると、何かを察したらしい弥勒がいい笑顔で犬夜叉の肩にポンと手を当てた。

「いい機会ではないか、二人でどこかへ出掛けなさい。薬草や山草摘みでも、妖怪退治でもなくだぞ」
「はぁ?なんだそりゃ?」
 弥勒の意図が犬夜叉には読めない。

「そうだ、夜がいい!星を見るなり、花を見るなり……。そういえば、村からそう遠くない所に、夜にしか咲かない珍しい花があると聞いた。私も一度拝みたいのだが、子どもたちもいるので夜にそうそう出掛けるわけにもいかない」
 彼が子どもに甘い父親なのを、犬夜叉は近くで見てよく知っている。

「折を見てかごめ様に直接聞いてみるといい。何も言わずに悩んでいる方が、かごめ様には辛いはずだ」
 敏い彼女はきっと犬夜叉が何か考え込んでいる様子に気付いている。というのが弥勒の見解だ。

「楽しんでこい。言葉にすればいい。さらけ出せばいい。月に吠えろ。少なくともいちゃいちゃしろ」
 満面の笑顔からの含み笑い。

「……狼みてぇな扱いすんじゃねぇ」
 どっかの痩せ狼が脳裏に浮かび、ムッとして言い返す。
 肩に置いていた手で、今度はバンと背中を押された。



***



「おぶされ、かごめ」
 仲間達と別れ、それぞれ帰路につく。楓の小屋を出て少し歩いた所で、犬夜叉は背中を向けてかごめの前にしゃがみ込んだ。

「家まですぐだから歩くよ?」
 サラリと流されそうになったので、

「…帰る前に少し森に寄らねぇか?」
 なるべく然り気無く誘ってみた。

「どうしたの?夜の森は危ないっていつも止めるのに」
 不思議そうに尋ねるから、なんだか気恥ずかしくなる。

「おれがついてるからいいんだよ!」
 少し投げやりに返せば。 

「そうね」
 かごめは嬉しそうに笑った。



***



 辿り着いたの先は、森の中の少し開けた空間。
 木々の合間から差し込む月の光を浴びて、真っ白い花が今まさに蕾から開こうとしていた。
 
「これって…月下美人?」
 花の前に来て、かごめが目を見張る。

「ゲッカビジン?知ってんのか?」 
 まさかかごめが知っているとは思わなかったので、犬夜叉も面食らった。

「夜にしか咲かねぇ珍しい花らしいぞ」
「しかも年に一度よ!朝には枯れちゃうから一晩だけ」
「年に一度?」
 連れてきた本人が知らなかった。

「うん。アンタすごいわね。今日咲きそうって分かってたの?」
「いや偶々だ。匂いはしたけどな」
 だいたいの場所を弥勒に聞いていたので、あとは勘と花の香りに導かれた。

「ホント……甘くて優しい良い香り」
 クンと鼻を鳴らして、かごめが顔を綻ばせる。

 大きく開いた真っ白い花が美しい。

「ずっと前にじいちゃんがご近所さんから貰ってきて……年に一度、夜にしか咲かない綺麗な花だからって大事に育ててたの」
 懐かしそうに微笑む。犬夜叉の脳裏に、庭で盆栽を愛でていたかごめの祖父が浮かんだ。

「じいちゃん、私と草太に見せるんだって凄く楽しみにしてて。いつの間にか、つられて私も咲くのが楽しみになってて……。でもね。私が修学旅行に行ってる間に咲いちゃった」
 話しながらかごめの顔が曇っていく。

