手当 | ナノ

これ以上傷が増えないで欲しいと思う。
せめて、痕が残らないで欲しいと願う。

それでも、一つ一つに意味がある。
誰かの信念と生き様と…。

そう気付いてから、時々愛しく感じるの。


【手当】


「ホント手際がいいな」
 アキラの傷の手当をするゆやをジッと見つめていた時人が、感心したように呟く。
「慣れちゃったから」
 真面目なその声にゆやは苦笑した。
「生傷の絶えない大所帯だったので、ゆやさんには随分お世話になりました」
 着物を羽織りながら、申し訳なさそうにアキラが告げる。
「今も世話になってるしな」
「まともに包帯も巻けない貴方とは大違いですよ」
「や、やったことないんだから当然だろ!?」
「話になりません」
「〜〜〜!!ボロボロで手当されといて、偉そうだぞ!」
 最近聞きなれてしまったアキラと時人の言い合い。
 なんだか微笑ましく思いながら、ゆやは薬箱に道具を仕舞いこんだ。
「知ってて損はないので、良ければ教えましょうか?」
 薬箱を抱えて、部屋を出る前に尋ねる。
「あれ?薬箱は、いつもココじゃ…」
 ないのか?と、時人は部屋の端の箪笥の横を指さした。
「必要としてる人がもう一人いるんです」
 小さくため息をつくように告げ、ゆやは部屋を後にした。

 狂は縁側に座って、庭先に咲いた秋桜を眺めながら紫煙を燻らせていた。
 梅雨明けにゆやの蒔いた種が、丁度満開を迎え風に靡く。薄紅や桃色の中に白も揺れていた。
「煙草の前にすることがあるんじゃない?」
 いつの間にかアキラの手当を終えたゆやが、見慣れた薬箱と共に隣に座り込む。
「……」
「左腕。出して」
 迷いのないその声に、狂は少し顔を顰めた。
「……」
「ほら脱いで!」
 有無を言わさぬ強引さで着流しの襟元を掴み、彼の左上半身を露わにする。
「やっぱり…」
 左腕の刀傷から、半分固まりかけの血が流れていた。
「消毒もしないでほっとくと、化膿しちゃうじゃない」
 黒の着流しは血の色が目立たない。だから、一見しただけでは分からない。
「アキラさんがあんなに怪我してて…狂だけ無傷なわけないもの」
 眉をつり上げて睨んでくる。その目を真っ直ぐ見つめ返せず、狂は無言で煙管を床に置いた。
 彼の観念した仕草に、「そういうところ何年経っても変わらないんだから…」と、ゆやは慣れた手つきで手当を済ませていく。
 いつまで経っても手のかかる…大きな子どもを世話しているようだ。狂の腕なら包帯がどれくらいの長さ必要かとか、腹ならどれくらいとか、いつの間にか覚えてしまっている。もちろん他の仲間達の分も。
「毎回少しずつ、傷が増えてるんじゃない?」
「馬鹿言え」
 包帯を巻きながら放ったゆやの言葉に、狂は鼻で笑った。まだまだ余裕のある笑み。
「オレ様が負けると思うか?」
「ううん。勝つわ」
 即答。
 あまりにもハッキリとした返答に、自分が訊ねておいて狂は少々面食らった。
『私は、狂を信じてる』
 彼女のブレないその強さが、彼には恐いくらいだ。
 恐いほど、失いたくないし、彼もブレないでいられる。
「……」
 彼女の少し伸びた、後ろで纏めた髪をグシャグシャと掻き回す。
「ちょ!やめて〜!」
 乱れた髪を抑えながら、ゆやは狂を睨んだ。

