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10話 海と花火

 一週間程か、それとももっと長かったか。迅といつきは顔を合わせる事がなかった。単純に、迅のボーダー隊員としての仕事が忙しかったのが原因だ。

 会わない間もきっといつきは公園に居たのだろうとは分かっていたし、けれど久方ぶりにその姿を見つけた時、迅は何とも言えない安心感を覚えた。日常に帰ってきたような、そんな感覚。迅にとっては寧ろボーダーに居る方が日常なのだろうが、帰る場所が玉狛支部だけではなくなったかのような、そんな錯覚。

「お久しぶりです、魔法使いさん」
「久しぶり」

 いつきの声に、迅の心はここ数日得られなかった感情を思い出す。いつきと居るとどこ普段の自分とは違うような、浮き立つ感覚が襲ってくる。彼女の持つ独特な雰囲気が原因なのか、それとも迅自身の問題なのか、確かめる事は出来ないけれど。
 それでも迅は、最初に声をかけた時から今まで過ごしてきて、いつきと居る時間が少しずつ好きになっていくのを感じていた。

「もう少ししたら、夏が来るね」
「そうですね」

 五月末である。気の早い話だ。だけれども何だか、何となく急な話が頭を過って、迅はそのまま口に出していた。いつきとて、否定する事もなく話題に乗ってくるものだから、きっとこの話題は成功だったと迅は頭の片隅で思った。

 五月末である。まだ季節的には春であろう。出会って幾ばくもない時に話した公園のチューリップは、まだ枯れずに花を咲かせている。そんな中、二人は夏の話をするのだ。

「海は好き?」

 これも何となくだ。何となく思った事。夏といえば海だろう、というなんの捻りもない一般的な考え。突拍子もなさすぎて返すのに戸惑うのではないか、と思った所でもう遅い。そしてそんな葛藤など平然と無視してくるのが、いつきである。

「夏の海よりは冬の海の方が好きです」

 誰も居ない海は、透明でいいんだって言われている気がして。いつきはそう続けた。その視線は、まだまだやってこない冬の海を見ているようで。

 迅の中にまたひとつ、罪悪感の種が宿る。なんでもない話題の中にぽつんと落ちている負の感情を悉く射抜いてしまっている。いつきが負を負と思っていないようなのも迅が罪悪感を覚える要因だ。思っていないのか、気づいていないのか。いつきは良くも悪くも、根から素直な人間なのだろう。素直で、少し不思議な透明人間。不思議度で言えば、自分を魔法使いと名乗る迅も中々なものだ。それを信じているいつきも、やはり。

「じゃあ冬になったら海で花火しようよ」

 冬の花火もいいものだよ。迅はそう提案する。他人の未来の波にのまれなくて済むという点に於いて、迅も夏よりかは冬の海の方が楽しめるのではないかと思ったのだ。

 冬に海など行った事がない。というか、海自体もう長い間行っていなかった。賑わいの中心に居るより、少し後ろで眺めている方が自分の性に合っている。だから迅にとって海は必要なものではなかった。いつきに提案した事に、実は迅自身も驚いている。
 そして次に発せられたいつきの言葉に、迅は悩む事になるのだ。

「冬まで魔法使いさんは一緒に居てくれますか」
「いつきちゃんがそれを望むなら」

 嘘だ。本当はそれまでに魔法が解ければいいと思っている。それを隠して、隠しているのを気づかれないように笑った。

 決していつきが嫌いなわけではなく、寧ろ一緒に居られるものなら一緒に居たくて。この、傍から見れば奇妙な関係の居心地は思いのほか良くて。
 でも出来るだけ早くいつきに人間の喜びを知ってほしいと思う。そして、人間になったら自分はもう用無しなのだとも思っている。

 迅がすべき事は、いつきを笑顔に出来る人間を探す事。その為に、魔法使いを演じている。思わず声をかけたあの日、そう誓ったのだ。

「魔法使いさんと行く海、楽しみにしてますね」

 いつきも笑った。年相応の無邪気な笑顔。初めて見たような気がした。見る事が出来て嬉しい半分、またもや襲ってきた罪悪感半分。
 最近、いつきの未来が揺れている。泣いていたり、笑っていたり。まだ不確かすぎて、迅にはどうすれば良いかわからない。もう少し、行動的になる事が必要そうだ。冬まで待たなくとも、一緒に街を歩くのもいいかもしれない。そんな風に思った。

 公園でただ二人で話す事、迅は有意義だと思っているが、そもそもいつきの交友関係が広がらなければいつきを笑顔にしてくれる人間とも出会わない。時には連れ出す事も必要。いつきの周りを取り巻く環境を変えていかなければならない。

 もう少し、未来を視る事が必要だと迅は思った。一方で、なるべく視たくないと思う自分も居て、その感情が何なのかわからなくて見ないふりをする。視たくなくても未来は視えて、それならば視えるものを最大限生かすのが使命、そう考える。自分の感情など後回しでいいと、迅はそう思っている。

「魔法使いさん?」

 言葉を発しなかった迅を不思議に思ったいつきが覗き込んでくる。心を見透かされそうになる気がして思わず視線を逸らした。

「おれも、楽しみにしてるよ」

 そう返すのが精一杯だった。いつきが笑うのを見て、ああ誤魔化されてくれた、と思う迅の心には、今日何度も感じた感情が、ずしりと沈んで行った。


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