2.死なば諸共
“今日夜八時、悟の部屋に集合”
学校が終わり寮でぼうっとしていたら鳴る携帯。通知を見てみると、そんなメッセージが届いていた。送信者は夏油傑。結希はメールをスルーする事に決めた。携帯をポケットに押し込むと、間髪入れずまたもや通知を告げるそれに舌打ちしそうになる。結希の携帯に登録されている連作先は実家と学校関連、他は先日無理やり登録されたクラスのもののみ。実家から連絡が来る事はまずないだろう。学校からなら電話が来る。必然的に、震えた携帯が示すのはクラスの誰かからの通知。
“神野は参加必須”
今度は五条から。結希は溜息をつく。学生は等しく寮生活をしている。三人は、時折誰かの部屋に集まっているようだった。結希はそれすら億劫でいつも理由をつけて断わっていたのだが、今回ばかりはそうもいかないらしい。
わざと気づかないふりをしたとしても、勘の鋭い彼らには通用しない。今までだって気づかれているのに知らないふりをしていただけだ。
一応読むだけは読む。返信は、何と送ればいいのか分からなかった。コミュニケーション能力が、著しく欠如している。
呪術高専に入学してから一週間。結希は分かり易く馴染めずに居た。馴染まないようにしていた、と言った方が正しいかもしれない。だがそんな事、他の生徒には関係ないのだ。何かあれば誘いはしっかり来るし、それを断ったからといって輪から外される事もなかった。それがまた、煩わしい。
携帯を枕元に投げ、自分もベッドに身を投げた。八時までは、軽くシャワーを浴びる時間を考えても、まだ余裕がある。結希はさして重くもない瞼を閉じた。閉じてしまえば眠いような気がして、そのまま少し寝てしまおう、などと欲望に従う事にした。
微睡みが気持ちよくなってきた頃。邪魔をするようにまた平たい機械が音を発する。通知音が長い。電話だ。
「……はい」
夜蛾先生、と名前が表示されているのを確認し電話に出る。
『任務だ、神野。今夜八時に補助監督を学校前に待機させる。合流して現地へ向かえ』
「一人ですか」
『一人だ』
「……了解です」
一人、それが何を意味するか。結希はよく理解している。だから素直に従った。ああ八時集合、参加必須、そんな事も言われていたっけ。メールの内容が他人事のように頭を過ぎる。任務なのだ、仕方ない。
時間は夜七時半前。これから諸々支度をして、八時に校門前。予定通りシャワーを浴びて、制服に腕を通す。五分前に校門へ、そこにはもう補助監督が待機していた。
「よろしくお願いします」
後部座席に乗り込む。
「急な任務になりますが……」
「大丈夫です。現状報告をお願いします」
道中、報告を聞きながらなんの気なしに携帯を見ると八時はとうに過ぎていて。そこで、参加出来ない旨を知らせるのを忘れている事に気が付いた。
“すみません、不参加で”
送った瞬間瞬間電話が鳴った。五条悟の文字に無視を決め込む。
「……いいんですか?」
「いいんです」
運転席から心配そうな声がしたが、二つ返事で頷いた。そうしたら、それ以上追及はなかった。
「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」
帳の中に取り残される結希。
「十二が開(ひらく)、しょうけら」
印を組んで式呪を呼ぶ。賭縛式呪操(とばくしきじゅそう)、神野家に伝わる術式。神野家しか使えない術式。
暗い道をどんどん進んで行く。式呪のおかげで目的の場所は分かっている。廃ビルの奥、一番上。一階から順々に。途中襲ってくる低級の呪霊は薙刀を模した呪具を振るって端から片付けた。他愛もない。これでは屋上に控える最終目標もたかがしれているな。結希は思う。そこまではすぐだった。
「来たか、呪術師」
「こんばんは、呪詛師さん」
相対するのは呪霊ではない。呪詛師。人間だ。
「大人しく待っていて貰ってどうも。そういうわけなので死んでもらいます」
呪具を手放す結希。再度両手で印を組む。
「十二が閉(とず)、狐者異(こわい)」
しょうけらを戻し、狐者異を呼ぶ。巨大な人型の式呪が現れる。
「その印……神野家か。俺も偉い所に目を付けられたものだ」
呪詛師が目を閉じる。可笑しい、攻撃をしかけてこない。
「死にたいの?」
「そうだな。ただ、死ならば」
諸共。呪詛師はそう言って何処から出したのか大太刀を振り上げ突進してきた。
「甘い」
式呪を呪詛師にぶつける。それは振りかざされた大太刀をするりと飲み込んで、そのまま右腕を食いちぎった。
「ぐ、が、あ、ああああ!!」
叫びながら、呪詛師はいつの間にか左手に持った短刀を結希に向かって放る。ああ間に合わない、いいやこれは受けてしまおう。呪具は大太刀だけではなかったか。複数呪具をストックしているタイプの呪詛師だったか。もう少し観察すれば良かったと思いながらザクリと片口に刃物が突き刺さるのを感じる。
「くっ……うっ」
すぐさまそれを抜き取った。勿論痛い、が、今はそれどころではない。呪詛師はまだ生きている。アドレナリンよ仕事をしろ、結希は自分に言い聞かせる。それに度合いでいったら、呪詛師の方がダメージは大きいはずだ。
ふう、と息を吐く。どうやら毒の類は塗られていないようだ。短刀を投げ捨て、自らが持つ唯一の呪具を構える。
「狐者異、そのまま攻めろ」
言いながら呪詛師との距離を詰めていく。前髪から覗くその双眸は、左だけ赤く。
「大丈夫、死んでいいよ」
式呪に攻め立てられ動けなくなった所を、バッサリと一刀両断。死ぬ間際の呪詛師の顔は、やはり死ぬのは嫌であったのか恐怖に歪んでいた。
「言ってることと顔があってないんだよ……!」
式呪を戻し、死体の傍ら佇む結希は、そう吐き捨てずにはいられなかった。