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4.夕暮れの

「いい加減きちんと説明して下さい」

 教室。五条を捕まえるなり、伏黒はそう問い詰めた。まあまあとこの期に及んで躱そうとする五条を、逃したりしない。説明する義務があるはずだ。聞く権利があるはずだ。五条が何を企んでいようと、現場に居るのは伏黒だ。郁だ。いつだって現実はそこにある。

 郁は黙ったままだ。不安が見て取れる。話す事で関係が変わってしまったら。変わってしまう確信に似たものを持っている。だがこれからを考えれば、例え変わってしまうとしても知った方が良い事もある。きっと郁の事がそれで。

「取り敢えず二人共座りなよ」

 五条が言う。それは、話が長くなる事を示していた。椅子は丁度二つ。まるで予知していたような。二人が座ったのを見て、五条は教団に立った。態とらしく咳払いをする。

「郁には特別な何かがある」
「はあ?」

 伏黒の反応は当然だ。やっと具体的な話が聞けると思ったら、特別な何か、なんて具体性の欠片もない説明が始まったのだ。まあ急かすなよ、五条は笑っている。順を追っては話すから、と。そう言われてしまえば続きを待つしかなかった。伏黒は横目で郁を見る。緊張している様子の理由を、理解する事は出来なかった。

「先に言っちゃうと、保護対象っていうの、あれ嘘ね。本当は実験対象」

 何をどうしたらこんな軽々しい口調になるのだろう。五条はさらっと言ってのけた。急に実験対象なんて言われて郁はさぞ動揺しているだろうと思いきや見た冷静で、伏黒はさらに驚いた。自分が実験に使われるなど、少なくとも気分のよいものではないだろう。それでも伏黒には、郁は立場が分かっているように見えた。
 五条はさらに続ける。

「郁にはね、呪霊を引き寄せる力がある疑いがあるんだ」

 呪霊を引き寄せる。伏黒は頭の中でその言葉を反芻する。それはどういう事だろう。普通に生活しているだけで呪霊が寄って来るとでもいうのか。それは、生きにくいのではないだろうか。にわかには信じがたい内容に伏黒は戸惑う。死がいつでも隣に居るようなものだ。発狂ものではないのか。怯えるのも仕方ない。

 郁は呪術師ではない。高専と関わる事になったが、今の所ただの一般人だ。否、一般人の皮を被った何か、か。立ち位置が分からない。郁はどこに立っているのだろう。

「なんでそんなの放っておくんですか」

 質問したい事がありすぎてパンクしそうだった伏黒だが、まず出て来たのがこの言葉だった。飲み込めていないが、郁を使って実験をするというなら囲ってしまう方が楽ではないか。それなら、圧倒的に高専に入れてしまった方が良いはずだ。伏黒の視線に、五条は「色々あるんだよ」と応えた。

 本当にそんな力があるのか、まだ明確にはなっていないらしい。郁の存在が明らかになったのはつい最近で、最初は呪詛師でないかという疑いもかけられていたそうだ。だが郁には呪術師に攻撃してくる様子は全くなかった。それどころかどうやら呪霊からも逃げていて。帳をおろすとそこに居て、存在は確認される事もあるものの捉えきれなかった少女。上層部は郁を探しだし、いくつもの選択肢の中から郁が呪霊をおびき寄せている可能性に至った。だが先ほども言ったように、まだ確定ではない。だからこその実験対象。

「上の考えはこう」

 そう前置きをして、五条は言葉を続けた。まずは本当に郁に呪霊をおびき寄せる力があるのかの確認をしなければならない。その力があれば、任務を円滑に進める事が出来るのではないか。ただ能力が確定でない以上、今は必要以上の接触を避けて泳がせている状態。なるべく呪術師を傍に置いて生活させるが、公にするには時期尚早な為この事実を告げられている呪術師は然程多くない。伏黒がその中に入ったのは、同学年で同じ中学出身だったから。
 そこまで聞いて伏黒は舌打ちした。選出理由が単純すぎる。

「あの化け物は、呪霊と呼べばいいんですね」
「そう、飲み込みが早いね」

 伏黒はなんだか自分だけ置き去りにされているような感覚に襲われた。というか、よく考えたら郁は呪霊の呼び方も知らずいきなり高専に連れてこられたのだろうか。結構な事を言われているはずなのに、順応が早すぎやしないか。
 さあ話は終わり、と五条は手を叩く。そして伏黒に郁を送っていくよう指示をして教室から出て行った。残された二人、声をかけたのは郁から。
 二人並んで帰路につく。

「実験させてくれって、それだけ言われたの。君には特別な力があるかもしれないって」

 詳しくは後で説明するから、と。郁は伏黒が黙っているのを見て、そう口にした。全く、察しが良い。
 あの日、伏黒と対面する前にそのやり取りがあったのだろう。郁は今の状態に納得して日々生活しているのだ。

「いつの間にか呪霊が傍にいるのはもうどうしようもないし、自分が役に立てる道がるのなら」

 それでいいのかよ、と伏黒が尋ねれば、郁は構わないよ、と返した。怖いものは怖いだろうに。呪霊を前にしたら無力な少女なのに。
 案外強い所もあるのかもしれない。伏黒は自分の中の郁の情報を、少しだけ上書きした。


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