一年越しのチョコレート | ナノ
 St.Valentine's Day。
 この日は、男女問わずみんな朝から期待と不安で胸いっぱい。
 ありったけの愛を込めて、気になるあの人にチョコレートを。
 普段はやれ死合だなどと言っている此処『侍学園』の生徒達も、いつもと違ったり…。

【一年越しのチョコレート】

 登校してくる生徒達で賑やかな朝の昇降口。
「ったく…何でオレ様がお前の朝の世話までしなきゃなられぇんだ?」
 制服を着ていても学生には見えない隻眼の漢が、隣の漢に愚痴をこぼした。
「……」
 それでも愚痴られた本人は悪びれる素振りなんて微塵も見せない。
「いくら村正校長の頼みでも、こう毎朝毎朝起こしに行くのはなぁ…」
 グチり続ける梵天丸を尻目に、漢は靴を脱ぎ自分の靴箱へ入れようとした。
 すると、
 ドサドサドサッ
 綺麗にラッピングされた色とりどりの箱と袋が床へと落ちる。
「…今年も大量だなぁ」
 言って、梵天丸は恨めし気に漢を見遣った。
「…今日はバレンタインか?」
 低い声が改めて訊ねる。
「あぁ?見りゃわかるだろ。お前…こんなに貰っといて…嫌味か?」
 梵天丸の一言に漢はフンと鼻を鳴らした。
「どうせオレらは今年もゆやちゃんの義理チョコだけだよ」
「……!?」
 両手を組んで後頭部に当てた梵天丸は、漢の表情が変わったことには気付いていない。
 そして、正確には彼らは去年、ゆやだけでなく真尋にも義理チョコを貰っているのだが、この場合どうでもいいことか。
「…今年『も』?」
 低い声がより一層低くなった。
「あぁ、去年配ってたじゃねぇか。オレ達全員に…」
 オレ達…というのは四聖天、紅虎、真田の漢達だ。そして、梵天丸は見てはいないが、ゆやのことだから多分壬生の漢達にも配っているはずだ。
「……」
 梵天丸に気付かれない程度に漢は顔を顰め、教室へと歩き出した。
「ってオイ!放りっぱなしかよ!せめて拾ってまとめろよ!!」
 後ろで乙女の想いが詰まった大量のチョコを拾い集める梵天丸の声にも振り返ることなかった。
 漢…鬼眼の狂は去年、ゆやからチョコレートを貰っていない。

 それから数分後。
「遅刻〜〜〜!!」
 キーンコーンカーンコーンと予冷が鳴り響く中、校門を全力疾走するゆや。彼女の手にはいつものカバン以外に紙袋が二つあった。
「ま、間に合った〜…」
 ハァハァと息を切らしながら教室に入る。
「おはようございます。ゆやさん」
 席に着くと同時に、真尋がゆやへ話しかけてきた。不自然なほどニコニコしながら。
「今日の遅刻ギリギリの理由は…ソレですか?」
 言って、ゆやの持ってきた紙袋を指さす。
「え?」
「可愛い袋ですね〜ピンクと赤…まさにバレンタイン!!」
「あ、や!!これは…」
「今年は取締りが厳しいみたいなので、気を付けて下さいね」
 真尋はゆやに小さく耳打ちする。
「取締り?」
 聞き返すと同時に、教室の前ドアがガラッと大きな音を立てて開いた。
「学生の本分は勉強!!」
「出た…」
 女子生徒たちの嫌悪の視線の先には、「勉学にチョコレートは不要」の襷をかけた辰伶がいた。
 教卓の前に仁王立ちになっている。
「お菓子は校則違反だ。清く正しい侍学園の生徒を製菓会社の戦略から護るように、と吹雪教頭から申し付かっている」
 うぜー、ひっこめー、教頭自分がもらえないから僻んでんだろ、などのヤジが飛ぶ。
その先頭には、同じ五曜生徒会である歳子の姿もあった。
「貴様らなぜ教頭の優しさが分からん!」
「辰伶うざ〜い。そんなの優しさじゃないし〜。イベントを大事にしない男子って付き合っても長続きしないんだから」
「し、辰伶…」
 歳子の横から、歳世が控えめに出てくる。
「歳世も歳子達と同じ意見なのか?」
 少なからず自分の理解者だと思っていた彼女が対極になったことに、ちょっと怯む辰伶。
「わ、私は…日頃の想いを込めて…コレを辰伶に渡したいと思ったんだ!!」
 真っ赤になり告げる歳世の手には、可愛らしい紙袋があった。お〜っと周囲に歓声が上がる。
「これは…」
「チョ、チョコレートだ。校則違反なのは分かっている。い、いらなかったら捨ててもらっても構わない!ただ私は、辰伶に…私の…こ、この気持ちを…」
「歳世…」
 必死に言葉を紡ぐ歳世と「おぉ、公開告白か」と興味津々なクラスメイト達。そして、歳世が続きを言うよりも辰伶の答えの方が早かった。
「わかった。歳世の『感謝』の気持ち、有難く頂こう!!」
「へ?」
「いつも一緒に五曜生徒会を支えてくれる歳世には、オレも心から感謝している。これからもこの学園の平和と秩序を守っていこう!」
 呆けている歳世の肩をガッチリ掴む辰伶。
「感謝、ね。そんなことだろうと思ってたわ。てか辰伶、何堂々と校則違反してるの〜」
「違反?違反などしていない」
 気怠げな歳子の言葉に、辰伶は堂々と答える。
「え?チョコレート貰ってるじゃない」
「『2月14日は学校内でのお菓子やジュースなどの飲食禁止』だ。きちんと持ち帰って食べる分には問題ない」
「え〜〜〜」
「だから言っているだろう。持ち込み禁止にしない教頭の優しさが分からないのか、と」
「そういうことね」
 クラス中の生徒が脱力した。
 そんな朝の光景があり、以後侍学園ではチョコレート渡しが堂々と盛んに行われる。

