それが間違いだと誰が気づきましたか



本編中

※死ネタ




暗い室内にある窓の隙間から入り込んでくるルナの幽かな月明かりが沈みきった意識を浮上させてくれる。いつもならガイあたりと相部屋になるはずだったが今日はジェイドと少し飲みに出てくるということもあり、起こさないようにとの配慮かガイとジェイドとは別部屋になった。
 いつもそうだ。初めて人を斬った、あの生々しい感触。アクゼリュスを崩壊させてしまった事への悔み、恐れ。それらを色濃く思い出すため、一人部屋になった時の暗闇に支配された空間が苦手だった。一人部屋でなくとも眠っているときは常に魘されていたり涙を流したりしている、と使用人兼親友の美しい金髪を持つ彼は言うが、それよりよっぽど堪えてしまうのだ。一人ということが特にその思いを強くするのだろう。あの日見た遠くなっていく背中を、冷たい視線を、見捨てられた恐怖を。

いけない。こんな卑屈になっては。彼に否応なしに自分の沈んだ気持ちが流れてしまうではないか。唯一無二の存在である彼は自分のレプリカである己を心底憎んでいるのだ。ただでさえ宝珠を受け取り損ねてしまった事でまた気分を害してしまったというのに、これ以上彼を不愉快にさせるわけにはいかない。自分は彼の複製品なのだから、複製品らしくしなければ。ああ、そうだった。明日の早朝に一人で町の入口まで来いと湯浴みの最中に回線を通じて言われたばかりだった。いけない、これ以上嫌われないようにしなければ。

「もう、寝よう…」

さっきから感じていた睡魔に身を委ねることにした。






うるさい思考がやっと頭から消え去り、鬱陶しげに肩にかかった紅の髪を払いのける。いつもいつも自分の劣化した複製品の悲愴や卑屈が無意識のうちに自身に流れ込んでくることに苛立ちを感じていた。

以前の自分ならば。

最近の己は一体どうしてしまったのか。あの劣化品に対しての憎しみは確かであったはずなのに、今や憎んでいるか、と聞かれれば「わからない」と答えるだろう。本当にわからないのだ。今現在先程まで流れ込んでいた屑の意識にだって以前の苛立ちは感じずに、ただ奴の心配をしていたのだ。しかし直接会えば感情的になってしまって、レプリカを傷つけていることは以前と変わらない。もう考えることはやめよう。アイツは俺の居場所を奪ったレプリカ。それだけだ。
自分がわからなくなって、逃げるように瞼を閉じた。










まだ仲間たちが起きるには少し早い時間に起きられたのはアッシュに二人だけで会うという妙な緊張からだと思う。緊張と反して寝ぼけた足取りのまま町の入口まで行くと鋭い碧の瞳がこちらを向いた。


「アッシュ…」

黒衣に映える紅の髪を揺らし体ごと俺の方へ向き直るアッシュは珍しく前髪を下ろしていて、ああ、やっぱりこうするとそっくりだ。なんて初めて顔を合わせたあの雨の日を思い出した。

「体調は?」
「は?」
「だから体調はどうなんだと聞いている」
「え、と…特になんともないよ」
「そうか」

アッシュが、忌み嫌う俺の体調を気遣うなんて変な事もあるものだ。思わぬ衝撃に茫然としてしまったのは大目に見てもらいたい。

「いてっ」
「俺と同じ顔であほ面するんじゃねぇ」
「ご、ごめん…」
「ふん。それでどうだ、宝珠についてなにかわかったことはあるか?」
「……ごめん。何の手がかりもない…」
「ちっ…」

やはりこの答はアッシュの機嫌を降下させてしまったらしい。前髪越しに覗く碧の瞳がいっそう鋭くこちらを見た。どうしよう、どうしよう。嫌われないようにしなければ。アッシュにだけは見放されたくない。どうして自分がオリジナルに対してこんな感情を持つのかはわからないけれど、ひたすらにそう願うことしかできいないでいた。でも…

「ごめん…俺があの時宝珠を受け取り損ねたから」
「ああ。まったく迷惑な話だ」
「ほんと、ごめんな…」
「うるせぇ!てめぇは謝ることしかできねぇのか!鬱陶しい」
「……」
「はっ!とことん屑だな」
「っ俺だって!!頑張ってる、のに…」

思わず反論した言葉は段々と語尾にかけて消えていき、アッシュの顔もまともに見られなくなって俯いてしまった。なんだろう、もう本当に自分はダメなレプリカだな。

「悪い…やっぱ俺、アッシュの足引っ張てるよな」
「今更自覚しやがったのか!この屑!!」
「今更なんかじゃない!いつもいつも、アッシュには申し訳ないと思ってる」
「だったらその卑屈根性をなんとかしろ!苛々する!!」

感情が高ぶったアッシュが腰に差した剣を鞘からスルリと抜き、その鋭利な先端を俺の鼻先に向けて、今日会ったはじめに俺の心配をしてくれたのが嘘のように罵声を浴びせ続ける。

――ーああ、俺本当にアッシュに嫌われてるんだな。

改めて実感した。嫌われないようにすることなど初めから無理だったんだ。改めてというのは少しおかしいのかもしれない。俺のせいで苦しんできたアッシュに負い目を感じない日などなかったのだから。
ああ。良い事を思いついた。初めからこうすればよかったんじゃないか。

「…レプリカ?」

突きつけられた先端の先、うっすらと笑みが浮かんでしまったのが見えたんだろうか?アッシュが器用に片眉を上げ、怒鳴り声を静かな問いかけに変わっていたけれど、気にはしなかった。
 ゆっくりと両掌で刃を包むと掌が切れたんだろう。滑りと生温さをそのままに己の心臓までその先端を導く。

「……」
「ばっ…!!お前っ何を…!!」

ゆっくりと前屈みに体重をかけていけば鋭い先端が胸に埋まっていき、ずぶりと貫いた。ごぼりと口から血が溢れるのが酷く苦しい。力が抜けてアッシュにもたれかかる形になればその分刃は進み、鍔の部分にあたったようだ。もうほとんど感覚がわからないからなんとも言えないが。
アッシュの腕や法衣に広がる赤を他人事のように見つめていると、不意にぼやけた感覚から微かに圧迫感か浮遊感かを感じた気がした。もうそれが何によるものなのかなどわからないまま、ゆっくりと瞼を閉じた。




(初めからこうすればよかったんじゃないか
 だってこうすればアッシュはもう苦しまなくてすむ
 彼は居場所に…ルークに戻れるんだ)




「ガイ!!ナタリアとヴァンの妹を!!大至急だ、急いでくれ!!!…頼む、逝かないでくれ…ルーク…」




アッシュの悲痛な声が聞こえたけれど、きっと幻聴だ。





end



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途中で何が書きたかったのか迷子になってしまいました…
たぶんアッシュがルークを仲間のいる宿まで横抱きで大事に抱えながら走ったんです。


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