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不眠症のボク

 貴方の隣で眠るのが好き。一つのベッドで、身体を寄せ合う。それだけで安心出来る。貴女にはきっと、人を幸せにする力がある。以前そう伝えたらそんな事を言うのはお前だけだと笑っていた。けれど私は信じて疑わないのだ。それ程、貴方は私にとって大切な人。

「……眠れない」

 深夜二時。一人暮らしの小さなアパート。ベッドの上で先ほどからごろごろと転がる私。眠るのは苦手だ。一度入眠すればそこそこ眠れるのだが、それまでが長い。昔はよく寝る子供だったと今はもう居ない親が言っていた気がする。ならばいつから、こんなに苦手になったのか。きっかけなんてきっと些細な事で、だから別段覚えてもいない。いつの間にか、こうなっていた。
 ごろり。仰向けになった。天井は無機質だ。

「悟の馬鹿は起きてるかな」

 ふと呟いた。恋人の顔が頭の中に浮かんでいる。悟は忙しい。だから会える時間も限られている。仕事の邪魔をしてはいけないから、連絡は最小限。寂しくないと言えば嘘になる。けれど不満を口にした事はない。面倒な女だと思われたくないのだ。
 だから今も、起きているかなんて連絡したりはしない。というかこんな深夜に電話などしたら非常識だ。それくらいの配慮、私にだってある。だからひたすら耐えている。一人の夜という、何も出来ない時間を。
 何とか眠ろうと目を閉じてみたけれど、状況は全く変わらない。寧ろ苦痛が増した気がする。私は仕方なく、ベッドから起き上がった。こういう時は下手に我慢するより気分を変えた方が良い。窓際に立って外を見た。真っ暗だ。ああ嫌だな、と思う。急に怖くなった。不安に、なった。
 不意に、着信音が鳴る。

「……悟」

 確認してみれば相手は悟で。メッセージには、起きているかどうかを問う短い文章が送られてきていた。すぐに返信をする。起きてた、の四文字だ。何故分かったのだろう、と一瞬思ったが悟だしなとすぐに改めた。彼は、そういう事によく気づく。一人では中々眠れないという事も、よく知っている。彼の行動は何も間違っていない。寧ろ私にとっては助け舟だ。
 最初のやり取りから二、三分。次に鳴った着信音は、電話を示すものだった。

「もしもし」
<寝れないんだろ>

 うん、そう。素直に答える。隠す意味なんてない。気もない。下手に隠そうとしても悟相手だと意味はなくて。それ以前に、悟に嘘はつきたくないという思いもある。どんな些細な事でも、だ。そして彼も、素直で居る事を望んでいる。筈だ。聞いた事はない。でも言われた事はある。尋乃は素直でいいね、とはいつの日かの悟の言葉だ。私はその言葉を信じて生きている。
 悟が今日呪術師の仕事だった事を、私は知っている。だから疲れているかと思ったのだ。これでも補助監督をしている私。今日は私が出る事はなかったが、時には悟を車に乗せる場合もある。

<今から行くか>
「いや……ん。うん、お願い」

 疲れているだろうから休みなよ、という心算だった。しかし口から出てきたのは全く別の言葉で。甘えている。提案してくれたのは悟からだ、ならば良いだろう。そう自分に言い聞かせて。我儘だろうか。だとしても許して欲しい。頼れる人間など、限られているのだから。
 わかった、と短い言葉が返ってきた後、電話が切れる。寝るだけだろうから、特に準備はしない。私はベッドに腰掛けて、ぼうっと悟が訪れるのを待っていた。
 二十分程の間を開けて、玄関がガチャリと開く音がした。合鍵を渡しているのは悟だけなので、誰がやって来たかはすぐ分かる。

「尋乃さ、鍵足しなよ。防犯面心配なんだけど」
「悟しか来ないよ、大丈夫」

 そうかな、と悟。納得はしていないようだ。この様子だとそのうち鍵を用意してきて取り付けにかかるかもしれない。私とて体術には多少自身があるし、第一この部屋に襲撃されるような理由はない。金品なんてないし、呪詛師に狙われる程目立った覚えもない。結果、この部屋を訪れる者は悟のみだ。
 ただ悟の認識は少し違うようで。心配性なのだろうか。そんなふうには見えないのだけれど。

「まあいいや。シャワーだけ浴びさせて」
「どうぞ」

 悟は着替えをいくつかここに置いている。決まった場所に片付けてあるのでそこから適当に着るものを持って浴室へ。勝手知ったる、だ。
 本当に浴びるだけだったようで、悟はすぐに浴室から出てきた。随分簡単だねと言うと風呂はもう済ませたんだよと悟。身体だけ流したようで髪は濡れていない。

「ほら寝るぞ」
「……ん」

 二人でベッドに潜り込む。一応セミダブルのベッドだが、私と悟二人で並ぶとそんなに広くない。ふと申し訳ないな、と思った。色々窮屈な思いをさせている。けれど悟は咎めない。憎まれ口も多いが、優しいところはきちんと優しいのだ。

「全く、世話が焼けるんだから。ほら目、閉じな。朝まで一緒に居るから」

 ゆっくりと私の髪を撫でながら、悟がそう囁く。声が心地良い。不思議だ。何だかそれだけで、眠くなってきた気がする。
 おやすみ。その声に導かれるように、私は瞼を下ろした


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