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14.三すくみ・下

「結希。共同戦線を張ろう」
「共同戦線?」
「悟にやられてばかりでは癪だろう?」

 それはそうだ。だがこの申し出を受けていいものか。結希は躊躇する。素直に夏油の言葉を信用していいものか。癪は癪なのだ。全く歯が立たない。尤もそれは夏油に対しても同じ事で、だからこそ一人ずつ相手にした方がいいのかと結希は思い至った。
 協力してまず一人、残った一人を片付けられた方が勝ち。なんとも分かりやすい。それ以上に、結希にしてみれば五条に吠え面をかかせる事が出来れば万々歳だった。

「乗ります、夏油くん」
「決まりだね」

 そうして相手に聞こえないように二人で相談する。内容は至ってシンプル、囮作戦だ。結希一人向かってくると思わせて、まずは正面から五条へ向かっていく。その感、夏油は後ろから回り込み五条に一撃を与える、というもの。
 成功するかは五分五分。でもやらないよりはいいだろう、結希はそう判断した。五分でも可能性はあるのだ。

「何コソコソしてんだよ、暇なんだけど」
「泣かす」

 五条に向かっていく結希。夏油はもう後ろにはいない筈だ。真っすぐ正面、蹴りを入れるが届かない。しかし五条が結希に気を取られているこの瞬間に夏油の一撃が。
 一撃が、放たれる事はなかった。何故か夏油の攻撃は結希に命中し、遠くに飛ばされる。

「くっそ何が共同戦線だ!」
「口が悪いよ」
「誰のせいだっての!」

 話が違う。そう抗議すればこれも技のうちだよ、と至極当然とばかりに笑う夏油。技のうちかもしれないが、やり口が卑怯ではないか。

「ぐっ……う……」

 大声を出した事で胸の下の方に激痛が走った。今しがた夏油の攻撃が命中した所だ。

「くっそ、アバラ逝ったこれ……」

 痛む箇所を押さえ呻けば、硝子が「治す?」と寄ってくる。治してもらわなければ訓練が続けられない。だがしかしもう終わりにしたい。結希はぐるぐると考える。硝子の隣に座って五条と夏油がやりあうのを呑気に見ていられる方法を。

「このままリタイアは?」
「駄目だよズルは」
「……チッ」

 否定される前提で発した言葉だったが、いざ否定されるとそれはそれで腹が立つ。思わず舌打ちをしていた。口が悪い、と言われようが気にしない。

「今日は威勢がいいね」
「そりゃローテンションじゃこんなのやりきれないんで! 死ぬ!」

 結局硝子に治して貰い戦闘訓練という名のただの喧嘩に復帰。三者三葉、殴り合いだ。物理的ダメージが蓄積していく中、無駄口も忘れない。威勢すら負けてしまったら何もかもに勝てない気がした。

 気が付いたらいい時間である。夏油の言葉で皆グラウンドの端に集まった。

「残念だったなミジンコ」
「まだ終わってないでしょうが……」
「やる気満々かよ!」

 これには五条が驚いた。授業開始時見るからに不満をまき散らしていた結希が、やる気になっている。案外熱血漢なのか、負けず嫌いなのか。面白い、と五条は気づかれない程度に口角を上げた。叩きのめしてやろうと、女子に向けるには余りにも非情な感情を抱く。そして茶化すのも忘れない。例え下衆だと言われようと、それが五条悟だ。

「ゲロ弱」
「本気じゃないんですよ」
「嘘つくなよボロボロじゃねえか」
「かすり傷です」

 明らかに強がっている。負けず嫌いだねえ、と硝子が笑った。五条と結希の掛け合いは、見慣れた光景になりつつある。呪いを相手にする非日常のこの世界で、今この場だけは日常だった。

「絶対一回気絶させる……」
「やってみろよ」

 ぐぬぬ、と唸る結希を箸で指しながら挑発する五条。行儀が悪い、と夏油が指摘すれば「貴方もですからね」と結希が心なしか恨みのこもった視線を向けた。

「誰も信用しない……誰も……」
「私は?」
「要考慮です」
「はは、手厳しいね」

 人間不信一歩手前、もしかしたらもう手前ですらないかもしれない。明らかに夏油のせいだ。そんな結希は残りの時間も訓練に打ち込んだ。いくら投げ飛ばされようと、二人に一発ずつ入れてやる、そんな思いで体を動かす。

 実際段々体が慣れてきて、数回大きな当たりを入れる事が出来た。自分より体の大きな相手、武器もないという劣勢な場面を想定した訓練は、確かにいい勉強になる。

「なんか、結希ってこの短期間で大分イメージ変えてきたよね」
「そうですか?」

 疲れた。一番疲れていなさそうな五条の言葉が、授業の終わりを告げた。硝子が座っている階段に腰掛け、皆で自販機で買ってきた飲み物を飲む。

「アナタタチのソンザイが私にとってナニカメリットにナルノ?」
「それ真似だとしたら悪質すぎません?」

 五条が馬鹿にしたように過去の結希の言葉を真似する。誰から見ても悪意の塊だったが、結希以外にこの場に突っ込む人間はいない。

「事実だからねえ」
「夏油くんまで」

 夏油に続けて硝子も肯定するものだから、四面楚歌だ。そんなに酷い言い草ではなかったと思う結希だが、言った事は事実だし覚えているので、太刀打ちできない。

「……別に仲良くするつもりないのは変わってないですけど。せっかくの高専生活を有効に使おうかと」
「素直じゃないね」
「どうとでも」

 言い訳がましいかと考えつつ、思った事を口にする結希。三人には想定内だったようで、代表して硝子が笑いかけた。他の二人ならまだしも、硝子相手には強く出られない結希に、硝子と夏油が視線を交わす。五条は知らないふりだ。

「でも、言いたい事言えるようになってきたよね」
「はあ?」

 いい兆しだね、と言う硝子に結希は首を傾げた。そうだろうか、自分ではわからない。しかし硝子はその後言葉を繋ぐ事はなく、そうこうしているうちに教室に戻ろうという運びになった。
 一番に五条が立ち上がり、それに夏油と硝子も続く。納得しないまま結希も立ち上がった。この人達と居ると自分が自分ではないような感覚に陥る、それが良い事なのか悪い事なのか判断出来ないまま、結希の一日は終わった。


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