運命の人 | ナノ




 ツン、と指に何かが引っ掛かった。

「ん?」
「あ」
 指の先を見てみると、同じように振り返った犬夜叉と目があった。犬夜叉の火鼠の衣の糸が、かごめの小指に引っ掛かったようだ。

「ごめん。解れちゃった?」
「いや、さっきの闘いで破れてたからな。」
 鎧変わりの火鼠の衣は、妖力を持っているので破れても自己再生する。一本の糸も普通の糸より何倍も強い。
 元に戻ってるところだろ、と言いながらかごめの指を傷つけないように、犬夜叉が爪で糸を引き千切った。
「衣が破れたってことは、ここも怪我してるんじゃない!?」
「けっ。こんなのかすり傷でい。」
 手当ての時は何も言わなかったから見逃していた。
 半妖の犬夜叉の傷がすぐに治るのは分かっていても、かごめはまた救急セットを巨大リュックから取り出すのだった。





【運命の人】





 学校帰りに、いつもの友達と映画を観た。
 高校生になって電車で通うようになったから、行動範囲が広がった。高校生は三人以上だと千円になる。だから、いつものメンバー四人で行くとお得だ。映画を観て、その後おしゃべりして帰ることが多い。
 今日もそうだった。 

『だって赤い糸は……新一と、繋がってるかもしれないでしょ?』
 ヒロインの女の子は、絶体絶命の生きるか死ぬかの場面で、赤と青どちらのコードを切るか選択を迫られた時。
 『死ぬ時は一緒だぜ。』の彼の声に背中を押され、青を切った。赤い糸は好きな彼と繋がってるかもしれないからと、赤は切らずに青を選んだ。
 その二人に、何故かただならぬ親近感を抱いてしまったのは、友達には言えないかごめだけの秘密だ。

 映画後のおしゃべりも、運命の赤い糸の話題で持ちきりだった。

「私たちも赤い糸の相手がいるのかな?」
「いるなら早く会ってみたい。」
「運命の人でしょ?占いみたいなもんじゃない?」
「会った瞬間にビビッとくるのかなー?」

(運命の人、か……。)
 かごめが運命の人で思い浮かんだのは一人だった。

(そっか。あの彼、声が似てた。)
 親近感の理由にようやく気付いた。



 友達と別れての帰り道。
 日暮神社への石段を一人歩く。すっかり日が暮れてしまった。
 長い石段を上り終え、鳥居を潜った所でくるりと後ろを振り返る。高台なので、正面に夜空が広がった。
 瞬く星が夜空を彩り、普段より明るく輝いている。
 そこには月がなかった。

 (……今日は朔の日なんだ。)

 現代で日常を送っていると、月の満ち欠けを特別意識することは少ない。建物や自然、風景は全く違っても、空だけはあの時代と変わらないのに。

 右手の小指に目を向ける。
 もちろん、糸なんてない。

 運命の赤い糸が本当なら。

 彼の小指には、赤い糸が繋がっているのだろうか。
 その糸は、誰と繋がっているのだろうか。

 あの頃――何も疑わず、ただひたすら彼を信じていた頃。
 この手はその赤い糸で繋がっていたのだろうか。
 もしそうなら、今もまだその糸は繋がっているだろうか。

 月のない夜空に右手をかざす。

(犬夜叉……どうしてる?)

 ずっとこれから……私は犬夜叉のいない世界で生きていかなきゃいけない?

 どんなに見つめても小指に糸は見えない。
 ただ静かに、煌めく星と漆黒の空が広がるばかりだった。







 家で休めばいいと言う仲間の誘いをかわし、村からそんなに離れていない木の上で一人過ごす。人間の身体だと、いつもは一飛びの木に登るのも厄介だった。
 それでも此処を選んだのは、この木の上なら妖怪に見付かる可能性が低く、何より骨喰いの井戸が見えるから――。

 一人になると必ず足を向けてしまう骨喰いの井戸。
 今日も昼間に一度飛び込んだ。結果はいつもと変わらなかったが。
 最近は、残念な気持ちとやはりかという気持ちが入り乱れる。そして、そのやはりという気持ちを抱くようになった自分が、一番口惜しい。

 夜空を見上げれば、煌々と輝く星々。
 時を隔てた彼女の世界でも、同じように輝いているだろうか?
 星の光は繊細だ。月明かりの影響を受けない朔の夜は、はっきりと見える。
 逆に言えば、星もなくなってしまえば夜空は闇に包まれてしまう。
 四魂の玉の中のような……真っ暗な闇に。

 あの時。

『かごめはおれに会うために生まれてきてくれたんだ。そしておれも――かごめのために……。』

 四魂の玉の闇の中で、犬夜叉が確信した想い。

 浮かんだ言葉はただ二文字。

 『運命』。

 でもそれを、かごめ本人には伝えていない。
 伝えようにも、かごめがいない。

 彼女の世界で――犬夜叉とは違う世界で、きっと幸せに生きているであろうかごめには。

(かごめ……今頃どうしてる?)

