Tomorrow never knows | ナノ
人の心は移ろいやすくて
先の見えない未来に似ている
【Tomorrow never knows】
「「こんにちは〜!」」
「いらっしゃいませ…京四郎!朔夜さん!」
久しぶりに顔を出した二人を、ゆやは笑顔で迎え入れた。
「店、いいんですか?」
「いいの。そろそろ買い出しも行かなきゃいけないし…どうせ今日は早めに閉めようと思ってたから」
『商い中』のプレートをひっくり返し、看板を店内に仕舞いながら、ゆやはあっさりと返した。
「手伝いますよ」
暖簾に背伸びして手を伸ばすゆやの後ろから、京四郎がヒョイと手を伸ばして取ってやる。
「ありがとう。でも大丈夫よ!普段やってることだから」
暖簾を受け取りながら気丈に返した。
「アイツは今日も散歩中…ですか?」
「そうなの。いったい何処ほっつき歩いてるんだか」
そのうち帰ってくると思うんだけど、と呆れたように呟く。
「今度会ったら僕から言っときますよ」
ゆやさんが寂しがってたって、と悪戯っぽく笑った。
「寂しいんじゃなくて呆れてるの!」
ゆやは少し頬を染めながら京四郎に言い返す。そんな感じで続く二人のやり取りを、朔夜は静かに聞いていた。時々楽しそうに笑いながら。
家に上げて貰ってからも、二人の話題は尽きない。旅をしていた頃の話、狂の話、他の仲間達の話。中には朔夜が初めて聞く話もあった。
「ちょっと御手洗いに」
「あ、縁側の先に…」
「もう何回か来てるから大丈夫ですよ」
案内しようとするゆやに断ってから、朔夜は席を立った。
縁側への障子を開けた瞬間、押し寄せた冷たい空気に小さく身震いする。春といってもまだまだ肌寒かった。
すぐに用を済ませ、体を縮めながら暖かい部屋へと戻る途中。
「さくら…」
庭に咲いた大きな桜に目が留まる。
まだ大半が蕾の一分か二分咲き。京四郎と朔夜の薬屋の桜は、まだ蕾が膨らみだしたくらいなので此方の開花の方が随分と早い。
京四郎と朔夜にとって特別な意味を持つ桜。
まだ先だと思っていた淡く色付いた花を見つめていると…何故か不安が押し寄せてきた。
知っている。
ゆやがどれだけ狂を信じているか。
狂が居ない三年間の彼女を見ていたし、狂が生きていると星が教えてくれた時、真っ先に京四郎に伝えた。
そして「ゆやさんに伝えなきゃ!」と二人で声を揃えた。
今だって狂はいないけれど、ゆやの笑顔は周りを照らすようで…倖せだと分かる。
なのに…否、だからこそだろうか。
二人に本当に大事にされているゆやが羨ましい。
彼らにとって彼女は特別で。過去から現在に続く時間の中、朔夜が入り込めない場所が確かにあって。そこではゆやが狂と京四郎の間で笑っている。
自分の感情が悲しくて、縁側に座り込んで膝を抱いた。
京四郎と再会してから見る桜はいつも綺麗で…こんなに切なくなることはなかったのに。
(ゆやさんのことも…大好きなのに)
そう思って、顔を膝元に伏せてしまおうとした時。
「朔夜」
「…!」
いきなり後ろから抱き締められ、驚いて振り向く。
「ビックリした?」
目と目を合わせ、アホ毛をクリンと立てて京四郎が訊ねてきた。
包み込むようにギュッと腕を回し、優しく笑う。
(私の心…見透かしてるの?それとも何も知らずに?)
