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5.平凡の音

「午後は近接戦闘訓練だ」

 夜蛾の言葉に結希は分かり易く不満の顔を見せる。呪具を使う事もあるとはいえ、基本式呪を使って戦う事が多い結希は、動く事があまり得意ではない。かといって避けて通れる道でもないので、一年生四人は外へ出る。

 呪術高専は山の中にある。天然の戦闘訓練施設が沢山あるようなものだ。生徒は四人だが硝子は戦闘をするタイプの術師ではない。五条と夏油がコンビを組むので、必然的に結希は一人になる。ならばサボってもいいだろうとも思えるがそこはしっかり授業。夜蛾特製の呪骸五十体斬りという鬼のような訓練が待っているのだ。もし負傷するような事があれば硝子の反転術式の訓練にもなる。理にかなっているらしい。

「じゃんじゃん戦って怪我しよー」

 硝子の物騒な声が耳に届く。主に男子二人にかけられた声だろう。と言っても結希にだって怪我をする可能性がないわけではない。夜蛾の呪骸は思ったより強くて、気を抜いたらすぐに倒されてしまう。こちらは一撃入れられただけで怪我をする可能性もあるのに、呪骸は二、三体同時に向かってくるのでたまったものではない。

因みにこの呪骸、作るのにはやはり労力を使うようで、いつも十体程用意され何度も起き上がってくるそれをいつも使っている呪具と同じ位の長さの棒を持って倒していく。これが結希の近接戦闘訓練だ。

「怠い……」

 誰にも聞こえないように、神野は呟く。結希の呪具の利点はリーチの長さ。故に屋内では扱いが少し難しい。かといってそんなに多彩な呪具を扱える自信もない。ならばせめて、今あるものを完璧に扱えるようになろうと。結希にも一端の向上心というものはあるのだ。

「いった……!!」

 ふと五条達の方に目線を向けた一瞬で、腹部に呪骸の強烈なボディブローを受けた。結希は大きく飛ばされ、倒れ込んだ周りに土煙が上がる。この呪骸、本当に。本当に、遠慮がない。

「おー大丈夫? 結希」

 硝子がケラケラ笑いながら心配の声をかける。本当に心配しているのか疑問に思う程に。

「大丈夫、多分……いったい!!」

 問題がないと言いかけた所で、硝子にぐいっと押された腹部に痛みが走り、思わず大きな声をあげる。

「何怪我したの、だっせ」
「悟、結希も一生懸命頑張ってるんだよ」

 五月蠅いぞ男子二人、とは言わない。大体なんだこの男どもは、さっきちらりと見ただけだけれど、どう見てもただの喧嘩をして遊んでいただけじゃないか。真面目に授業を受けているのは自分だけなのではないかと、結希は溜息をつく。ついたらまた腹部が痛んだ。

「ちゃっちゃと治しちゃおう」
「え、このままここで治すんです?」
「行くの面倒じゃない? まだ五十体斬り終わってないし」
「ええ……そうだけど、ええ……」
「いいからさっさと治して貰えよ貧弱」

 五条悟の口の悪さを誰か矯正してくれないだろうか。お前たちも呪骸相手にしてみろ、と言いたくなる結希だが、そんな愚痴を言ったところでどうにもならない事も分かっているので無言を通した。
 それにきっと、五条悟も夏油傑も、自分とは比べ物にならないくらい、強い。悔しくも分かりきった事実。遊んでいるようで、きっと訓練もちゃんとしているのかもしれない。認めたくはないけれど。

 それにしても呪骸である。夜蛾先生は何故こんなに強い呪骸をあてがってきたのだろう……と結希は考える。そうまでしないと他のクラスメイトに追いつけない、という事だろうか。それはそれで何だか釈然としない。所詮どこまで行っても半人前か。理解しているつもりだが、どうにも心寂しいものがある。

“半人前にも満たぬ子よ”

 いつかの言葉が心の中でリフレインした。そうか、そうだった、半人前ですらなかったか。

「……結希? 終わったよ、大丈夫?」

 長く暗い思考に囚われていたら、いつの間にかすっかり治療は終わっていたらしい。

「有難うございます」

 もう痛みは感じない。硝子の術式には毎回感心する。

「硝子、俺の怪我も一緒に治して」
「何、五条怪我したの?」
「擦りむいた」
「絆創膏貼っておきなよ」

 硝子にあっけなくフラれる五条を見て、結希はざまあ見ろと無自覚に笑う。それは誰にも気づかれないほんの僅かな表情、のはずだった。

「何笑ってんのお前」
「は?」

 五条が渋い顔で透の目線を捉える。

「何、笑ってんの」
「……笑ってました?」
「笑ってただろしっかり見たぞ」

 五条の言葉に、夏油や硝子が自分も見たかったと結希の観察を始める。ねえ笑ってみてよ、そんな事を言われても無自覚なのだからどうしようもない。笑って、いたのだろうか。

「ちゃんと表情作れんじゃん。ま、ぎこちなかったけど」

 それは表情を作れているというのだろうか。甚だ疑問に思う。そしてそんな些細な、本人でさえ気づかなかった変化に気づいたのが五条という事に、結希は驚きを覚えた。素直に、よく見ているなと思う。

「……気持ち悪」

 だが口をついて出たのはそんな言葉だった。違う、本当はこんな事言うつもりなかったのに。思考が別人になっているのか、口走ってしまう体が別人なのか、結希にはもうわからない。

「ああ?」

 案の定五条は表情こそ変わらずとも明らかに不機嫌そうな声を出した。それでも話を変える手段を、結希は持ち合わせていない。

「いいから訓練。まだ終わってないんですよ私」
「可愛くねー」
「貴方に可愛いと思われても嬉しくないので別にいいです」

 何なのアイツ、と五条が夏油に話しているのは聞かないフリをした。照れているんだよ、と的外れも的外れな夏油の指摘も、聞こえないフリをした。どう思われようがどうでもいい。

「怪我してもいいけど気を付けるんだよー」
「……有難う」

 治療をして貰った硝子にだけは、ちゃんと言葉を返して。そうしたら後ろの方で、対応違いすぎねえ!? とまたしても不満を露わにしている五条が居た。無視をした。無視をして、呪骸を倒すのに全力を費やした。頑張らなければ。なんだか、そう思った。


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