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Scene53

 入隊してから月日が流れた。明日葉はもうすっかりボーダーの一員だ。それは本人も感じていて、日々を生きる原動力の一つとなっている。今日も元気に本部だ。ランク戦をこなしていた。

「明日葉、そろそろ帰ろう」
「迅。もうそんな時間?」

 熱中していたらいい時間になっていたらしい。それよりも迅が本部に来ている事を知らなかったので少々驚いた。もう少し居る心算でいたが迅が来たなら話は別だ。明日葉は身支度をする。その間何人かにもう帰るのかと声をかけられる。そうだねと答えた。人脈が広がっている。また今度相手してよ、と手を振った。皆肯定的なので安心する。

「モテモテだね」

 迅の隣に並べばそんな事を言われたので、それ程でもと返す。話しかけられるのは、悪い気はしない。迅はどう思っているのだろうか。嫉妬したりするのか。明日葉の心内など無視するかのように、迅は「行こうか」と歩きだした。何だか態度が素っ気ないと思うのは、明日葉の心に原因があるのか。隣に居るのにそわそわする。落ち着かない。ただ並んで歩いている。迅は歩幅を合わせてくれていて、やっぱり優しいなと思う。いつも気を遣わせて悪いな、とも。

「迅。コンビニ寄らない?」
「コンビニ?」

 飲み物でも奢ってやろうかと、と明日葉は言う。頷く迅。帰路途中にあるコンビニに二人で入った。真っ先に飲み物が並ぶコーナーへ。少し悩んで、明日葉は甘いコーヒーを手に取った。迅も何を飲むか決めたようだ。
 二人分の飲み物を持ってレジへ向かう。少し混んでいて、ぼんやり自分の番を待っていた。前に並んでいるのはおそらくカップル。大分距離が近いように見える。明日葉たちはどう見えているだろうか。迅は隣には居ない。店内を物色しているようだ。カップルには見えないよな、と考える。べたべたするのは苦手だが、距離は縮めたい。
 もうちょっとおれに時間ちょうだい。不意にその言葉を思いだした。時間を割いてもっと親密になれるなら、悪い事ではない。寧ろ望んでいる事だ。迅と一緒に居る時間を増やす。意識してみようと思った。
 明日葉の順番になる。さっさと済ませて迅を探せば、もう店の外に居た。会計したばかりの飲み物を渡せば、有難うの言葉と共にチキンを差し出される。

「あれ、いつの間に買ったの?」
「おれの方がレジ早かったね」

 入ったコンビニにはレジが二つ。それぞれに列が出来ていたのだが、店内をうろついていると思った迅はもう片方のレジに並んでいたらしい。先を越されていたようだ。明日葉はチキンを受け取った。温かい。二人はまた歩き出す。歩きながらチキンの袋を開けた。コーヒーは一旦ポケットの中だ。迅も同じようにしている。一方的に奢ろうと思っていたのだが、奢りあいになってしまった。しかも金額的に迅の負担の方が大きい。一握りの不満はあるが、別にどうでもいい事だ。

「美味しい」
「美味しいねえ」

 会話は決して多くない。これが今の二人の在り方。変えようと考えた事はなかった。けれど、変える事も出来るのではないかとも思い始めている。変わったら、どうなるのだろうか。良い方に変える事は出来るのだろうか。
 具体的な案はないし情景も浮かばない。だからぼんやりと考える事しか出来ない。迅は、どうなのだろう。明日葉の未来は見えている筈だ。確定した未来がないとしても、どう進むのが良いかは分かるのではないか。しかし迅は無理に自分が望む未来へ導こうとはしない。いつも本人任せだ。そこに迅が関わってくるとしても。辛くないのだろうか。聞きは、しないのだけれど。

「あまっ」

 チキンを食べ終わりコーヒーにストローをさす。初めて飲んだ種類だったのだが予想以上に甘かった。思わず声を上げれば隣で迅が笑う。笑いながら、自分のものを飲んでいた。迅は冒険はしなかったようで、涼しい顔で手に持つそれを飲んでいる。明日葉としてはつまらない飲む動作に面白さを求めるのもどうかと思われるかもしれないが。
 どうにか迅を慌てさせる事が出来ないか。明日葉は不意にそんな事を考える。だがどうしたって慌てる迅が想像出来ない。実は簡単な事だったりするのだが、明日葉の頭では考え及ばない事だ。
 結局何も思いつかないまま長い道を歩いて、玉狛支部に着いてしまった。あっという間だ。陽太郎が居たのでただいまと声をかける。そのまま迅と別れて自室へ。机の上に鞄を放り投げた。飲み切る事が出来なかったコーヒーはその隣。夕飯までやる事もなく、ベッドに座る。十分程ただ時計を眺めていたらコンコンと扉をノックする音。どうぞと声をかければ先ほど別れた迅だった。

「どうしたの?」
「夕飯まで時間潰そうと思って」

 暇だったらしい。迅は明日葉の言葉を待たず入ってきて椅子に腰かけた。帰路より少しだけ、距離がある。その距離がなんだかもどかしかった。迅は「飲まないの?」と置かれているコーヒーを指差す。ううん、と唸るのは明日葉だ。正直好みの味ではない。そのまま捨ててもいいか、それは勿体ないか。そんな事を考えていた。そうしたら迅が、飲んでも良いかと問うてくる。

「甘いよ?」
「いいよ」

 それなら別に、と明日葉が答えると迅はストローを口につける。間接キスだ、などと考えてしまって明日葉は自分の頭の中に花が咲いているのを感じた。甘いね、と迅が言う。平常心を装って、そうでしょと答えた。


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