◇お星さまと桔梗−1/1−
星降るほどのキスを君に――――やわらかな白地に桔梗の柄が涼やかな浴衣。
紫の帯を締めれば白亜の凛とした美しさが際立った。
まとめた髪に揺れるかんざし、ほどよく抜かれた衣紋。
晒されたうなじからは色香が匂うようだ。
「よく似合っているよ、白亜』
自分が贈った浴衣を着た白亜を見て、枢は満足そうに目を細めた。
『本当?久しぶりに着たから……、帯、ちゃんと結べてる?』
嬉しそうに頬を染めながら白亜はくるりと後ろを向いた。
重なった羽が可憐ながら大人びた雰囲気を醸し出すなでしこ結び。
「綺麗に出来ているよ」
『良かった。枢も素敵だわ』
枢は黒地に縦縞模様の浴衣を着ていた。
白亜の白の浴衣と対照的なそれは、愛しい恋人のそばにより映えるよう選んだもの。
ありがとう、とやさしく微笑んで白亜の手を引きながらバルコニーへと出る。
心地よい夜風を肌に感じながら空を見上げれば、瞬きすら惜しまれるほどの天の川がキラキラと広がっていた。
『綺麗…』
「輝く星空よりも君の方が綺麗だよ」
『もう、枢ったら』
そう言いながら、白亜は枢の肩にそっと寄り添う。
『織姫と彦星も、今夜は逢えているわね』
「彦星は我慢強いんだね。白亜と逢えるのがもし一年に一度だったら、僕は耐えられないな。こうして毎日一緒にいたって、まだ足りないくらいなのに」
『くす、これだけ一緒に居ても足りないの?』
「足りないよ…」
星たちにも負けないくらい、気が遠くなるほどの時間を共に過ごして来た。
それでもまだ足りないと、この貪欲な獣は思うのだ。
どれだけ触れてもどうしても埋まらないわずかな隙間がもどかしい。
いっそその血をすべて飲み干して、一つになれたらどんなに良いかと思うほど。
そんな狂おしいまでの欲望を心の奥に潜めて、枢は繋いだ白亜の手をぎゅっと握りしめながら、赤く色づいた唇にキスを落とした。
『ねえ、枢』
白亜が枢の頬に指先を這わせながら、吐息交じりに呟いた。
『桔梗の花言葉って、知ってる?』
「桔梗の花言葉…?」
『あら、知らなくてこの浴衣を選んだのね。てっきり意味も込められているものだと思ってたわ』
わざと拗ねたそぶりを見せる白亜。
枢は慌てて脳内の辞書をひっくり返す。
「確か、"気品"、"誠実"、"従順"……」
『大事なのが抜けてるわ』
「……降参。教えて」
白旗を上げて白亜を見れば、にっこりと微笑まれた。
それは思わず息を忘れるほどに美しい微笑。
『桔梗の花言葉はね……』
そっと耳元で囁かれる甘い声。
『……"変わらぬ愛"よ』
「白亜…」
『それがあれば十分でしょう?どれだけ時が経っても、例え一年に一度しか逢えなくたって、きっと幸せだわ。織姫と彦星も、……私たちも』
「そうだね」
白亜の言葉に、胸を満たす愛おしさが溢れてしまいそうだった。
この気持ちを伝えるためには、ねえ、どうすればいい?
『それでも、足りない?』
「足りないのは言葉かな。君への愛を表わす言葉が見つからない」
『それなら……』
星が降り注ぐようなキスをちょうだい?
あまりに可愛いおねだりに、思わず顔が綻んだ。
満天の星空の下、世界でいちばん愛しい恋人のお願いを叶える、この幸せ。
−END−