「だから実物は初めて見た」
 真っ直ぐ花を見詰める彼女に、犬夜叉は目を奪われた。シュウガクリョコウが何かなんてどうでもよかった。

「綺麗…」
 呟きながら、かごめの目には涙が溢れてきた。

「かごめ……」
「あ、ごめん!ちょっと……やっぱり思い出しちゃって」
 かごめの腕を引いて、抱き締める。
 それから先は言わせまいと。

「犬夜叉は私の家族や友達を知ってるから……嬉しい」
 彼の背に手を回しながら、涙声で囁く。

「私が過ごした日々が嘘じゃないって、犬夜叉が知っててくれるから。出来れば忘れないでいて」
 ギュッとしがみ付いてくるから、それより強く抱き返す。

「……絶対忘れねぇ」
 絞り出すように告げると、かごめは安心したように目を閉じた。


「おれは……かごめを大切に出来てるか?」
 ずっと蟠っていた不安が、腕の中の温かさに口をついて出た。

「え?」
 目を見開いて見上げる顔に、何言ってんのと書いてある。
 気恥ずかしくて目をそらした。

「すぐ余裕なくなっちまうし……我慢きかねぇし」
「今更何言ってんの」
 花が綻ぶように笑われた。涙が完全に止まっている。

「じゃあ、私は犬夜叉を大切に出来てる?」
「大切ってどんなだよ」
「そっくりそのまま返すわ」
 かごめは笑顔を絶やさない。
 自分が大切にされるなんて考えたこともなかった。

「おれは半妖だからな」
 忌み嫌われる方に慣れている。でもかごめは違う。かごめを大切に思う者はたくさんいる。

「私は普通の人間よ。ちょっと違う時代からきたけど」
 犬夜叉の腕の中から、月下美人に目を向ける。

「私は私。犬夜叉は犬夜叉。犬夜叉のお父さんとお母さんがいて、半妖に生まれたのが犬夜叉。私のじいちゃんがいて、パパとママがいて、人間に生まれたのが私」
 視線をまた、目の前の半妖に戻して。

「同じでしょ?」
 耳に触れる。

「意地っ張りで、怒りっぽくて、乱暴でわがままで、余裕なくて」
「おい」
 少しだけ抗議の声を上げるがかごめは動じない。

「でも時々可愛いところもあって、強くて、一生懸命で。今だって優しいし」
 優しい声が鼓膜を震わせる。

「大好き」
 甘い響きに身震いしそうだ。

「大切にしたいと思うよ」
 また背中に両手が回される。

 燻っていた気持ちが嘘のように晴れていく。
 こうやって言葉に出来るからかごめはすごい。

「おれも……」
 かごめの耳元で、出来るだけ優しく囁いた。

「それにね。こうやって考えてくれたことが、大切にしてくれてるってことじゃない?」
「……考えて?」
「私のこと、考えてくれたんでしょ?」
「そりゃまぁ」
 結構考えている。気付いたらかごめのことを。それは今思い返してみれば、出会った頃からずっとだ。

「弥勒様に相談するくらい」
「え」
 かごめの発言に一瞬固まった。

「弥勒の野郎」
 喋りやがったな、と歯噛みする。

「あ、弥勒様に聞いた訳じゃないのよ。夕食の後に二人で話してたから……」
「カマかけやがったな!」
 ジト目で軽く頭突けば、ごめんねと小さく笑われた。


「そういや、弥勒に色々やれって並べ立てられた」
「色々?」
 いつの間にかほとんど済ましてしまったようだ。

「あと二つ……か?かごめ。お前が選べ」
 犬夜叉の顔が心なしか嬉しそうに見える。

「私?」
「おれが月に向かって吠えるか、二人でいちゃいちゃするか」
 かごめは目を見開いて頬を染めた。
 変化しそうな犬夜叉のドスのきいた唸り声は、何度か聞いている。森の中とはいえ村からそんなに離れていないので、誰かが聞いたらきっと騒ぎになる。
 だから初めから答えは決まっている。なんて……甘い選択。

「いいのか?」
 犬夜叉が月を見上げて吠えようとした。

「だめよ。みんなびっくりするわ」
 言って彼の首に腕を回す。

「なら……」
 真っ直ぐ見つめる金色の瞳が、夜空に浮かぶ満月と重なる。
 なんだか照れくさくてゆっくり目を閉じると、温かい感触が唇に降り注いだ。















*****
お前ら爆発しろ!ってくらい甘い犬かごが書きたくて、弥勒様に相談(?)にのって頂きました。(笑)

ちゃんと家に帰っていちゃいちゃしたと思うけど……どうでしょ?(笑)
弥勒とか犬夜叉がいちゃいちゃって言葉を使うのかとかつっこまれたら終わりですね!










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