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2.揺れる桜の木の

 伏黒は溜息を吐いた。隣にはおどおどしている郁が居る。どうしてこうなった。全ての元凶は五条だ。今日は学校も休みだしゆっくりしようとしていた所に、五条はやってきた。顔を見た途端、嫌な予感がした。そして伏黒は悟ったのだ。ああ今日の自由は無くなったな、と。彼、五条は伏黒の顔を見た瞬間ぐっと親指を立てる。あの日のように。

「お姫様をエスコートしてあげる時間だよ」

 面倒臭い。最早隠す気もない。五条は「そんな顔しないで」と陽気に伏黒の肩を掴んだ。そのまま、さあさあと伏黒の様子など微塵も気にせずぐいぐいと背中を押してくる。全く、たまったものではない。休みだから暇だろうなどと思わないで欲しい。だが相手は五条だ、一応担任、先日の事もある。何か理由があるのかもしれない。

 兎に角、現在伏黒は流された結果郁と一緒に居る。大体想像はついていたのだけれど、やはりお姫様とは郁を差す言葉だった。因みに、無理やりこの状況を作った五条から、伏黒は目的も何も聞かされていない。ただ一言「親睦を深めておいで」とだけ言われた。郁も似たような事を言われているようで。

「親睦たって……何すりゃいいんだよ」

 後頭部をガシガシと掻く。東京の街は賑やかだ。二人だけが、取り残されている。これが一日続くのだと思ったら頭が痛くなった。かと言って寮に帰っても五条から何か言われそうな気がする。伏黒に選択権はない。口をついて出たのは不満だった。
 郁は少し後ろを歩いている。必然的に、伏黒から郁の顔は見えない。反対も然りなのだが、郁は雰囲気から何かを悟ったようで「ごめん」と呟いた。それは蚊の鳴くような小さな声で、でも伏黒の耳にはしっかり届いた。

「迷惑、だよね?」

 伏黒は何と答えようか迷う。どう声をかけるのが正解か分からなかった。結果「別に」なんてぶっきらぼうな返答になってしまって。郁から言葉は返ってこない。しくじったか、と思ったがどうしようもない。ただ申し訳程度に「そんな手間でもねえし」と付け足した。中学が一緒でも、昔からの知り合いという感覚はない。寧ろほぼ初対面の心算でお互い接している。大分ぎこちない。いきなり街に放り出されても困ってしまうのだ。けれどそれは郁のせいではない。

「何か行きたい所とかねえの」

 そんな事を言われてぱっと答えられる人間は、申し訳なさそうにごめんなどと言わないだろう。それでも伏黒は聞くしかなかった。この気まずい状況を何とか脱するには、自分の脳だけでは足りないと思ったのだ。

「行きたい所……急だったから」

 あの教師、と文句を言いそうになってぐっと堪えた。やはり郁にも何も説明していないのだ。大概無責任ではないだろうか。帰ったら抗議してやろうと思ったが、五条の事だ、伏黒の言葉などのらりくらりと躱すのだろう。本当に、面倒臭い。

 伏黒くんは、と郁は切り出す。どこか行きたい所はないのかと。伏黒も郁と立場は同じである。だから「何も。急だったからな」と似たような返答をした。全く、何もかもが進まない。

 とりあえず目についた喫茶店へ入って数分、伏黒は早くも後悔していた。お互いの事を知らな過ぎて、話題になるものが全くない。こんな事なら適当に映画でも観ておいた方が良かったかとも思ったが、すぐにその考えは打ち消した。それこそ好みが違ったら気まずい。

 大体、伏黒は何故こんな状況に置かれているのか未だに理解していない。郁とて。今伏黒が持っている情報は、郁が保護対象という立場に居る事。恐らく、その任務は伏黒に任されているのだという事。郁は、何を言われて連れてこられたのだろう。自己主張があまり得意でなさそうなのは、うっすら思い出せる過去の郁から変わっていない。伏黒もべらべら話す人間ではないので。結果どうあがいても沈黙になる。

「伏黒くんは優しいね」

 思考を巡らせていたら、急に郁がそんな事を言う。朝会った時より。幾ばくか緊張がほぐれたような顔つきをしていた。ひとまず、選択は間違っていなかったらしい。

「んな事ねえよ、中学の頃と変わんねえ」

 そう、何も変わっていない。高専に入ったからって、呪術師になったからって、そんなに簡単に性格は変わるものではないと伏黒は思っている。守るために、導かれるまま高専に入った。守るという自分に課した責務を全うするために、伏黒は生きている。

 その言葉をどう捉えたのか、郁は僅かに笑った。「元から優しかったって事だね」と伏黒が思ってもみなかった言葉を口にする。中学生の伏黒の何を見たら、優しいなんて考えが浮かんでくるのか。あの頃は喧嘩ばかりで、怒られてばかりで。五条が居なかったら、きっと今も同じようなものだっただろう。その点だけは、感謝すべきなのか。何だか癪なので、口に出す事はないだろう。

「そんなんじゃねえよ、知ってんだろ」

 郁の言葉を否定する。優しいなどと言ってくる人間は居ない。過去を含めるなら尚更。伏黒は郁を信じない。ただ世辞っを言っているだけだと思っている。けれど郁は「優しいよ」ともう一度言った。案外頑固なのだろうか。ここで優しい優しくないの論争をしていても無意味なので。伏黒は追及するのをやめた。再び沈黙が訪れる。破ったのは、再び郁だった。

「今日はね、よくないらしくて。だから一緒に居た方が良いって」

 色々言葉が足りなくて理解しきれないが、おそらく五条が言ったのだろうとあたりをつける。やはり理由があるようだ。郁に説明させるのは難しそうだったので、伏黒は「そうか」と相槌を打った。

 結局今日の目的は分からなかったけれど、何かある、という事は分かった。自分はこれから何をさせられるというのか。また溜息が出そうになる。その前にどう今日を乗り切ろうか。伏黒は、今度は自分から口を開いた。


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