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この世界に花束を


 迅さんとは一年半前に出会った。きっかけは何だっただろうか。確かこの三門市に引っ越してきたばかりで迷っていた私に、声をかけてくれたのが迅さんだった、とかそんな些細な事の気がする。

 私は初めから迅さんに惹かれていて、思いを口にするのに然程時間はかからなかった。出会い方も確かに好きになる要因にはなったかもしれないけれど、その後も彼に会う度に、私の心は手毬のようにはずんだんだ。だから勇気を出した告白に、「俺も好きだよ」と応えてくれた時は本当に嬉しくて。いつの間にか涙がこぼれて、そんな私に迅さんは「泣かないでよ」と笑って頭を撫でてくれて。その感触は今でも思いだせる。

「迅さん、今日はご飯食べていくの」

 私が親元を離れて一人三門市にやってきたのは、ボーダーのスカウトを受けたためだ。トリオン量が他人より少しばかり多いという私は、ボーダーにとって役に立つと判断されたらしい。親も一緒に、とは言ったが私は一人で行くという意見を押し通した。危険な場所であるなら、身内にはなるだけ離れていて欲しい。ボーダーがどんな所であるか、説明を受けてやんわりとは認識したけれど、だからこそ。あくまで一般人になる家族を連れてくるのを、私は躊躇った。

そうやって単身乗り込んだ三門市のアパートの一室は、私のオアシス。決して広くはないそこに、迅さんはいつも予告もなしにふらりとやって来る。

「そうだね、今日はもう何もないし、食べて行こうかな」
「やった」

 喜びは隠さない。あなたの良い所は素直な所よ、と母に言われて育ってきた。迅さんも以前、同じような事を言っていたと思う。私は単純だから、褒められると嬉しくなるしそうありたいと思う。だから自分の良い所は素直に受け止める。

 話は元に戻るが、迅さんがいつ来てもいいように、冷蔵庫の中はいつもそこそこ充実させてあって。

「卵、もあるし……うん。今日はオムライス!」

 前半は独り言、後半は迅さんに向けて言い放った言葉だ。

「それは楽しみだ」

 迅さんはいつものように笑っていて。だから今日もいつものように一緒にご飯を食べて後はゆっくりとした時間を過ごすのだと、そう思っていた。思っていたのに。

「香菜」

 夕食後、私は洗い物を片付けてしまおうとキッチンに立つ。唐突に呼ばれた自分の名前に、私は手を動かしたまま「なあに」と返した。そうして、その後に続く言葉を待つ。

「暫く、来ないかもしれない」

 ソファに座ってテレビのリモコンをいじっていた迅さんはそう言った。何でもない事のように。ただ息をする事のように簡単に。

「忙しくなるの?」
「ん―、そういう訳でもないんだけど」

 なんだか歯切れの悪い迅さん。私は意図が掴めず首を傾げる。

「距離、置こうかって話」
「へ?」

 まぬけな声が出た。だってそんな事、そんな雰囲気なんか全然なかったではないか。そう思っていたのは私だけで、もしかして迅さんの中には私への不満が募っていたり、何かそう思わせるような事をいつの間にかしてしまっていたのだろうか。そう思ったらそのまま疑問を投げかけていた。

「私、何か気に障るような事した?」
「本当に素直だよね」

 会話が噛み合わない。何故ここで、そんな言葉が出てくるのだろう。
 迅さんはひとつため息をついて、そして言った。

「疲れちゃった、かな。俺は香菜みたいに、そんなに真っ直ぐには生きられないから」

 素直、というのは褒め言葉ではなかったのか。貴方だって、良いと思うよって、そう言ってくれたじゃないか。私は自身を否定された感覚に陥る。それでも。

「嫌だ」

 はっきりと拒絶の意を表した。半分は自分の我儘、けれど。

「迅さんが本当に私の事嫌になったなら言う事聞くよ。だけど」

 そうしてキッチンから戻った私は自分の両手で迅さんの頬をなるだけ優しく包み込んだ。目線を逸らそうとする迅さんの行動、それすらも私は許さない。許してあげない。強い意思表示。そうする理由だってちゃんとある。だって。

「迅さん、泣きそうじゃない」

 そう言えば目の前の彼は一瞬目を見開いて、でもそれは本当に瞬きする間ですぐに何でもないような顔をして、「そんな事ないよ」とポツリとこぼした。

「強がり」
「違うって」

 お互いを真っすぐ見つめて言葉の応酬をする。逸らした方が負けだと思った。

「迅さん」

 届いてください。そんな思いを込めてしっかりと言葉を紡ぐ。

「私は迅さんの事が好きだよ」

 その言葉に、ついに迅さんが目を伏せる。 

「本当に、そういう所」

 そうして私は抱きしめられていた。

「俺と居たら、辛い事があるかもしれないよ」

 そのサイドエフェクトで何か視たのだろうか。それでも、それなら尚更、私は折れるわけにはいかない。今ここで私が私の我儘を通さなかったら、迅さんは独りになってしまうような、そんな気がした。

「構わないよ」

 力強くそう言った。

「その先には笑える未来があるって私は知ってる」
「何、それ」

 くすくすと笑う迅さんを私も抱きしめる。 

「離してなんかやらないから」

 彼は今何を思っているだろう。私にそれを知る術はない。それでもいいと思う。迅さんは私の事をちゃんと好いてくれている、それだけが分かれば他の事なんてどうでもいい。

「ごめんね、香菜」
「ごめんなんて聞きたくない」

 そうしたら迅さんは小さく笑って。だから私も笑うんだ。心配ないよって、分かって貰えるように。貴方と生きたいの、と伝わるように。

「わかったなら、それでよろしい」 

 二人で抱きしめ合って、これからを憂いながら、楽しみながら。私たちの生き方は、それでいいんだ。


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