どちらにしても。
そっと彼の手に触れれば、昔と変わらず温かかった。
この温かさを知っているのが自分だけじゃなくなっても。この先も隣を歩くのは自分だと……強く信じている。
「朔夜…遅いですね」
「そう?」
京四郎の呟きにゆやはキョトンとした表情を返す。
「でも女性の…あんまり急かしちゃダメよ」
「そういうことじゃなくて!」
言い難そうにゆやが言うので、京四郎は少し口調を荒げた。
丁度その時、ガラッと玄関の引き戸が開く音がする。
「狂だわ!丁度良かった」
夕飯は四人分ね、と椅子に掛けてあったエプロンを着けながら、ゆやは玄関へ向かった。
玄関先で草履を脱いでいると、ゆやの物ではない履き物が二組あることに気付いた。客人の多い家なので、別段驚きはしない。
丁度段差を上がった所で、見慣れた笑顔が奥から出てきた。
「おかえりなさい!」
「……」
狂がただいまと口を開きかけた時。
「おかえり〜♪」
お邪魔してるよ、と京四郎が顔を出す。
「…朔夜は?」
「一緒だよ!ちょっと様子見てくるね」
京四郎はまたすぐに家の奥へと向かう。
「様子?」
「…ちょっと御手洗いから戻ってくるのが遅くて」
ゆやは控えめに説明する。
「私は、女性だしほっといてあげた方がいいと思うんだけど…」
京四郎って心配性なんだから、とあらぬ方向で考えている模様。
「…なわけねぇだろ」
「え?」
キョトンとするゆやを狂は可笑しそうに笑う。
「縁側で桜でも見てんじゃねぇか?」
「あぁ」
納得したように声をあげ、一人ズレていたことに気付いたゆやは頬を赤らめた。
縁側の先に厠がある。この時期、開き始めた桜は意識していなくても通る人の目を引く。
「暫く戻って来ねぇかもな」
言って、狂は京四郎の去った方向を見つめた。
(あ、また…)
彼は時々、桜を見つめながら遠い眼をする。そこにはゆやの映らない…淡い色がある。
そして、それに気付く度に実感する。
過去から現在への時間の中、朔夜はゆやの入り込めない場所に、ごく自然に居る。
狂と京四郎と朔夜、三人の空間。
それがとても特別に見えて。似合っていて。だからこそ…羨ましくて。
過去には戻れないからゆやはそこに居ない。けれど、ゆやにとって望と過ごした時間も掛けがえのない大切なものだから。過去は過去として受け入れられる。
「狂、」
着流しの裾を引っ張って狂を見上げた。
「?」
視線をゆやへ移し、意図は分からなくても少し屈んでくれる。
「おかえりなさい」
耳元で囁いて、強請るように目を瞑る。
今を大事にしていきたい。後悔したくないから。
「……ただいま」
耳元で低音が響いて…鼻を摘まれる。
「ふっ!?」
驚いて抗議の目を向ければ、
「何期待したんだ?」
と意地の悪い笑みで問い掛けてくる。
「…バカ」
どうせそんな奴だ。ゆやの気持ちなんてお構いなし。
「さて夕飯何にしようかしら!?材料足りないかも!誰かさんがいつもいきなり帰ってくるから!お酒ももうなかったかも…!」
べ〜っと舌を出しそうな勢いでゆやは捲し立てる。
そんな彼女に喉を鳴らすのを堪えて。
「ゆや」
腕を引く。
「…?」
振り向いた彼女の唇に自分のそれを重ねる。同時に腰へ手を回しエプロンの結び目を解いた。その間にも舌で唇をこじ開ける。
「期待通りだと…此処でこうなるぜ?」
「ちょ…ダメ…!!」
そんな期待してない…!!と途切れ途切れに訴えるが、動じる鬼ではなく。
「所構わず誘うな」
そう言って開放したのは、たっぷり口内を堪能し、ゆやの呼吸がいつもより随分と早くなってからだった。
「っ…!」
誘ったつもりなんか…!所構わずはアンタでしょ…!色々文句を言いたいのだが、暫くぶりに凭れ掛かった胸が心地良くて…どうでもよくなった。
どんなに勝手でも支える腕は優しい。それを知っているから、求めるままにゆっくりと深く息を吸う。
ゆやの胸一杯に、染み付いた煙草と酒の匂いが広がった。
人の心は移ろいやすくて
先の見えない未来に似ている。
それでも何があっても誰かを信じてる。
その想いこそが愛だと思うの。
*****
狂と京とゆやと朔夜ってやっぱちょっと特別だと思って。
狂は朔夜好きだったし、京も…ね、朔夜がいなくて狂がいなかったらゆや好きになってそうだし。あの抱き締め方はただの「ありがとう」だけじゃなくて愛しさ籠もってると思う。
そんな話です。(何)
女性陣サイドの話だけど、私の気持ち的には男性陣サイドがミスチル(笑)
いつか男性陣サイド書いてみたい。