めぐるぐる



本編中


刺すような冷たさが頬を撫でるたびに自然と舌打ちをしてしまうのは仕方のないことだと思う。何たって自分は好き好んでこのケテルブルクに来たわけではないのだ。

「ちっ…全部あの屑のせいだ」

悪態をつきながら雪に覆われた道を歩く。踏みつける度きゅっと鳴る雪にさえ煩わしさを感じる。目的のホテルを見つけて降り続ける雪から逃げるように中へと駆け込んだ。




「すまない、部屋の鍵を無くしてしまったんだが」

こんなときに完全同位体とは便利なものだ。皮肉さに自嘲じみた笑みかこぼれた。カウンターでスペアキーを受け取り、その完全同位体の片割れ…レプリカルークの部屋へと急ぐ。


回線越しに見た部屋番号の扉の前に、陰険眼鏡が「いやー、丁度いい。まさか来ていただけるとは」と白々しく笑いながら立っていた。そもそも屑越しに呼んだのはてめぇだろうが。全部筒抜けなんだよ!

「退け。屑に会わすのが目的なんだろうが」
「おや、聡明な被験者様はルークが今どんな状況なのかおわかりのようですね」
「黙れ」
「心配なさってるのが目に見えてわかりますよー」
「うるせぇ!」
「おやおや、ご近所迷惑になるので怒鳴らないでいただけますか〜?」

人の感情逆撫でするような笑い方しやがって。死霊使いを無理やり退かして部屋の鍵を回してさっさと中に入る。

「今薬を飲ませたところです。自分の体調管理をきちんとしたらどうですか?」
「…」

背中越しにそういわれて振り向くと、扉が閉まりきる寸前の隙間から赤色の瞳が楽しそうに歪んだ。


部屋はホテルの一室なだけあって、一人部屋であるのにとても広く掃除も行き届いているようで埃一つ転がっていない。実際にこのホテルに足を踏み入れるのは初めてであり、回線越しにたまに見る景色とはまた一つ違って新鮮な感覚を味わう。
暖炉の脇にある一人で眠るには少し大きなベッドに視線を向ければ散らばる朱色が見えた。ベッドヘッド付近の壁にあるフォニム灯の光によって夕焼け色の髪色はいつもより明るく感じた。

「おい、屑」

なるべく足音を立てないように近づいて顔にまでかかった布団を顔が見える位置までずらしてやれば、頬が紅潮し汗に濡れてしまって前髪が張り付いている顔が覗いた。息は荒く呼吸をする度にせわしなく喉がヒューヒューと音を立ててとても苦しそうだ。俺を呼ぶまで誰かが看病していたんだろう。ベッドサイドに置いてあった桶には水が張られていてタオルが数枚用意されている。そのうちの一枚を手に取り、屑の額に滲んだ汗を拭きとってコツリと額を合わせた。

(熱い…レプリカでも風邪を引くんだな…)

ついでに布団を引きはがして体中の汗を拭きとっていく。もともと露出の多い服だけあってこういう時には脱がしたりとかの手間が省けて助かる。だぼだぼした裾の長いズボンは膝あたりまで折り曲げてやる。そっと布団をかけて額に濡らしたタオルを置いたところで少し呼吸が静かになった。薬が効き始めたらしい。かわりに苦しそうに唸るようになったが、頭を撫でてやると安心したのかやっと寝入り始めた。

「たく…なんでてめぇは」


 回線越しに聞いた会話によると、どうも俺の不摂生が知らない間にこの屑に流れ込んだ結果らしい。通常なら俺が体調を崩すところだが、こいつに溜りに溜まった疲れやら無理やらが流れ込んでしまったがために屑がいきなり体調を崩す羽目になったんだと。そもそもは俺のせいという事になるようだ。「風邪を引いた」と回線で聞かされた時、体調管理がなってねぇ!と怒鳴り込んでいくつもりだったが、それを聞いてその気は一気に失せた。あの鬼畜陰険眼鏡が俺をここに呼んだのはきっとコイツの看病責任もってしろって事だろう。あの眼鏡のことだから他にも何か目的がありそうだが。

「…悪かったな」

まさかこの屑に謝る日がこようとは夢にも思わなかった。仕様がないではないか。こいつは俺のせいで突然に体調を崩したのだ。俺にどうこう言う資格なんてない。

「お前はよく頑張っている。だが少し無理をしすぎだ。自分の事も考えろ」

とは思うが勝手に口が動く。朱色の髪を撫ぜながらやけに素直な自分の言動に戸惑うが、レプリカは寝入っているし本心を露わにしても聞くものはいない。いいではないか。隠すのは少し、疲れた。今日くらい特別だ。

「お前が倒れて心配するのはお前のお仲間共だけじゃないことを忘れるな。あと、お前は俺に負い目を感じすぎだ。もう少し素直になれ。それから」


薄く紅潮した温かい頬へ手を添える。


「俺にも、お前の笑顔を見せてほしい…たまにでもいい、よくそう思うようになった」



次にそのまま滑るように指先を柔らかな唇へ。



「きっと俺はお前が好きなんだ」



その柔かな唇に甘えるように己のそれを重ね合わせた。





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アッシュさんの代わりに風邪を引いたルークさんでした。風邪で体調的に弱ってるのはルークだけど精神的に弱ってるのはアッシュさんという感じで。もしかしたら続くかもしれない


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