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8.知らない天井

 眠れない。結希は布団の中でモゾモゾと体位を変える。偶にこうして、眠れない夜がやってくる。布団の中から顔を出して机の上の時計を見てみれば、深夜の二時を指していた。

 ふっと、息を吐く。明日も普通に授業。任務だってあるかもしれない。寝不足で任務や戦闘訓練は勘弁してもらいたい。座学だって、寝てしまうかもしれない。それは避けなければいけない。それには、寝るしかない。思考がぐるぐる回って何だか気持ち悪くなってくる。

 ふう、と一息ついて結希はロビーへ足を向ける。一度部屋の外の空気を吸いたかった。この無機質な部屋から、出たかった。

「……怠い……」

 ソファに体を預けペットボトルの水を飲む。言葉にしてみたら一層怠さが増した気がして、ああ失敗したな、等と回らない頭で考えた。
 当たり前なのだが、どこもかしこもが今まで育ってきた家と違う。そうか、ここは高専なんだと、今更ながらに自覚した。自分は高専に通っているのだ、と。
 何の為に。生きる為に。逃れられないのだ。ならば従うしかないだろう。

「あー……」

 発せられた言葉に意味などない。ただ、呻かずにはいられなかった。何をしているんだろう、自らに投げかける質問に、答えは返ってこない。

「何してんの、お前」

 不意に掛けられた言葉にゆっくりと首を動かす。闇の中に白い髪と青い眼が浮き上がって見え、一瞬怯む結希だがそこはいつも見ている顔、声の主の名前を呼ぶ。

「五条くん」
「何してんの」
「……天井見てました」

 五条から繰り返された言葉にありのままを返せば、「なんだそれ」という至極不満そうな声が返ってきた。そんな顔をされても、実際何もしていないのだからそれ以上答えようがない。

「怠いなあと思って」
「お前怠いっていうの口癖な」

 結希の隣に座り、足を投げ出す五条。手には缶ジュースを持っている。何故こんな時間に居るのだろう、と自分の事を棚に上げて結希は疑問に思う。時間は所謂丑三つ時。そろそろ寝ないと本気で危なそうだ。以前同じような時間まで読書に没頭してしまって授業中眠りそうになったのはまだ記憶に新しい。だがだからと言って眠れる雰囲気は一ミリもなくて、それ故結希は困っているのだが。

「眠れないんですか」
「それこっちの台詞な」

 どっちだっていいだろう。現に二人共起きている、それだけが事実。特に話すこともないしまあいいか、そう思うと結希はまた一口水を口にする。天井の木目でも数えていたら眠れるだろうか、とそんなくだらない事を考えたりして、無理だろうな、とすぐにそれを否定した。隣の五条は黙っている。何だか居心地が悪い。

「眠らないんですか」
「別に」

 少しだけニュアンスを変えて、もう一度五条に話しかけてみたら、明後日の方向からな返答。何が別になのだろうか。それは果たして眠らないのか、という質問の答えになっているのだろうか。

「眠んねえの」

 そうして同じ質問を結希に投げかける五条。この場合なんと答えるのが正解なのだろうか。同じ様に、別に、と返せばいいのだろうか。迷った末、結希は正直に答える方を選んだ。

「そう、ちょっと目が冴えちゃって」

 勿論、正直と言ったって心の内を吐露する気はない。そんなもの吐かれても困るだけだと思うし、結希自身あまり触れたくない部分である。

「ふうん」

 五条は納得していない様子だった。だがそれ以上突っ込むような事もしない。言いたくなければ言わなくて良い、それは結希にとってとても有難い事だった。
 そっと、どこを眺めているでもなかった視線を五条へ向ける。感じたのは一つの違和感。

「……あ」
「あ?」
「サングラス、してないんですね」

 気づいて、そうしたら口に出してしまっていた。先程五条が現れた時、そういえばいつもよりはっきり眼が見えていたと、今更ながら結希は鈍い思考回路を回して思った。

「寝るときまでサングラスするかよ。誰も居ねえと思ったし」
「ああ」

 それはそうか、と結希は頷く。この人とて四六時中サングラスをしているわけではないだろう。実際五条とて、本当に結希の存在を知らずにロビーへやってきている。なんとなく、部屋が落ち着かなかった。五条がやってきたのはそれだけの理由なのだが、そこまで結希に説明する気はない。

「いいですよね、綺麗な青い眼」
「は?」

 思った事を素直に述べたら顔を歪める五条。少々考え事をしていたからこその油断もあったのだが、結希にしてみれば心が読めるわけでもなし、それこそ心外である。そんな顔をされるような事を言った覚えはない。

「六眼でしたっけ」
「知ってんの」
「それなりに」

 五条はそう言ったきり黙る。そうか知っているのか。正直そういう事は何も知らないと思っていただけに少しだけ動揺する。そうして、何故動揺する必要があるのだ、とすぐに思考転換をした。

「私の眼は濁っているから」

 澄んだ五条くんの眼は羨ましい、結希はそう述べる。自分の眼は濁っている。片目だけ赤い、呪いの眼。結希にとってはコンプレックスでしかなかった。何度揶揄され、幼い頃は何度泣いたかもわからない。無意識に、左眼を手で覆う。

「それでも、何か意味あんだろ」

 五条が不意にそんな事を言い、結希はハッと顔を上げた。

「意味……意味、は。これから見つける」

 そうだ、その為に高専にやってきた。ただ従う為だけにやってきたわけではないのだ。生きる道を見つける。その為にはまず、自分の術式を全て身に着ける事から始めなければいけない。どう見たって誰から見たって、今の結希はまだ未熟なのだ。それは、高専の他の生徒も同じなのかもしれないけれど。

 一層の努力を。一層の。……一層の努力とは何だろう? 一つの意識が透明になると、次の混濁が押し寄せてくる。ああ今日はとことん駄目な日だな。結希は溜息をついた。

「あんま深く考えると反動で脳みそ馬鹿になんぞ」

 五条は持っていた缶の中身をぐいっと飲み込んで、べコリと片手で空になったそれを潰した。お節介の毒を結希に浴びせながら。

「眠れねえなら天井の木目でも数えとけ」

 随分投げやりに言われたものだ。先程結希自身も考えた事であったため、絶妙に微妙な気持ちになる。でも確かに、五条と話した事で少しだけ結希の心には余裕が生まれていた。部屋で布団にくるまっていれば、少しは休めるかもしれない。

 じゃあな、と先に去って行く五条の背中を見つめた後、結希も部屋へ戻ろうとソファから立ち上がった。


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