俺は今から、数年ぶりに父親に会う。偶然なのだが今日はくしくも父の日というやつで、外からは俺は父親をディナーに誘う親孝行者に見えているかもしれないが、実際は全くその逆だった。本当に、俺は親不孝者だ。
「明王」
びくっと体が跳ねた。俺を名前で呼ぶのは両親だけだったから。隣を見ると俺の父親が立っていた。
「久しぶりだな」
「ひ、久しぶり」
父親は俺の向かいの席に座る。タイミングを見計らっていたウエイターが近付いてくる。適当なコース料理を頼んでいるときにふと、子供のころはこんな店入れなかったな、なんて思って胸が変に痛んだ。
「久しぶりだけど、そんな感じしないな…いつもTVで見てるから」
父親が微笑みながら言う。
「…ありがとう」
少し気恥ずかしい。
「…父さんは…老けたな」
「そ、それは言うなよ」
笑うと余計に顔の皺が目立つ。父親は顔の皺が増えただけで昔とほとんど変わっていなかった。
父親は会社のミスを負わされて借金を抱えた。それで俺や母さんは散々な目に会ったのだが、それでも俺は父親を憎み切ることができなかった。父はとても優しい人だったから。少なくとも、幼い俺の記憶の中では。
「この前の試合見たよ。後半のお前のコーナーキック、すごかったな!父さんTVの前で」
「それで、父さんに…話があって…」
「あ、そうだったな。ごめんな、父さんばっかりしゃべって」
俺は父親にばれないように小さく深呼吸した。テーブルの下でぎゅっと手を握り締める。
「俺」


「結婚するから」


言えた。父親は目を丸くしている。違う、ここからが本台だ。早く、次を言わないと。
「おめでとう!」
ズキン!
「それでな、俺」
「そうか明王も結婚か」
「父さん」
「母さんにはもう」
「聞けよ!」
大声を出したつもりだったが、声が震えていたおかげでそこまで響かなかった。隣のテーブルの客がこちらを向いたくらいで。
「あ、あぁ…すまん…どうした?」
父親も俺の態度で、ただの幸せな結婚報告ではないということがわかったのだろう。徐々に真剣な顔つきになる。
「あの…な、俺」




「男と結婚するんだ」



「………」
「今まで黙ってて、ご…悪かったと思ってる。でも俺決めたから」
父親は黙っている。俺は膝の上に置かれた自分の手を見ながらしゃべり続ける。
「そいつと結婚する。誰になんて言われても、どんな風に思われても…だ、だから…っ」
だから?だからなんなんだよ
「ごめんなさい…っ」
俺の口から出たのは懺悔の言葉だった。
ごめんなさい。
ごめんなさいなんて言うの、何年ぶりだろう。父親が黙っている数秒が数十倍に感じる。
「明王」
びくっと、今日2回目だが体が跳ねた。
「父さんな、明王が…お前が生まれた時本当に嬉しかった」
俺の心は暖かくなるのと同時にズシンと重くなった。
「それまで…なんとなく進学して就職して、そういうタイミングになったから結婚して…なんて、あはは、母さんに怒られちゃうな」
心臓がドクドクと脈打つ。
「でも…病院の…ベッドの上で母さんと、生まれたばかりのお前を見た時…何て言うのかな…本当に、本当にこの小さなお前を、守りたいと思ったんだ」
父さんのこんな話は初めて聞いた。俺は泣きそうになっていた。感動してか、悲しくてか、何が何だかわからないのだけれど。
「お前が笑ってくれる度に、心がぱっと明るくなるんだよ。…今もそうだ。お前の活躍は、父さんを元気にしてくれる」
父さんの話を聞いても俺は、ごめんなさいという言葉しか思い浮かばなかった。
だって俺は父さんに次の、孫が出来るっていう幸せを経験させてやることが出来ないのだから。
だからやっぱり、ごめんなさい。
「この幸せを、お前にも知ってもらいたい」
「…はい」



「大切な我が子が、大切な人と結婚する。それが、こんなに嬉しいことだって」



「…え?」



「明王、おめでとう、本当に…結婚おめでとう」
俺はそこでようやく視線を自分の手から離すことが出来た。ゆっくり顔を上げて父さんを見ると、父さんは目じりに涙を溜めながら微笑んでいて。激しく動く心臓を鎮めようとゆっくりゆっくり呼吸をする。
「あ」
胸の閊えが取れるって、こういうことなのか。しかもその閊えの先から暖かいものが流れ込んできて俺の涙腺を激しく攻撃する。
「…ありがと…」
「お待たせしました。カボチャの冷製スープでございます」
すごいタイミングでテーブルに置かれたオレンジ色のスープを見て、父さんと2人ではにかんだ。











「なぁ明王、その…お前の相手の人って、風丸くんか?」
「えっ、な…なっ」
前菜を食べていた父さんが突然言う。顔が熱くなる。そういえば言っていなかった。というかやっぱり親というものはわかるものだろうか。でも風丸と父さんは2回しか会っていないはず。なんて冷静に考えつつも俺は驚いてパクパクと口を動かしていた。
「いや、父さんもさっき気づいたんだが、後ろ」
「!?」
まさかと思い振り向くとすぐ斜め後ろのテーブルに見慣れた後ろ姿があった。
ガタッ!
そいつがいきなり立ち上がったと思うとカクカクとした動きでこちらにやってきた。呆れている俺とは裏腹に風丸クンは頬と目を真っ赤にしている。
「は…ご挨拶がお、くれて申し訳ありませんっ!か、風丸一郎太と申します」
「そんなに緊張しなくていいから。あ、どうぞ座って」
父さんは空いた俺の左隣の席を指さした。ガチガチに緊張した風丸が慌ててそこに座る。
「会うのは3回目かな?」
「は、はいっ!あの…っ」
風丸が背筋をさらに伸ばす。この瞬間、俺は風丸が何と言おうとしているかわかったので慌てて止めようと思ったのだが遅く。
「ふ…明王くんを僕にくださいっ!」
「っ!!」
ボッと顔から火が出そうだった。というか出たんじゃないかと言うくらい熱い。父さんは少し頬を赤くしながらも風丸に微笑む。
「明王をよろしくお願いします」
















「つけてきたのかよ」
結局3人で食事をした後、駅の改札を通る父さんを見送りながら風丸に言う。階段を上る前に父さんがもう一度振り向いて俺達に手を振る。俺は手を軽く上げて答え、風丸はペコっと頭を下げた。
「だって…お前、元気なかったから。マリッジブルーかなと」
「はぁ?なんだそりゃ」
「違う?」
「ちげーよ」
「俺でいい?」
お前がいい。
「お前でいい」
「よかった」


「帰るか、明王」
俺を名前で呼ぶのは両親と、一郎太だけ。











HN 佐久間E-117



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