カウントダウン | ナノ
望みは一つ。
自分をここまで突き動かすのは、その一つだけ。
確信はない。
けれど、確信よりも強く儚いものを持っている。
それは、頼もしくもあり…
時に、息が詰まる程切ない。
【カウントダウン】
「おぉ!?ゆやちゃん!!今回もなかなかの収獲だね!!」
「もちろん!!元賞金小町をなめてもらっちゃ困るわ!!」
すっかり顔見知りになってしまった役人との談笑。
「それで…」
「伝説の賞金首の情報だろう?…残念ながら今回もそんな情報はなしだよ」
「そうですか…」
「紅い眼なんてそうそういるもんじゃないから…これだけ探しても見つからないのは…」
役人の言葉に、翡翠色の双眸が切なげに震える。
それでも、
「ありがとうございました!!またすぐ聞きにくるかも知れません。賞金稼ぎへの聞き込み…お手数ですが、お願いします」
そう言って深々と頭を下げると、番所を後にするために踵を返した。
「ゆやちゃん…」
役人は眉を顰めて、去っていく彼女の背を見つめる。
「今の女(ヒト)は…?賞金稼ぎじゃないんですか?」
最近入ったばかりの新人が、狙っちゃおうかな…、と鼻の下をだらしなく伸ばしながら呟いた。
「やめときな。ゆやちゃんはお前なんか相手にしないよ」
「何かあるんですか?」
問われた役人は少し迷ってから口を開く。
「いるんだよ。忘れられない人が…」
「さっきの賞金首…ですか?」
「あぁ、おそらく。もうすぐ三年になるなぁ…。なんとか会わせてやりてぇんだが…」
俺達じゃどうしようもねぇ、と役人は続けた。
番所で手に入れた賞金で、街道沿いの古びた旅籠に泊まる。
海から然程離れていないので、小窓をあけると、潮風にのって波の音が聞えてきた。
「今回も情報なし…、と」
大体予想してはいたので、そこまで残念ではなかった。
それでも…
「何処にいるの…?」
半ば無意識にそう呟く。
『彼』を探しはじめて…もうすぐ三年になる。
「絶対生きてる…」
それだけは信じて疑わない。
ただ、その先にある願いが…
叶うかどうかは分からない。
もちろん、そちらも信じている。
信じていなければ、自分のこの三年間はただの空虚と化してしまう。
「……」
潮の香りがプン、と鼻をつく。山道ばかりを歩いてきたので…海の香りには馴れていなかった。
その所為か、褥に入ってもなかなか寝付けない。
「海、か…」
呟くと無性に見たくなる。
同じ一人の空間ならば、このような狭い場所よりも…何処までも続く広い海がいい。
小袖を幾重か着込んで、波音を頼りに、海辺を目指した。
海原には月影が映っていた。
夜空を映す深い深い漆黒の中にゆらゆらと光る金色の道。
「……」
膝を抱えて海辺の小さな丘に座り込む。
潮風が以前より少しのびた髪を擽る。
背も…ほんの少しのびたかもしれない。
時の流れは容赦なくやってきて、全てを変えていく。
皆、変わっていく。
それぞれの道を歩きだしている。
それなのに…
自分だけ変わらない。
否、変われない。
外見だけは成長しても…
心はずっと同じ場所に留まっている。
仲間達が変わっていくのが嬉しくもあり…淋しくもある。
彼らの近状を聞くたびに、『彼』から遠ざかっていくような気がして…
もう、『彼』に逢えないような気がして…
…恐い。
胸が詰まる。
『…』
心の底で名を呼んだ。
声に出したら、泣いてしまいそうだから…
まだ、口には出せない。
願いは一つだけ。
そのために三年を費やした。
そして、これからも…
叶うまで、ずっと。
ずっと、ずっと変わらぬ願い。
「…逢いたい、よ…」
小さな囁きは潮風にのって…
遥か彼方まで飛んでゆく。
「……」
頭の片隅で響く声に、漢は足を止めた。
時折聞えてくる、懐かしい奴らの声。
中でも一番頻繁に響く者の…
自分に囁きかけてくる、泣くのを押し殺したような声。
あと少し…
あと少しだけ…
そうすれば、
もう、彼女のそんな声を聞かずにすむ。
変わりに、以前のような笑顔が見れる。
暗い夜道を歩く漢は、先程よりも足を速めた。
運命の再会へのカウントダウン開始。
***
死ネタでも別れネタでも片想いネタでもなく、切ない話が書けるようになりたい。
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