一緒 | ナノ






「っくしゅん!」
 つんと冷たい空気が鼻をついたと同時に、小さなくしゃみが出た。急いで口を覆った手が悴む。

「風邪か?」
「違うと思うけど……」
「着てろ」
 返事を待たず、犬夜叉は火鼠の衣を脱いでかごめの背中にかける。
「……ありがとう」
 巫女の上衣より少し重い。鎧代わりなだけあって、しっかりとした生地はあたたかい。
「帰るか?」
「待って。あとちょっとだから」
 山菜と薬草で普段の8割程になった籠を見せると、犬夜叉はそれ以上は何も言ってこなかった。

「山菜摘みも少しは慣れてきたと思わない?」
「ん?あぁ、そうだな」
 山菜や茸類は食べられるものと食べられないものの識別がなかなか難しい。かごめも初めは似たようなものと間違うことが多く、帰路につく前に犬夜叉が確認とばかりに嗅ぎ分けていた。最近やっと犬夜叉の判別に引っ掛からなくなっている。
「料理はまだ教えて貰うことばっかりだけど…洗濯は随分慣れてきたのよ」
「……あぁ」
「あんまり興味ないって感じね」
「な!そうじゃねぇ」
「いいわよ別に」
 プイと犬夜叉とは反対の方向を向いて、山菜摘みに集中する。

「これとか…どっちだろ?」
 顔前に持ってきて、緑色の葉を凝視した。透明なガラス玉のような実が生っている他に、変わった特徴はない。
「やべぇ匂いはしねぇけど…」
 クンクンと鼻を鳴らしながら、かごめの手元に顔を寄せる。
「…っ!!」
 思いがけない至近距離に、一瞬で頬が熱を持つ。
「怪しいやつは退けといた方がいいんじゃねーか?」
「う、うん!」
「かごめ?」
 顔赤ぇぞ、と言いながら、額に少しひんやりとした手が触れる。
「熱はねぇか…やっぱり帰るぞ」
「だ、大丈夫だから!」
 かごめの腕を引いて立ち上がらせようとした犬夜叉に、慌てて告げる。

 戻ってきてから…ずっと感じていた。
 それを今また実感した。

 犬夜叉は優しくなった。 
 前からホントは結構優しかったけど。
 再会してからは、特に過保護なほど。

 慣れない優しさがくすぐったくて落ち着かない。
 すごく嬉しいけれど、時々心配になる。
 何か我慢とか遠慮とか……してるんじゃないかって。

(犬夜叉にかぎって…ないか。余計な心配よね)
 気を遣わせているんだったら、それはなんかイヤだ。
 ひねくれてるけど素直だから、聞いたら答えてくれるかもしれない。

(でも、「アンタ優しくなった?」なんて…聞けないもんなぁ)
 悪いことじゃない。寧ろ嬉しいことだ。
 ただちょっと、戸惑っているだけ。
 

 物思いに耽っている間、先程手に取った植物を無意識に強く握っていた。
 納得していない様子の犬夜叉に、何か声を掛けようと口を開きかけた時。
 ガラス玉のような実が一粒、地面に落ちた。

「ん?」
 手に違和感を感じて見てみると、植物から怪しい蒸気がもくもくと舞い上がっている。
「きゃ!!」
「かごめ!」
 妙な光を放つそれを急いで振り払おうとするが、蔓が生えてきて絡み付く。
「犬夜叉!!」
 お互い手を伸ばすが間に合わず、地面から現れた大きな透明の空間に、かごめは飲み込まれた。

「出られない…」
 目の前には先程と変わらない風景が広がっているのだが…ガラスのような壁にかごめは閉じ込められてしまった。
 ドンドンと壁を叩いてみるけれど、びくともしない。
「上も…同じか」
 犬夜叉が跳躍して確かめてみるが、完全に包み込まれてしまったようだ。

「少し離れてろ」
「うん」
 言われた通り、狭い空間の中で出来るだけ後ろに下がってみる。

(頼むぜ、鉄砕牙!)

 ガッキーン!!

