王妃の日記−番外編− | ナノ


 ◇After 第十一罪−1/1−
「ちょっと英、何とかなさい」
「何で僕が…!暁に言えよ!」
「俺にどうにか出来るわけがないだろう」
「なんて頼りない従兄弟たちなのかしら。こうなったら……拓麻様、お願いします」
「そうだ!一条、副寮長だろう!」

月の寮、入寮の日。
仮の寮のロビーに集まった夜間部生たちは、もう一刻以上も重苦しい雰囲気に耐えていた。
その一角で瑠佳や藍堂たちはこの状況をどうにか打開しようと、ひそひそ会話を交わしている。

「瑠佳、藍堂…、僕だって命が惜しいよ…」
「一条、皆の胃に穴が開いてしまってもいいのか…!」
「副寮長、俺からもお願いします」
「架院、君まで……。そうだね、いい加減、向こうに行かないといけないし」

拓麻はちらりとこの重苦しいオーラの発生源、玖蘭枢に目を向けた。
それはまさしく魔王様。
不機嫌極まりない表情で、時折深いため息をつく。近づくだけで灰になりそうだ。
周りの夜間部生たちは決して目を合わせないように、けれどもその一挙手一投足に細心の注意を払っていた。
枢が指先をぴくりと動かすだけで震えあがる生徒や、胃を押さえて青ざめている生徒もいる。
いつもと変わらない表情でそばに控えている星煉は鋼のメンタルに違いない。

「……逝ってくるよ」
「ありがとうございます、拓麻様…!」
「一条…っ、骨は拾ってやるからな…!」
「副寮長、あなたの犠牲を無駄にはしません」

英たちに見送られ、拓麻は意を決して枢に声をかけた。

「枢、そろそろ月の寮に移動しないかい?」

「一条…、勝手に行けばいいよ」

その声は地獄の底から鳴り響かんばかりに低かった。
後ろで誰かが一人、恐怖のあまり泡を吹いて倒れたのがわかる。
正直、拓麻だって気絶できるならそうしたい。けれど彼は勇気を奮わせて魔王に立ち向かった。

「君が動かないと皆動けないんだよね〜」

「……」

「どうしたんだい?機嫌悪いなぁ」

「……白亜が、」

「ああ、白亜ちゃんを待っているのか!枢、色々と準備してたもんね。いつ来るんだい?」

「……白亜が、夜間部には来ないって」

拓麻は思い切り地雷をぶち抜いた。

「え?だって君、昨日までうきうきで食器や服を整えていたじゃないか?部屋の内装だって家具だってあんなにこだわって……」

「白亜は…夜間部には…入らないんだって……」

はぁ………と、枢は今までで最も深いため息をついた。
どうしよう…、これは機嫌が悪いというより最大級に落ち込んでいる。こんな枢は見たことがない。
(背後では「枢様がうきうき!?」「うきうきなんて…されてたか?」「寮長に最も似合わない擬態語だな」という囁きが聞こえてくるがスルーした。)
拓麻は助けを求めて星煉にアイコンタクトを取った。
しかし星煉は無表情で首を横に振るだけ。この有能な従者でもどうしようもないらしい。

「やっと……、やっと白亜と一緒に住めると思っていたのに」

「あー、ほら、白亜ちゃん体が弱いから、やっぱり昼夜逆転の生活は難しかったんじゃないかな」

「白亜は夜の生活の方が慣れているよ…」

「じゃあえっと、もう一回誘ってみたらどうかなっ」

「『本当に来ないのかい?』って聞いても、『ええ』って……」

「でもそれは、夜間部に来ないだけで枢を拒絶しているわけじゃ……」

「僕と目も合わせてくれなかったんだ……」

拓麻は思わず天を仰いだ。
白亜ちゃん、何てことをしてくれたんだい…。
君の一言で至高の純血の君がこんなにもボロボロだよ…。

「とりあえず枢、月の寮に行こう!一晩中話を聞くよ!」

「白亜に嫌われたら生きていけない……」

「君たちあんなに仲が良いじゃないか!それにほら、同じ学園内にいるんだし、これからはもっと頻繁に会えるよ!」

「白亜がいないなら夜間部なんてどうでもいい……。寮長は君に譲るよ……」

「ちょっ……!ダメだよ、明日から授業も始まるんだから!」

その後、拓麻に引きずられるようにどうにか月の寮に移った枢だったが、その機嫌は直るどころか悪くなるばかり。
数日後、拓麻に頼み込まれお菓子を作った白亜が枢の元を訪ねるまで、夜間部では胃を壊して寝込む者が続出した。

−END−

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