 狂の躯には無数の傷跡がある。
 近くで見ないと気付かない古傷から、右腹のような大きな刀傷まで。
 逆に。
 ゆやの躯には傷跡一つない。
 四年間抱えた大きな刀傷は、狂の躯の時に京四郎が消した。
 その後も、鬼神になった狂を止めようとした時にゆやが負った傷は、あの時狂が治してくれた。
 京四朗の死の病の躯の崩壊も止める…真の壬生一族の力。自分の躯の再生だって出来る。
 でも、狂の躯には傷がある。見覚えのある傷跡が。
 左手の甲には…天狼での刺し傷も。
(わざと残してるの?)
 自分の傷跡は。
 聞いて答えてくれるとは思えないので聞かないが…。
「……」
「……?」
 黙ってしまったゆやを、狂は静かに見つめている。
 一つ一つの傷に意味がある。それは何となく分かる。その命のやり取りを、重みを、大事にする気持ちも分かる。一方で、もっと自分を大事にして欲しいとも思う。
 相反する二つの気持ち。どちらも彼を愛しいと思うが故。
(手当する方の身にもなって欲しいわ…)
 人の気も知らないで。
 いつだって、早く治るように。”痛み“を少しでも和らげるように。そんな気持ちで手当しているのに。
 ゆやにとって、『手当=その人を慈しむ心』だ。治癒を司る灯だってきっとそうだろう。
「狂」
 着流しの裾を握る。
「何だ」
 鬼の眼が訝しげに翡翠を窺う。
 勝つのは分かる。信じてる。でも…。
「あんまり怪我しないで」
 声は小さくても、真摯に訴える。
 あの頃から、怪我が当たり前になっているけれど。
 狂にとっては、ゆやと会う前から日常なのかも知れないけれど。…慣れないで。
「怪我する度に…手当する方の身になって」
 見上げる翡翠は哀しげだった。
(怪我する度に心を痛める人が居ること、忘れないで)
 言いたいけれど、少し恥ずかしくてそこまでは言えない。
 でも、狂にはきっと伝わっているだろう。
「ゆ…」
 ゆやの訴えを受け、甘さを含んで呼び掛けようとしたその時。
「ゆや!」
「は、はい!?」
「……」
 思いがけない呼びかけに、声が裏返ってしまったゆや。と、無言で小さく舌打ちする狂。
「…教えてくれ」
「え?」
 少し急いで歩いてきた時人は、言いにくそうに、少しばつが悪そうに口を開く。
「包帯の巻き方…手当の仕方、僕に教えてくれ!」
 文句あるか、とでも言うように踏ん反り返って時人は告げる。
 アキラが聞いたら、「貴方は人に物を頼む態度を知らないんですか」と言う姿が頭に浮かんだ。
「…アキラさんのために?」
 自分の発想に微笑いが込み上げるのを堪える。
「そ、んなわけないだろ!自分が怪我した時とか…色々だよ!知ってて損はないんだろ!?」
「そうですね。私で良ければ…」
 ゆやは笑顔で快諾する。
「って何だよ、鬼眼の狂…!恐い顔で睨むなよ!」
 不機嫌な狂の視線に気付いた時人が、少し怯みながら訴えた。
「あん?」
「あ、いや、この顔は、元々でっ…!」
 表情の通りのトーンで返事をした狂の代わりに、ゆやが真っ赤になりながら返す。
「とにかくよろしくな!」
 そう言って嬉しそうに、時人はアキラの居る部屋へと戻って行った。
「……」
 残された狂は、厳つい顔で煙草に手を伸ばす。
「…また眉間に皺寄せる」
 言って、ゆやはその顔に触れた。んーっと声を上げながら、両手の親指で狂の眉間を伸ばしてみる。
「……」
 アホか、と呟こうとした時。
 チュッ
 眉間に温かな…柔らかい感触。
「……」
 一瞬で皺がとれた。
「ほら恐くない」
 目を見張る狂にふふふ、とゆやは嬉しそうに、悪戯っぽく微笑む。
 いつまで経っても幼さの抜けないこの妻を、どうしてくれようか。
 恐くないと言われてしまった鬼は、
「誰に向かって言ってやがる」
 と不敵に笑い返すのだった。





*****
爆発しろ!(私が)
あんまり可愛いこと言ってると、恐いよ!狼になるよ!
ってゆやに教えてあげて下さい。

最終回後はゆやは結構二人だと大胆になりそうな気がします。
けど人前だと尋常じゃなく照れそうな気がする。(笑)


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