 鉄砕牙で思い切り斬りかかるが、大きな音を響かせて跳ね返された。
 しかも。

「な!?」 
 シューっと音をたてながら、鉄砕牙の変化が解け、ただの錆刀に変わる。
 巨大化しても殆ど妖気を感じない。こんなのただの雑魚妖怪だ。普通なら鉄砕牙で斬れるはず。
 鉄砕牙の変化を解くほどの力があるということは……。

「コイツ…かごめの霊力で強くなってんのか?」
「私?」
 一応、赤い鉄砕牙も試してみたが、結果は同じだった。散魂鉄爪も。

「どうにか一瞬か1ヶ所でもお前の力緩めらんねぇか?」
「って言われても……弓矢もないしどうすれば…」
 弓矢以外の方法を考えるが、なかなか思いつかない。

『巫女に必要なのは集中力じゃな。集中力で霊力を扱う』
 いつか楓が言っていた言葉を思い出す。
 集中力ということは…。

「一瞬でも霊力が別のとこに集中すればいいのよね?」
 かごめが自分で使える霊力。
 破魔矢は弓矢がないからダメだ。浄化もこの場合役に立ちそうにない。結界や呪いはよく知らない。

(あと私が知ってる霊力的なものなんて…言霊くらいしか…)

「ん?言霊…?」
 自然と視線は、犬夜叉の首元に行く。
「ことだま?ゲッ」
 かごめの呟きで予想がついたのか、犬夜叉が身構える。

「ごめん!……おすわり」
 一応謝ってから、小さめに告げる。
「ふぎゃ!!」
 言霊の念珠が光り、犬夜叉が地面に叩きつけられるのと同時に。

(出して!出して!!)
 かごめはありったけの思いを両手に込めて、目の前の壁を叩いた。

 パリーン!!

 かごめの手元が光り、ガラスのような壁は彼女の前だけ砕け散った。

「やっ…た!」
 安堵して犬夜叉の元に駆け出そうとした時。
「キャッ!!」
 先程手に絡みついた蔓が、今度は逃がさないとばかりに足を捕えた。
 根元の方から、凶暴化した根と茎が襲いかかってくる。
「伏せろー!」
 声と同時に身体を伏せると、地面から這い上がった犬夜叉が鉄砕牙で植物妖怪を切り捨てた。



「怪我はねぇか?」
「うん」
「珊瑚が妖怪退治用に同じようなやつを持ってた。…悪い。油断した」
 今思い出したのか、悔しそうに顔を顰める。なるほど、珊瑚のような退治屋が手を加えれば、敵を閉じ込めるのに上手く使えそうだ。
「ううん。犬夜叉のせいじゃないし…。そっか、植物の知識だけじゃなくて、妖怪のこととかももっと覚えなきゃいけないんだ」
 珊瑚だったら、楓だったら……桔梗だったら、絶対こんなことにはならない。
「ごめん…。私、何にも知らない上に、自分の巫女の力すら上手く使いこなせなくて…」
 最近、無力な自分を思い知るばかりだ。俯いてる時間があったら早く慣れようと思っているのに、なかなか上手くいかない。
「生活が向こうと違うから、家事とか全然役に立たないし…」
 ダメだ。弱音なんか吐きたくないのに。涙腺が緩むのを必死で堪える。
「でも…私はここで生きていきたい」
 犬夜叉と一緒に。
「早く珊瑚ちゃんや楓ばあちゃんみたいになれるように頑張るし……みんなの役に立てるように強くなるから」
 巫女なんだから。今日だって、ちゃんと弓矢を持ってくればよかったんだ。犬夜叉がいるから大丈夫って甘えてた。

