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95.君の生き方

 何だかんだありつつ、幸せな日々を過ごしていた。過ごしていると思っていた。結希にとって級友は間違いなく級友だったし、他の三人もそうであると。
 季節は秋。だがまだ暑い日もあった。早く涼しくなってくれないかと結希は考える。もう少し辛抱すれば過ごしやすくなる筈だ。ぼうっとただ階段に座っている。一人だ。頭は上手く回っていない。こんな日もある。理由はない。原因もない。ただぼうっとする日もあっても良いではないか。

「此処に居たのか」

 声をかけてきたのは夜蛾だ。探していたのだろうか。結希の正面、目線的には下に位置するところに立っている。二人の視線が合う。結希は「どうしたんですか」と声を発した。任務でも入ったのだろうか。それとも家に関連する何かだろうか。声をかけられる理由について思い当たる事はいくつかある。いずれにせよ面倒だなと思った。今は頭の中を空にしたい気分なのだ。雑念を入れたくない。だが夜蛾の言葉は結希が予想したもののどれにも当てはまらなかった。

「傑が集落の人間を皆殺しにし行方を眩ませた」
「……どういう事ですか」

 耳を疑う。夏油はそんな事をする人間ではない。そう、認識している。夜蛾の言葉は信じられるものではない。だから説明を求めた。より情報を得る為に。断言をするくらいだから、詳細を知っているのだと思った。しかし夜蛾からの次の言葉は「伝えられる程詳しい情報はないのだ」というものだった。納得できない。結希は立ちあがる。

「傑くん探しに行きます」

 そう宣言する。夜蛾は否定しない。ただ「そうか」と頷いた。夜蛾とて混乱しているのだ。それはそうである。今は情報を待つべきかとも思ったのだが、じっとしている事などできるわけがなかった。結希の意志は固い。何処をどう探せばいいかなど分からない。夏油の居場所など見当もつかないし、探したところで見つからないかもしれない。それでも。五条や硝子のところに行こうかとも考えたがやめる。二人共それぞれ考えがあるだろう。付き合わせては駄目だ。
 校内を出て街へ。人混みの中、只々夏油を探す。どんなに人混みの中でも夏油なら見つかる筈だ。見つける自信がある。けれどどれだけ歩いても夏油は見つからなかった。闇雲に探しても駄目か。何処へ行けばいいのだろう。そもそもこの街に戻ってきているのか。
 一度立ち止まったところで、硝子から着信が入った。内容は、夏油が絡んできたというもの。五条も呼んでいる、とも言っていた。硝子のところに姿を現したか。結希は「すぐ行く」と返して夏油の元へ向かう。然程長い距離ではなかったが、気持ちは焦っていた。自然と足早になる。そして雑踏の中、夏油は居た。

「お疲れ、傑くん」
「結希か」

 第一声は驚く程冷静なものだった。夏油も焦っている様子はない。心が決まっているのだ。少しだけ羨ましいと思った。やるべき事へ向かって進んでいる。けれど聞きたかった。聞かなければならないと思っていた。夏油が下した判断の、それに向かって動き出すというのなら。

「それが君の正しい選択なの」
「どうだろうね」

 細かい事は問わない。問いかけても仕方ない。どうせ結希には理解しきれない何かがあるのだ。根掘り葉掘り聞いてもどうしようもない。結希が何を言ったところで、夏油の生き方が変わるとも思わない。結希にはそんな力などない。だから夏油を否定はしない。ただ一言「私には何も言えない」とだけ伝えた。思っている事の全てだ。夏油が笑う。力のない笑顔だった。人混みが流れていく。二人は切り取られた空間の中に居る。雑音は聞こえない。

「結希とは思考を共有できると思ったのだけれど」
「かもね。けれど全てじゃない」

 夏油の言葉に、結希はそう答えた。夏油が結希と共有できると思った部分は何処だろうか。かもね、と言ったものの夏油の心の中が分からないので曖昧な事しか言えない。
 結希の反応に夏油は「そうだろうね」と言う。清々しいほど真っ直ぐに思えた。不思議だ。何だか肩の荷がおりたような。きっとこれからまた荷を担いで生きていくのだろう。ならば今日が、荷から一度解放された一日になるのか。傑くんは頭良いね。気付けばそう口にしていた。夏油は少しだけほっとした表情になった、気がした。

「もう行くよ」
「またね」

 また、があるのかは分からない。けれど別れの言葉はこれくらいで良いと思った。いつか会う日、もし敵になっていたとしても。戦わなくてはいけなくなったとしても。夏油が夏油である事に変わりはないから。ならばやはり「またね」なのだ。
 夏油と別れ高専へ帰る。目的は達成したのだから、これ以上街を散策する必要はない。何となく、気は晴れていた。心の中で区切りがついたのだろう。
 校門のところに五条が居た。結希もそこで立ち止まる。

「会ったか?」
「会ったよ」

 何の事を言っているのかすぐに分かったので短く返す。五条も会ったのだ。五条と夏油の仲は結希が入り込めるものではない。だから何を話していたのか、などという事は聞かない。五条も聞いてこなかった。きっと考えているのだ。これからどうすればいいのか。思考を整理しているのだ。暫くの沈黙の後、五条は「どう思った」とだけぽつりと呟いた。何と答えればいいのか迷う。けれど思った事をそのまま伝えるしかない、と考え至った。

「傑くんには傑くんの道があった。それだけ」

 五条は酷く弱弱しく「そうか」とまた呟いた。抱きしめてやりたくなった。でもその行動は間違っている気がした。少し考えて、五条の隣に座る。
 納得する必要は、ないからね。結希の言葉に、五条からの返答は無かった。


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