王妃の日記−番外編− | ナノ


 ◇柳田博士の手記:後編−1/11−
湖白王子と萌香王女に連れられて長い廊下を進んで行く。
城内は昼間よりもさらに暗く、じっとりとした不気味さが滲み出ているようだった。

「夜になれば皆動き出す」と言う先刻の王子の言葉通り、廊下のそこかしこには貴族と思われる紳士淑女が佇んでいた。
貴族たちはそれぞれに王子と王女に頭を垂れ膝を折り、ぞくりとするような微笑みで挨拶を述べた。
誰も彼もが驚くほどに美しく、そして私を見てはひそひそと囁き合っていた。

「ああ…、道理で昼間から人間の匂いがすると思えば……」
「ふふ、若い男…、見た目もそう悪くないし……美味しそうですこと」
「しかし湖白様と萌香様が付いておられる。陛下と王妃様への捧げ物やもしれん」
「あらでも、陛下や王妃様は貢物をあまりお好みになりませんわ」

彼らの声はあまりに小さく早口過ぎて、私にはほとんど聞き取れなかった。
しかし湖白王子は歩みを止め、貴族たちの方を見もせずに低い声で言い放った。

「彼は俺の客分だ。手出しは許さない」

その一声で囁き声はぴたりと止んだ。
王女は私に振り向いて慰めるように微笑んだ。

「気にすることはありませんわ」

「いえ、気にするも何も、私には小さすぎて聞き取れなかったので…」

「あら、そうですの?あんなにはっきり喋っていましたのに」

王女は不思議ねと言わんばかりに首を傾げた。
それにしても広い城だ。もう随分歩いているはずなのにまだ目的の部屋に着かないなんて。
そんな私の心の声が聞こえたのか、王子が言った。

「もうすぐだ」

ふと辺りを見回すと、壁一面に肖像画の飾られた一際広く豪華な回廊に出ていた。
いかにも厳めしそうな初老の男性や、優しげな眼差しの男性、麗しい銀髪の女性など、たくさんの人物が腕の良い画家によって精巧に描かれている。
額縁の中で愛らしくにっこりと微笑んでいる黒檀の髪の美しい少女は、王女によく似ていた。

「歴代の王とその家族の肖像画ですのよ」

私の視線に気づいた王女が言った。
黒檀の髪の少女の数年後だろうか、その隣にある若い国王夫妻が二人の赤子を抱いている絵の日付を見ると、なんと七百年も前の物だった。
玖蘭王家の歴史の深さを改めて感じさせられる。

「ここが謁見の間だ」

絵画に思わず見入っていた私は、王子の声にハッと前を見た。
これまでのどの部屋のそれよりも重厚で豪奢な観音開きの扉。
聳え立つように眼前に広がるその扉を見て、私は思わずごくりと唾を飲み込んだ。

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