『薄桜鬼』 | ナノ






「…欲しいんですか?」
血が…、とその愛らしい顔を辛そうに歪めて問い掛ける。問う、というより核心を持って確かめているようだった。
あぁだから。だから知られたくなかったというのに。
千鶴が蝦夷に来て、一つ大事な想いを打ち明けてからは…全てお見通しというように、何も隠せなくなってしまった気がする。
土方がこれまで気力で保ってきたもの全てを、優しく包み込みこんでいくようだった。

「……っ…」
千鶴が来るまではずっと一人で耐えていたのに。
一度知ってしまった彼女の味は…決して消えない。

「私の血を飲んで下さい。もう…苦しまないで下さい」
躊躇する土方を慈しむような目で見つめ、千鶴は訴える。

「土方さんは私を守ると言って下さいました。だから…私も土方さんを守りたい。きっと思いは同じです…。飲んで下さい」
お願いです、と掠れてゆく声を聞いてしまうと、ギリギリで保っていた男の意地も無駄な抵抗に思えた。
元々土方が欲しているのだ。のたうち回るほど、千鶴の血を。

彼女の白い首筋にゆっくりと指で触れる。
薄い柔肌の下には真っ赤な命の水が、脈打ちながら流れているのが分かった。

「父様が山南さんに話していました。私の…鬼の血は、羅刹を鬼に変える力があるかもしれないと。鬼なので…傷も、すぐに塞がります」
後押しするように囁く。
鬼と何度も紡ぐ千鶴の表情は、土方には見えない。

グイッと千鶴の肩を掴み、背を向かせた。

「お前が鬼だかどうかは関係ねぇ。俺は目の前の女に触れたくて…身も心も全て欲しくて仕方ねぇ…」
後ろ姿でも、彼女が小さく息を飲むのが分かった。

「千鶴の全てが…」
欲しくて仕方ないのだ。

背後から抱きすくめて、兼定を抜く。

彼女にこの愛刀を向けるのは何度目か。
それでも一度も、実際に彼女を傷付けたことはなかった。

「男はみんな化けモンだ」
首筋に顔を埋めて囁く。
項に刃を立てた。

「っ…」
少し掠っただけで、紅い滴が涌き出てくる。

「振り向くなよ。お前はこんな化けモン見なくていい」
始めに舌で舐めとり、それから口付けて千鶴の血を啜る。
渇いた大地が潤うように、身体中に染み渡り…満たされていくようだった。
赤から金色へと色付いてゆく瞳は、誰にも見えない。


土方が腕の力を緩めたのと同時に、千鶴は振り向き、目と目を合わせて向かい合う。

「私が…化け者なんです…」

土方は一瞬息を飲んだ。

目一杯に涙を溜めて、吸血後の貧血に耐えるように自分の体を両腕で支える千鶴の姿は、

「私が…土方さんに生きて欲しいという私の勝手な思いで…私と同じように変えてしまったのだとしたら…」

白銀の髪に黄金の瞳。
そして、額から生えた四本の角。

話続ける本人は気付いていないようだが、明らかに普段の千鶴とは違った。

「変若水を飲んだのは土方さんです。原因が私にあるとしても…土方さんは優しいので自分で選んだと言って下さいます。それでも本当は羅刹になんて…。その上、私が無理に飲ませたから…」
溢れた涙は堪えきれずはらはらと頬に落ち、輪郭に沿って床へと落ちる。

人でもない。
羅刹でもない。
勿論、本筋の鬼でもない。

全く未知の存在となってしまった土方の身を案じているのだろう。

「お前と生きられるなら」
芯のある声。
かつて荒くれ者の集まりであった新撰組を動かしていた…誰もが彼なら大丈夫だと信じて疑わない真っ直ぐな声。

「死んだ亡霊みてぇなこの残りの命。お前と近いモンになって、お前と生きられるなら…望み通りじゃねぇか」
「土方さん…」
俯き顔をクシャクシャにしていた千鶴が顔を上げる。
その頬に触れ、目尻の涙を優しく拭った。

「うだうだ考える隙もすぐになくしてやる 」
言うが早いか、彼の唇で千鶴のそれは塞がれる。

「っ…」
「それに…惚れた女に口付けられて嫌がる男はいない」
やられっぱなしは俺の性分じゃねぇけどな、と目を細めて、これまでよりも深い口付けを繰り返す。
そのまま千鶴を初めての甘い世界へと誘うのだった。
















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