「真尋さんも、紙袋二つ…」
 白い大きな袋とピンクの小さな袋。ゆやのピンクの大きな袋と赤の小さな袋と、丁度同じくらいのサイズ。
「きっと中身はゆやさんのと一緒です」
 二人、目を合わせて笑う。去年もそうだった。
「中身を減らしに行きましょうか」
「そうね」
 昼休みは仲良く、義理チョコ配りに走り回る。日頃の感謝と親愛の情を込めて。
 女子よりも男子の比率がかなり高い仲間達なので、大きい方の袋に入れたチョコを配り終えると、昼休みは終わってしまった。

 一方、昼休みの校長室。
「とても美味しいです」
「ありがとう。村正は嘘つないからその一言がすごく嬉しいわ」
 校長のために、真弓夫人が手作りマカロン(ココア味にストロベリーチョコでデコレーション)を持ってきている。
「……」
 二人のほのぼのとした空気に、ソファーで昼寝していた漢は流石に居た堪れなさを覚えた。
「狂の分もありますからね」
「好きなだけ食べてね」
 一片の曇りもない優しさ。しかし、昼寝の場所を失ってしまった彼は、午後から寝床を探して彷徨うこととなる。

「ゆやさん、もう放課後です!!」
「う、うん…」
 紅虎に、結局本命だということを告げられず、「おおきに〜!これで梵はんと並んどるで〜」といつもの調子で言われてしまった真尋は、「ゆやさんこそは!」と息巻いている。
 恋する乙女の日。バレンタインデーはクリスマスと並び、一年で最もカップルの生まれやすい日である。
「朝登校してくるところを目撃した人はたくさんいるので、学校にはいるはずです!」
「思い当る所は行ってみたんだけど…」
 校長室や屋上、狂がサボるのに使いそうなところは全て回った。2月のこの寒さなので、屋外はあまり考えられない。となると残るは…。

 眉間の皺が取れないままの漢は、保健室のベッドに寝ていた。
 静かにカーテンを捲り、入ってきたのは保健医の阿国。白衣にタイトスカートで足を組み、妙な色気を放ちながら、彼の傍らに座り込む。彼女の右手には、怪しく光るチョコレートが一粒あった。真っ赤なルージュがそれに軽く口づけ、寝入っているのであろう彼の口元へとチョコを運ぶ。
 口の中に押し込む寸前。
「何やってんの?」
 声と同時に、カーテンの中へと入ってきたのは。
「…灯吉朗さん」
「その名で呼ぶんじゃない!!」
 阿国の右手を掴んで、御手洗灯吉郎…否、「灯」が怒鳴った。
「チョコはたくさん貰えましたか?」
「おかげ様で大量よ…って灯ちゃんはチョコが欲しいんじゃないのっ!狂にあげれればいいの!!」
 言いながら阿国のチョコを奪い取る。
「ちょっと怪しすぎるんじゃな〜い?」
 と言いながら、何故か隣のベッドに置いてあった金魚鉢に阿国のチョコをポトリと落とす。
「あ!」
 阿国の声と同時に、チョコに食いついた金魚が痺れたように体をピクピクさせて浮いてきた。
「痺れ薬?随分強硬手段に出たのね」
「バレてしまっては仕方ありませんね。でも…」
 言いながら阿国は灯のポケットに手を入れる。
「アナタも人のことが言えて?」
 出した手には痺れ薬チョコと似た形のチョコレート。
 阿国も、灯のチョコを金魚鉢に入れる。すると、チョコに食いついた別の金魚の目がハート型になり、鉢から飛び出んばかりに阿国に寄ってきた。
「惚れ薬の方が、強硬手段ではなくって?」
「何言ってんの!灯たんの狂を痺れさせようって方が悪質だわ!!」
「薬なんかで狂様を手に入れようなんて!悪質すぎますわ!!」
 わいわいぎゃいぎゃいと無謀な攻防戦が始まる。
「……」
 狂を探しに保健室へ来たゆやは、どっちもどっちな二人の声を聞いてしまい…持っていた赤い紙袋を握りしめた。
 ゆやのチョコには何も怪しいものは入っていない。お酒好きな狂のために、ブランデーを少し入れたくらい。
 しかし、今のやり取りを聞いてしまうと、意気込んでいた気持ちが急激に萎んでしまう。
(ブランデーも怪しいのかな? 学生だし…やっぱりやめとく? でもそれじゃ去年の二の舞になっちゃう!)
 ゆやが自分を奮い立たせている間に、喧騒で昼寝どころではなくなった本人が、超絶不機嫌な顔でカーテンの中から出てきた。
 その瞬間、ゆやは右手に持っていた紙袋を背後へ隠してしまう。
(ダメだ。やっぱり……直接は恥ずかしい。でも…ふ、普通に…普通に渡せば本命と義理の違いなんて分かんないんだから!!)
 言い合いに夢中な灯と阿国は気付いていない。
(「ハイ、コレ。チョコ」って。「せっかく作ったんだからありがたく食べなさいよ」って)
「きょ、狂!」
「…あ?」
 不機嫌丸出しの反応。
 なのに、いつも以上にゆやの顔を見ている。
 少し…不思議に思った。
「あの…こ、これ…こ、こ」
 ギューっと、紙袋を握る手に力がこもる。
「……こ?」
「こ、これ、これから一緒に帰らない?」
 汗に濡れた手が一気に脱力してしまった。

 下駄箱まできて、狂の靴箱に綺麗にラッピングされたチョコが結構入ってることに気付いた。
 狂はそれらを一瞥するだけで、その後見向きもしない。持って帰る雰囲気なんて皆無。
(バレンタイン、本当に全く興味ないのかしら…)
 色々考えながら、帰り道を歩く。
 もうすぐ帰路の分かれ道。
 今別れてしまったら、今年渡すのは…きっと無理だ。
 うだうだ考えていたって埒が明かない。
(当たって砕けろ、よ!!)
「あのね、」
 震える思いで、狂の目の前に赤い紙袋を差し出す。
 中身は箱に入ったブランデー風味の生チョコ。
「……」
「甘い洋菓子嫌いかもしれないけど…お酒入りにしたから。でも別にいらないならいいの。他にもたくさんもらってるみたいだし…」
 言いながらだんだんネガティブになってくる。
(ダメ…やっぱりやめとけばよかった…)
 ごめんやっぱ帰って兄様にあげるわ、と言おうとした時。
「よこせ」
「え?」
「バレンタインなんて興味ねぇが、下僕が他の奴に貢いで、主人にないのは気に食わねぇ」
「…はぁ?」
「お前は一番にオレ様に貢げ」
 ラッピングされた箱を掴み、「ナァ、下僕1号」とゆやの顔を覗き込んで満足げに笑う。
「誰が下僕よ!」
 至近距離にきた紅い眼に驚き、ゆやの顔面も同じ色に染まる。
(気のせい?ちょっと狂が嬉しそう…)
 よくわからないが、なんだかつられてゆやも嬉しくなってきた。
「…去年も配り歩いてたそうだな」
「配り歩いてって…みんな、いつもお世話になってるし」
 みんな大好きだから。去年は義理しか渡せなかったけど。
「世話してやってんだろ」
 オレ様だって、と偉そうに言う。
「アンタねぇ!逆よ、逆!私が世話してあげてる方が絶対多いわ」
 校長室に起こしに行ったり、ノート見せてあげたり、ご飯作ってあげたり、とれそうなボタンつけてあげたり。
「オレ様の世話で、ちったぁ成長してるじゃねぇか」
 むにっと音をたてて、大きな手がゆやの胸を掴む。
「〜〜〜っ!!!」
 下僕呼びも久々だったが、堂々とした乳揉みも久々だった。
「最悪!!もう!バカ!変態!!エロ魔人!!」
 ポカポカと狂の胸を叩こうと両手を動かすが、片手で額を押さえられて届かず、スカカカとゆやにとっては悲しい効果音が響く。
(やっぱりこういう奴よ。人の気持ちも知らないで…こんな奴にチョコを渡した、私がバカだった!)
「返して!」
 狂の持つチョコを取り返そうと手を伸ばすが、余裕でかわされてしまう。
「オレ様のモンだろ?」
 いつもの意地の悪い笑み。
「いっぱい愛情込めたんだから。やっぱ狂なんかには勿体ない!!返してよ!!!」
 ゆやが届かない位置にチョコを持ち上げた狂が止まり、ゆや本人が爆弾発言をしたことに気付くまで、あと3秒。










*****
「本命だからいっぱい愛情〜」と悩んだんですが、本命つけないであとからどうにかギリギリごまかせるような発言にしてみました。
それでも、「愛情込めたのかよ」ニヤ。て展開が妄想できる仕様です。笑
乙女ゆや子炸裂ですみません。キャラ違う(笑)
最初を書いたのは多分五年以上前です。←
なんか初々しい狂ゆや侍学園が書きたくなって…ツンデレゆや子とヤキモチ鬼眼さんです。
少女マンガですみません。けど書いてる私はひっさびさにすっごい楽しかったv
バレンタイン毎年チャレンジして挫折してるので初めてちゃんと書けてよかった!!



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