 強くなりたい。

 違う世界から来たかごめを、受け入れてくれるみんなのために。
 何より、待っててくれた目の前の彼のために。
 ずっと一緒にいたい……自分のために。

「だから…」
「ばーか」
「え?」
 ずっと黙って聞いていた犬夜叉が、盛大に悪態をつきながら、かごめの腕を引く。
 そのまま火鼠の衣ごと、持ち主の腕の中にすっぽり収まった。
「そんなこったろうと思ったぜ。やたら気合い入ってると思えば…」
「い、ぬやしゃ…?」
 頭上から、不機嫌そうな声が落ちてきた。
「どーせ言うんだろ。そばにいさせてーって」
 最後はかごめの声真似だろうか?照れているのか、少し唇をとんがらせて言う。
「…私、そんな話し方じゃないでしょ」
「けっ。言うことは図星だろ?」
「……」
 否定は出来ない。だからちょっと悔しい。
 なんかやっぱり…犬夜叉はちょっと大人になった。
「かごめはかごめだ。自分でさんざん言ってたじゃねーか。別に珊瑚や楓ばばあみたいになる必要はねぇし…強い巫女じゃなくていい」
 『強い巫女』で頭に浮かんだのは、きっと二人とも同じ人物だ。
「かごめに、そばにいてほしい」
 おれが絶対守るから。今なら真っ直ぐ彼女の顔を見て言える。
 かごめは一瞬驚いたように大きな目を見開いて、それから目尻を潤ませて彼の名を呼ぶ。
 その響きがじんわり心地よくて…クラクラする。
「ずっとだ!」
「……うん」
 はっきり断言すると、かごめは幸せそうに微笑んだ。





「犬夜叉、大人になったよねー」
 いつものように、かごめを背に乗せて村への帰り道を走っていた。
「はぁ?」
「なんか…私ばっかりドキドキしてる」
 背中にピッタリくっついて、小さく呟いたのを聞き逃さなかった。
「な゛!」
 軽やかに駆けていた足が止まる。
 心外だ。人の気も知らねーで、とはこのことか。
「おめーそれ本気で言ってんのか?」
「……うん」
 背中の彼女が小さく身動ぎした気配を感じる。
 犬夜叉は肩に乗せられていたかごめの左手を前に引き、自分の胸まで伸ばした。
「犬夜叉?」
「走ったからだと思うか?」
 トクトクと脈打つ心臓の音が、早い。
 かごめよりも一回り大きな手が、上から添えられている。
「犬夜叉……下ろして」
「お、おう」
 言われた通り、少し屈んで彼女を背から下ろす。
「こっち向いて」
「…なんだよ?」
 クルリと向きをかえた犬夜叉の顔が、夕日に照らされて赤い。
 口調も、かごめの様子を窺う表情も、以前と変わらない。
 それに気付いて、頬が緩む。
「歩いて帰っても…いい?」
 隣に立つと同時に、かごめの手がやんわりと犬夜叉の手に触れる。
 ここから歩くとなると、日暮れまでには帰りつけないかもしれない。
 それでもまぁ…いいか。
 返事の代わりにかごめの手をしっかりと握り返し、歩幅を合わせて歩き出した。






*****
三年後の再会からそんなに経ってない新婚さんの話です。

三年って長いから。結構。
だからお互い少し緊張してればいい。
変わらない魅力とか新しい魅力とかに触れて、また改めて恋に落ちるような。
そんな初々しい恋人夫婦下さい。でも戦いとなると、息がぴったりの熟年夫婦な犬かご下さい。

お話とあんま関係ないけど…。
犬夜叉はかごめのことを、大切な『ただの女』として扱ってるんじゃないかなって。巫女とかそんなの関係なく。
それは桔梗の願いでもあったから、かごめを桔梗に重ねてるとかじゃないけど…ただの女として大事にしたいと思ってくれてればいいなぁって思いました。
でもまぁ、かごめはただの女にしては強くて心広くて優しいよね〜とも思います。(結局なんなんだ)
一方かごめは戦国時代で生きるために、巫女としても強くなりたいって思うんじゃないかなって。
まぁ巫女なのに旦那さんいるんですが(笑)旦那のためにも巫女として強くありたいと思ってるんじゃないかなって。
2番目じゃなくて2度目。2度目の恋。2度目の大切な女。ってこれ書きながら辿りつきました。2度目で運命の人なんじゃない?
そんな感じなんだけど文章力なくて…残念!(笑)
犬かご可愛いよ可愛いよ!好きだよー!!











×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -