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12話 蜂が飛ぶ

 いつきの泣き顔は、まだ視えている。

 ボーダーの任務中、動かなくなったバムスターの上で迅は考えていた。見上げれば夜空、月も見える。明日の天気もきっと晴れだろう。もう少ししたら、梅雨がやってくる。この空も一時的にだが見る機会が減るだろうかと、迅は静かな夜空をぼんやり眺めた。少々の場違い感は否めないが、ボーダーにて任務に当たっていれば、こういう場面もある。

 いつきの話である。未来はどう転ぶかまだわからない。泣いているいつきも視えるし、笑っているいつきも視えるようになった。両極端の未来が、ゆらゆら揺れている。梅雨が来たら、これまでのように会えなくなるだろうか。公園のベンチには屋根がない。公園そのものが、雨宿りには向かない。

 自分の持っている色でいつきにも色を付ける事が出来たなら。そう思わないこともない。でもそれはきっと、望んではいけない未来。いつきには、ちゃんと幸せにしてくれる人が現れるはずなのだ。
 そう自分に言い聞かせるのは何の為なのか。最近わからなくなってきている自分もいて、迅は戸惑っていた。何に対して、自分は言い訳をするかのような感覚に陥っているのか。いつきに会うようになってから、戸惑う事が増えたような気がする。感情から逃げるようにして、気づかないふりをしている。

「任務終わったのか、迅」
「レイジさん、お疲れ様」

 任務が終わり、迅が玉狛支部に帰ると、そこにはソファに座るレイジが居た。手にはマグカップを持ち、テレビを眺めている。他のメンバーは既に帰ったか部屋に居るのだろう。見回しても確認できるのはレイジの姿だけだった。
 迅もソファに腰掛ける。そうしたらレイジは一度立ち上がり、キッチンにて迅の分の飲み物も用意してくれたものだから、「有難う」と受け取った。

「最近悩んでいるようじゃないか」
「そう?」

 暫くの沈黙の後、レイジは迅に話しかけた。迅はその役割上、仲間に何をしているか内密にして任務に当たる事も多い。皆が言う、趣味は暗躍、というやつだ。だが迅の今回の行動はそれに当てはまらない。レイジはそれを見通しているようだった。迅がとぼけてみせても、的確な所をついてくる。

「平気なふりをするのは悪い癖だ」
「実際そんな大問題でもないからね」

 私用だよ、私用。そう誤魔化した。ボーダーには何も関係ない、解決した所で世界には何も干渉しない些細な事。そういった自覚はある。それでも迅は行動に起こした。

 いつもの癖も要因か、今まで一人で奔走してきたが、ボーダーに関係ないからこそ相談してみてもいいかもしれない、そう思った。だが相談の仕方は考えなければいけない。二人の関係は奇妙で、一言で表せるものではない。

「ちょっと、気になる未来を視たんだ」

 少し迷った末、迅はレイジに語りだした。アドバイスを期待している訳ではないが、レイジなら言いふらす事もないだろう。

 それが個人的な干渉である事。今手詰まりに陥っている事。自らの事を透明人間だといういつきの話。迅が魔法使いと名乗っている事は伏せた。いつきには簡単に言う事が出来たが、他の人間相手には少々恥ずかしい。
 大体の話を聞いたレイジの第一声は、「珍しいな」だった。

「何が?」
「お前が個人的な事にサイドエフェクトを行使するのも珍しい」

 いつも飄々と物事をこなす癖に、一人の人間にそんなに苦戦するのも珍しい。レイジはそう続けた。いつもの暗躍はどうした、と。そうだよねえ、と迅は天を仰ぐ。自分でも痛い程感じていた事だ。未来が視えたところで、中々どうして物事は思うようには進まない。それは常時感じている事だが、こといつきに関しては尚更だった。
 だからといってここで匙を投げだすつもりも毛頭ないのだが。

「上手くいかないんだよね」
「楽しそうにも見えるがな」

 迅は思った事をそのまま口にする。愚痴のようになってしまった感は否めない。しかし返ってきたのは想像と違う言葉だった。楽しんでいる、のだろうか。時折感じる違和感のような感情は、楽しいという事なのだろうか。少なくともレイジにはそう見えているのだという事を、迅は言葉にする事で確認した。

「今日はゆっくり寝たらいい」

 そう言い残して自室へ向かったレイジと別れ迅も自分の部屋に戻る。戻ってベッドにごろりと横になった。

 考えたところで、やはり打開策が生まれたわけではなくて。でも途方に暮れるような事でもなくて。結局の所、いつきと会い続けるしかないのだと迅は一人思う。厄介な事に首を突っ込んでしまった、とは不思議と思わない。厄介ごとであるのは間違いないはずなのだが。

 他人から見た迅の様子と、自身で見た様子、心持ちにはきっと差異があるだろう。しかしレイジは迅に対し、楽しそうだと告げた。どうしてそう見えるのかは分からないが、レイジがそう言うのならばそうなのだろうと、迅はぼんやり考えた。考えたらいつきに会いたくなった気もして、これ以上考えるのはよしておこうと、その瞼を閉じた。

 新しい一日が、またやってくる。



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