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33.伝う水滴

 いつの間にか春がやってきて、四人は二年になった。上級生になった所で何も変わる事はなく、いつも通りの毎日を過ごすだけ。
 いつものように近接戦闘訓練。結希は相変わらず、夜蛾の呪骸との訓練だ。最初は苦戦したそれももう慣れたもので。呪骸は以前より数も多いし強さも違う。それでも以前より効率よく捌けるようになってきた。

 どれくらいの時間集中して呪骸と向き合っていただろう、休憩しようとの声がかかった。タオルで汗を拭きながら階段へ座る。硝子が用意してくれた飲み物は冷たくて、体に沁みて行った。

 五条と夏油も集まってくる。最近は以前より任務も増えてきて、実力もついてきていた。結希の現段階の階級は二級。認めてもらうにはまだまだ足りないが、それでも確実に成長しているのは明らか。人当たりもよくなってきた。入学当初は孤独を絵に描いたような人間だったが、今は和気藹々と級友と話せている。

 何より結希の根本を変えたのは五条だ。付き合っている、というのは夏油も硝子も知っている。最初の二人の反応は「やっとか」というものだった。
 結希はどういう事か分からなかったが五条はいつもの渋い顔をしていた。しかし五条という男の存在が結希に及ぼした影響は大きい。特別変わった事はなくても、結希の意識は確実に変わっていた。

「強くなったよね、結希」
「そ?」

 硝子も飲み物を口にしながら結希に話しかける。結希はいつもと同じ事をやっているという意識が強いので、返す言葉は疑問形になる。それにしても自覚が全くないわけではないので、他人から新ためて指摘されると嬉しかった。

「そうだね、一年前とは見違えたよ」
「傑くんが素直に褒めてくれるのは何か怖い」

 他意はないよ、と夏油。後ろを任せられるのは良い事だ、と続けた。夏油と硝子には相変わらず結希の術式を教えていない。勘のいい二人は結希に呪具を扱うそれ以外の何かが隠れているのを気づいてはいたのだが、敢えて聞く事はしなかった。事情があるのだろうと思ったし、必要になった時に聞けばいいと思っていた。

「悟もそう思うだろう?」

 夏油が五条に話を振る。後ろの方に居た五条は丁度飲み物を手にした所だった。ゴクリと、喉を鳴らした後に結希を一瞥して、その後夏油に視線を投げる。

「……そうだな」
「おっ?」

 五条が肯定したのは結希にとって意外だった。付き合ったところで五条の口の悪さが治ったりはしないので、てっきりまた嫌味まがいの事を言われると思っていたのだ。付き合ってこっち、まだ期間は短いがこれまでもそうだった。故に驚きが言葉となって出る。

「何だよ」
「五条が褒めるの珍しいー」

 五条の言葉に硝子が結希の考えを代弁する。結希は無言で首を縦に振った。もやしだのかいわれだの散々言われてきたのだ、驚くなという方が無理だろう。五条から受けた侮蔑の言葉を、結希は忘れてはいない。

 いつか夏油が「あれは照れ隠しなんだよ」とこっそり教えてくれた事があったが、その言葉を信じてはいなかった。きっと本心からそう思って言っているのだと思っている。だからこそ、五条と自分が付き合っている事が時々信じられなくなったりもして。でもそんな考えに至ったら五条がしっかり連れ戻してくれるから、関係を続けられている。

「事実だろ」
「……生きる」
「はあ?」

 五条の発言に対する結希の返答は全く意味の分からないものだ。どこから生き死にの話になったのか。しかし本人は真面目に言っている。

「なんか元気でた」
「あっそ」

 それまでも元気がなかった、なんていう事はないのだが、五条から褒められた事は結希にとって大きな活力になったらしい。素っ気ない対応をしながら、五条とてそんな結希の様子に悪い気はしなかった。

「ちょっと悟くんこの後手合わせしてよ」
「大人しく呪骸と遊んでろよ」

 明確に変わった事。結希からの五条と夏油の呼び方。これは五条がそう呼ばせている。初めてそう呼ばせた時は嫌だと言い張った結希も、いつの間にか五条くんではなく悟くんと呼ぶ事に抵抗が無くなっているようだった。それに伴って夏油の事も名前で呼んでいる。いい傾向だと五条は思う。口には出さないが。

 付き合っている特別感が欲しかったのではない。単純に、結希と自分達の距離が近くなるのを望んだ。実際、近くなったと思う。結希が少しずつ変わってきているのを一番感じているのは五条だ。傲慢だと言われるかもしれないが、そのきっかけが自分であると、そう捉えていた。

 とは言え五条である。甘い雰囲気には中々ならない。結希の提案も一蹴した。付き合ってやってもいいのだが、結希には結希の訓練、五条には五条の訓練がある。呪骸との戦闘訓練は結希にとって必要なものだ。途中で投げ出して手合わせ、というのには頷けない。
 結希とてそれを重々承知なので、食い下がるような事はしなかった。

「時間余ったら付き合ってやるよ」

 だから頑張れ、とは言わない。それでも結希には伝わっている。案の定分かりやすくやる気を出した結希を見て、硝子は微笑み、夏油は笑顔で五条に視線を投げ、五条はそれを受けて不機嫌な顔をするのだ。

 結希の居場所は、もうここにあった。



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