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4話 全部夢なら

 少女が一人、砂遊びをしている。いつきはそれをじっと眺めている。広い公園では、子供たちが思い思い仲間と一緒に走り回って遊んでいた。砂場の少女は、そんな周りの子供たちに目もくれない。周りの子供たちもまるで少女には気づいていないかのように勝手気ままにはしゃいでいる。

「あなたは何故ひとりなの?」

 いつきは声を掛けた。声は届くだろうか。そんな一末の不安を抱えながら。いつもならそんな事は絶対しないのに。自分の行動に、いつき自身が一番驚いていた。そしてこちらに向けられた少女の顔を見て息を飲む。

「お姉さん、私が見えるの?」

 それは子供の頃の自分だった。何故、どうして。頭が混乱する。ああ夢なんだろうと、漠然と思った。そうでなければこんな事はあり得ない。夢ならば覚めてくれ、今すぐに覚めてくれ。そう願っても覚醒する事は出来ない。
 夢から強制的に覚める能力なんて、そんなものは持ち合わせていない。

「私は、透明人間なの」

 子供の自分が、聞いてもいないのに聞きたくない事を語りだす。耳を塞ぎたいと思っても夢の中の自分はただぼうっと立ち尽くしている。乖離してしまっている。いつきは思った。夢の中の自分をコントロールする事が出来ない。

「誰からもね、見えないの。私は話しかけちゃいけないし、皆にも触れられないの。見えない所からいきなり声がしたり、誰も居ないのにいきなり誰かから触られたら、皆びっくりしちゃうでしょう?」
「どうしてそう思うの?」

 やめて、聞きたくない。そう思うのに夢の中の自分はお構いなしだ。もしかして夢の中のいつきは、透明ではないのだろうか。だからこんなにも平気で、目の前の子供が過去の自分だとも気づかずに話しかけているのだろうか。

 寧ろ、本当に自分なのだろうか。いつきはそれすらも疑いだす。自分の皮を被った、何か別の生き物ではないのだろうか。そう思い至ったらそうとしか思えなくて、背筋がうすら寒くなった。

「お姉さんは変な事を聞くんだね。私の事が見えるから、ちょっと普通の人と違うのかな。普通の人は皆私が見えないから、話しかけてこないもの。もしかしてお姉さんも透明人間なの?」
「私? 私はただの人間だよ。透明人間に憧れている、ただの人間。ねえ、私に透明人間のなり方を教えてくれない?」

 いよいよ頭が混乱してくる。透明人間になんかなったって何にも良い事なんてないのに、いつきのような何かは透明になりたいと言う。

 狂っている。そう思った。思った後で、ああそもそも自分がとうに狂っているのだとも思った。狂って初めて、生きているのだと実感出来た。それが間違いか正解かなんて分からなかったけれど、そうする事が一番生きやすかったのだ。

「もうすぐ、お日様が顔を隠すよ」

 小さないつきは、問いかけには答えずに空に目を向けた。つられていつきのような何かも空を見上げる。視界が連動しているいつきの目にも赤らんだ空の情景が飛び込んできた。

「お日様が顔を隠したら、きっとお姉さんからも私は見えなくなる。お姉さんはどうして透明人間になりたいの? ひとりが怖くないの?」
「誰からも見えないひとりの方が、皆に見えているひとりより楽かなって、そう思ったの」
「そうか、それじゃあ」

 日が暮れた。少女の声が途切れた事不思議に思い、視線を砂場に戻すとそこにはもう誰も居なかった。ただ作られた砂のトンネルだけが、そこに誰かが居た事を証明していて。周囲を見回す。子供たちはいつの間にか居なくなっていた。そういえば途中からはしゃぐ声が聞こえなくなっていたなと、妙に冷静な頭が納得する。

 それじゃあ。それじゃあ何だと言いたかったのだろう。続きが気になったが、もう少女は居ない。答えは聞けそうになかった。きっともう会うこともないのだろう。これは夢なのだから。

 ただ一つ分かったのは、少女に問いかけたのは、自分のような何かではなく、確かに自分自身であったという事。

 いつきは街へ足を向ける。行く当てもなく歩いた。それなりに通行人は居たが、不思議と何も気にしなくてもぶつかったりしなかった。ああ透明になった、と思う。夢の中の自分も、現実の自分と同様透明になってしまった。不思議と、嫌ではなかった。ただどこか、寂しく感じた。

 ふと前方から歩いて来る一人の男性が目に留まる。それは自分の事を魔法使いだと言った男性。魔法を解いてあげる、そう言った男性。

「魔法使いさん」

 いつきは呼びかける。魔法使い、と呼ばれた男性は気づく事なく、すれ違っていった。悲しくはない。ただ、やっぱりな、と思った。透明になる魔法は、きっともう解けないのだ。それは呪いにも似て。きっと自分に対して自分でかけてしまった呪いの魔法。

 視界が段々光に蝕まれて行って、いつきは目を覚ました。ゆっくり瞬きする。長いようで一瞬のようで、よく分からない夢だった。でも夢である事に変わりはなくて、分からないまま何故か安堵する。大きく深呼吸をした。大丈夫、自分は此処に居るんだと、息が出来るんだと、確認せずには居られなかったのだ。

 透明だって、生きている。

 明日、もし魔法使いさんが公園へやってきたら。自分は魔法使いさんの目に映る事が出来るだろうか。いつきは考える。夢のように、魔法使いさんからすら見えなくなってしまっていたら。そう考えると胸やけがした。どうやら自分には、完全に見えなくなる事への未練があるらしい。

 魔法使いさんに会いたいと思った。会って、話したい。そう思いながらいつきは布団の中へ潜った。


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