 伝えたいことがたくさんある。
 いつかちゃんと……伝えられるだろうか?



***



「見て!こんなにすぐいっぱいになっちゃった。」
 春だね、と土筆や蓬などの山菜で溢れる籠を見せながら、犬夜叉に声を掛ける。
「おー。」
 春の陽気にうつらうつらとしていたのか、返ってきた声は心地良さそうだった。
 早いもので、かごめが高校を卒業してお嫁にきてから一年が経つ。四魂のカケラを巡って此処で過ごした期間よりも、こうやって平和に過ごす日々の方が長くなった。

「帰ろっか。食材もたくさん採れたし、早めにご飯作るから。」
 草むらに座り込んでいたので、袴についた草や土を払おうと立ち上がった時。
「あ。」
 かごめの袴の糸が、ツンと犬夜叉の右手の小指に引っ掛かる。
 その瞬間、かごめの脳裏に、過去の思い出が二つ浮かんだ。

「……前にもこんなことあったよね。」
「そうか?」
「犬夜叉の衣の糸が私の小指に引っ掛かって……。」
「あー」
 思い出したように返事をしながら、犬夜叉は長い爪に絡んでしまった糸を引き千切ろうとする。
「あ!待って!」
「なんだよ?」
 かごめは犬夜叉の小指に、その糸を更に巻き付けた。
「おい!」
 彼女の意図が読めない犬夜叉は、抗議の声を上げる。
 しかし、そんな彼に構わず、かごめは根元を自分の小指に巻き付けてから袴の糸を引き千切った。
「犬夜叉。赤い糸の伝説って知ってる?」
「はぁ?」
 あかいいとー?と怪訝そうに呟く。
「運命の人とは赤い糸で繋がってるんだって。」
「運命……。」
 そんな女の子の夢みたいなロマンチックな話、犬夜叉にしても仕方ないかもしれないけど。内心そう思っていたが、意外にも彼はかごめの話に真面目に耳を傾けているようだった。
「こうやって右手の小指がね、見えない赤い糸で繋がってるって……。」
「……。」
「ちょっとやそっとじゃ解けないわよ。」
 見えない糸に頼るより、自分で繋いでしまえばいい。
 顔の前に小指を立てて笑うと、犬夜叉にその手を掴み返された。
「え?」
 犬夜叉が器用に爪を使って、自分の衣の紐を引き千切る。
「糸なんて細いもんじゃねぇだろ。」
 言って、その紐を小指に結ぼうとする。
「ちょ、ちょっと……。」
 大きな紐が絡まると何だか擽ったい。
「かごめ。」
「ん?」
 神妙な声で名前を呼ぶから、ドクンと心臓が跳ねる。 
「……いや、なんでもねぇ。」
「何よ。」
 拍子抜けしてしまった。
「……。」
「も〜なんなのよ。」
 さっきまでとちょっと様子が違うので、不思議に思っていたら。
「お前が生まれてきてくれてよかった。」
 声は小さかったが、はっきりとかごめの耳に届いた言葉。
「え?」
 思考が一瞬停止する。
「……も、もう一回言って!」
 よく聞こえなかったから、と続きを言い終わらないうちに。
「言わねぇ。」
 と犬夜叉が即答する。
「……イジワル。」
「おい。聞こえてんじゃねーか?」
 仏頂面の犬夜叉にふふっと微笑む。顔が赤いことには気付いている。
「私も、犬夜叉が生まれてきてくれてよかった。」
 何を思ったのかは分からないけど、率直な犬夜叉の言葉は嬉しい。だからかごめも、素直な言葉で返す。
 肩に頭を凭れれば、クイと反対の肩に手を添えて引き寄せられた。何か返事が返ってくるのかと思ったけれど、待っても返事はない。横目で表情を窺おうとしたら、させるかとばかりに更に強く引き寄せられた。気になったけど……顔を覗くのは諦めた。

「アンタに会えてほんとによかった。」
 出会えたことに感謝してる。

 だからやっぱり、桔梗にも。
 色々たくさん、感謝してるの。
 ……悔しい気持ちも捨てきれないけど。

 全部受け入れて。
 やっぱり、信じて。

 色んなことを乗り越えながら、私は強くなれた?
 犬夜叉と一緒に、強くなれた?

 これからも一緒に、強くなれるかな?

 毎日を積み重ねながら、繋がった糸を太くしていけばいい。
 そうやって、何があっても切れないように、強くしていければいい。


 今なら確信を持って言える。


 私の赤い糸は時空を越えて、
 運命の人と繋がっている。






*****
【運命】
人間の意志を超越して人に幸、不幸を与える力。
また、その力によってめぐってくる幸、不幸のめぐりあわせ。
運。




犬夜叉のあの独白が好きで。かごめはおれに会うために生まれてきてくれたんだ。

あの回のサブタイトルを【運命】と付ける留美子先生のセンスが好きで。

やっぱ天才だよね留美子先生。



ちょっとコナンネタが入ってるのは完全に私の趣味(笑)
書いてて楽しかったー!!






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